学校案内

校長挨拶

自分探し −未来のあなたに出会うために−

 敬和学園は創立以来40年間、「敬神愛人」を建学の精神として歩んできました。教育の柱として「小人数教育」「個人の尊重」「キリスト教に基づく人格教育」「国際的視野に立つ教育」「労作教育」「寮教育」を大切にしています。これらの教育を総合的に行うことによって、一人ひとりは確実に人間的成長をとげます。同時に国際社会の主体的一員にふさわしい人格を身につけていきます。
 敬和学園は3年間の学校生活を「自分探し」と呼んでいます。この自分探しによって、自己中心的ではなく共に生きるダイナミックさを持った人に、生きる喜びと一生学び続ける姿勢を持った人に、そして自分の使命を見出せる人に、なることができます。
 敬和学園でぜひ充実した高校生活を過ごしてください。
 

校長 小西二巳夫 敬和学園高等学校
校長 小西二巳夫



敬和学園は600ピースのジグソーパズル

パズルが苦手なわたし
 私はパズルの類(たぐい)が小さいときから大の苦手です。  センスがないのか、知恵の輪はほとんど外せたことがありません。木片を組み合わせて示された形を作る「ザ・T」は目の前で動かしてもらっても、いざ自分で作るとなるとできません。その私が珍しく熱中したパズルが一つあります。それはジグソーパズルです。ジグソーパズルは地理や地図が苦手な子どものために作った教材が始まりだそうです。名前の由来は今から200年程前にイギリスの木工職人が自分の子どもの遊び道具にジグソー(糸のこぎり)を使って、板を小片に切ってパズルを作ったことからそう呼ばれるようになりました。ノーベル賞を日本人で初めてもらった物理学者の湯川秀樹さんは、幼稚園時代に風景のジグソーパズルを1回やっただけで、すぐに組み合わせを理解して、次からは隣同士を合わせるのではなく、手に取ったものを置くべき場所にどんどん置いていって完成させたそうです。さらに裏向きにして組み合わせたとのことです。  こういう人の話を聞くと、パズルのもともとの意味は「懸命に考える」ですから、物事を深く考えるのがあまり得意ではない私がパズルを苦手とするのは仕方がない、と開き直りたくなります。

ジグソーパズルの本質
  ジグソーパズルの特徴が何かを考えてみました。まず一作品の中に一つとして同じピース(片)がありません。はっきりいえば同じものがあってはいけないのです。たとえ600ピースあったとしても、似たような色や形をしていても、すべて違っていなければなりません。ピースの数がたくさんある複雑な作品を、時間をかけて作ったとしても、1ピースでも欠けていれば完成したことにならないのです。一つひとつにそれほど価値があるようには見えません。でも無くして初めてわかるのは、それぞれのピースの存在の大切さです。

目が手に向かってお前は要らないとは言えない(新約聖書より)
 ジグソーパズルの特徴を新約聖書コリントの信徒への手紙12章がうまく言い表わしています。「体は一つでも、多くの部分から成り、・・・だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また頭が足に向かって、『お前は要らない』とも言えません。・・・」  人は一人ひとり違うのです。一人として同じ人はいません。ということは、何かが出来るから、何かに優れているから、誰かより勝っているから、価値があるのではないのです。能力や力があることは、それはそれですばらしいことですが、それもあくまで一つの価値にすぎないのです。

敬和学園は600ピースの学校
 敬和学園は聖書の人間観によって一人ひとりを受けとめる学校です。600ピースの一つひとつが輝くための台紙でありパネルです。そのことを表紙のデザインに表してみました。敬和学園はこれまでずっと入学してくる一人ひとり(ピース)をかけがえのない存在と受けとめてきました。それはこれからも変わりません。敬和学園はその人だけが持っている存在の意味があると考える学校です。その人だけに与えられている能力を内側から引き出すことを教育の中心にしています。最近のジグソーパズルには球状などの立体的な作品もありますが、敬和学園は一人を複数の目と様々な視点から立体的に見ていくことも大切にしています。  私はみなさんに、敬和学園という台紙・パネルの上で毎日繰り広げられる物事を深く考える授業や部活動と寮生活を通して、また時間をかけて取り組むフェスティバルや修養会の取り組みを通して、存在の大きさに気づき、他者と比べることのできない価値を持っている自分にぜひ出会ってほしいと願っています。

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