お知らせ

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2024/04/09

今週の校長の話(2024.4.9)「心のある道 ―57回生入学祝福礼拝よりー」

【聖書:マタイによる福音書 7章 7~8節】

「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門を叩きなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門を叩く者は開かれる。」

 

 

57回生の皆さん、そして保護者の皆さま、本日はご入学おめでとうございます。

このように、共に入学を祝うことのできることを嬉しく思います。

 

さて、新入生の皆さんは様々な思いでここに座っていると思います。

友達ができるだろうか、勉強について行けるだろうか、担任の先生はどんな先生だろう、様々な心配や不安でいっぱいだと思います。

 

先月、3月1日、このチャペルにおいて第54回卒業祝福礼拝が行われました。

卒業生たちは、皆、すがすがしい表情で学園を巣立って行きました。

この春休み、私は、彼らの書いた卒業文集を読みました。

今日は、その中から3名の方の文章を紹介します。

これから、敬和学園での学校生活を始める皆さんにとって、先輩たちからの貴重なメッセージを含んでいると思うからです。

 

一人目はTさんです。Tさんは敬和に来て物事に対する意識が変わった、と言います。

特に授業に対する姿勢が変わった。

中学の頃は、授業をさぼることはなかったが、ぼんやりして聞き流してしまうことが多かった。

だから授業内容も頭に入ってこなかった。

特に英語は基礎の段階で躓いてしまい、投げ出そうと思ったこともあった。

しかし、高校に入ってから変わった。きっかけは些細なことだった。

好きなアニメやゲームに、歴史上の人物を題材にしたものがあり、授業でその作品の内容について学び、勉強が楽しくなった。

少しずつ他の勉強も楽しくなった。

小学校・中学校で躓いた英語も、曖昧なままにしていた基礎を、高校では一から学び直すことができた。

その結果、中学時代に比べて格段に英語を理解することができるようになった。

このような内容です。

 

皆さんの中にも、勉強のことで不安な人がいるかもしれません。

中学校で勉強が楽しくなかった人、苦手だった人もいるでしょう。

しかし、そのままにしておくのではなく、この卒業生のように基礎から学び直してみてください。

分からないことがあれば先生に質問してください。

先生は、ていねいに教えてくれるはずです。

勉強がわかるようになると、学校そのものも楽しくなります。

 

2人目はIさんです。

「敬和に来るまでの私は、いつも失敗から逃げてすごしてきました。

失敗したり、間違ったりして、後悔するのを怖がっていました。

でも、そんな私に、失敗や間違いを恐れることなく、挑戦してみる勇気を与えてくれたのが、敬和という場所でした。

間違うことが当たり前で、失敗しても怖くない雰囲気にあふれた敬和は私に、『挑戦することをあきらめなくていい』と、思わせてくれたのです。」

このような文章です。

 

敬和は行事や生徒会活動が盛んです。

コロナの3年間、皆さんは様々な制限のもとで学校生活を送って来たと思います。

たくさんのことを、がまんしなければならなかったはずです。

しかし、敬和では中学の時できなかったことに挑戦してみてください。

 

Iさんは高校2年生の時、生徒会長に立候補します。そのときのことを次のように記しています。

「今まで経験したこともなければ、想像もできない未知への挑戦。

周りからの期待を裏切るような結果にならないか、自分にそんな大役を担う能力が備わっているのか、考えれば考えるほど不安になりました。

でも、そんな私の背中を押してくれたのは、いつも隣を歩いてくれる仲間の存在でした。」

その後、Iさんは生徒会長として大役を見事にやり遂げました。

 

3人目はKさんです。

「敬和生活では、神様の愛、隣人愛について考えることが何度もありました。

毎朝の礼拝では、語られる言葉の中に自分自身の姿を見る経験をしました。」

「世の中は、AI化が進んで人工知能の時代が到来しようとしています。

世界のあちこちで戦争が始まっていますが、AIが導きだす合理的な答えから平和な世界は生まれるのか、疑問です。

自分と違う誰かのことを理解するのは簡単なことではありません。

他者を知ろうとすることも、自分の心の中をじっくり探ることも、どちらも大切であることを敬和で学びました。」

このような文章です。

 

敬和学園はキリスト教学校です。

ですから、他の学校では学べないことをたくさん学ぶことができます。

どのように生活して行くのか、そのための手段ならば、どこの学校でも勉強できます。

しかし、人はなぜ生きるのか、何のために生きるのか、そのことについて学べるのは敬和のようなキリスト教学校だけです。

もちろん、他の学校がやっている「普通の勉強」もやります。

しかし、それに加えて他の学校ではやっていない、このような勉強ができるのが敬和学園です。

例えば受験勉強で学んだことは、大学に合格すれば、その多くは、その後の人生で使うことがありません。

しかし、人はなぜ生きるのか、何を大切にして生きるべきなのか、人が幸せに生きられる社会とはどのような社会なのか、これらについての勉強は、死ぬまで役に立つ勉強と言えます。

高校3年間の勉強だけでは、答えが見つからないかもしれません。

しかし、そのような問題に出会い、自分で考えてみることが大事です。

それらは、問い続けること、そのものに意味のある問いだからです。

皆さんにも、この3年間、そのような学びをして欲しいと思います。

 

Kさんは最後に次のように書いています。

「人の心を置き去りにしては、何か大切なものを得ることなどできない。そのことを私は何回も敬和で教えてもらいました。

世界で今、何が起きているのか。争いや迫害はどうして起きるのか。

これらの問題を私は、人の心をもって、その本質を知るための力を養えたらいいなと思います。」

 

「人の心を置き去りにしない生き方」、「心のある道」とは、どのような生き方でしょうか。

皆さんも考えてみてください。

Kさんはこの4月、東京にあるキリスト教主義大学の文学部キリスト教学科に進学されました。

 

卒業した3名の文章を紹介してきました。

これらは、それぞれが経験した敬和での「自分探し」と言えます。

自分探しとは、まだ見ぬ自分を発見することです。

それは、宝探しに似ています。

その宝は、隠れていて、まだ目にすることができません。

しかし、それは間違いなく、私たちの近くに存在しているのです。

紹介した3名は、それぞれ敬和の3年間で新しい自分を発見しました。

そして、今、皆さんの3年間の自分探しの旅が、始まろうとしています。

 

今日の聖書です。

「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門を叩きなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門を叩く者は開かれる。」

あなたの人生において、最も大切なもの、それを敬和学園の3年間で求めてください。

それは必ず与えられます。探してください。必ず見つかります。門を叩いてください。必ず開かれます。

一度や二度、門を叩いて開けてもらえないからと言って、諦めてはいけません。

門が開くまで、何度でも叩いてください。門は必ず開かれます。

なぜなら、人間にとって本当に大切なもの、必要なものは、神様がその人の人生に既に備えられているからです。

それは、あなたに見いだされることを待っているのです。

 

57回生の皆さん、そして保護者の皆さま、本日はご入学おめでとうございます。皆さま、お一人お一人の歩みが、神様に祝福され、恵み豊かなものとなることをご祈念いたします。

 

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