進学・就職

OB・OGからのメッセージ

個性≠数値

38回卒業生 内山 友也(日本基督教団 南山教会 伝道師)
uchiyama38 今から約10年前に私は敬和学園に入学をしました。入寮・入学をした時や1年毎に出会う様々な経験や気付き、そして、卒業を迎えた時など、今でも目を閉じると、その時の光景が浮かんできます。それらのけっして戻ることのない3年間という時間は、「今」という時を生きていくために、「私」という人格の礎が築かれた時であったと感じています。
 現在の日本社会全体の傾向として、学力・成績重視の競争教育が当たり前のように日常の中に刷り込まれています。また、どのようなことも数値化され、結果だけを求める社会制度が、教育の現場にも持ち込まれています。
 しかし、本来パーソナリティーというのは、けっして数値化したり、結果だけで判断出来るようなものではりません。むしろ、この言葉に込められた、個性や人柄というのは、結果へと繋がるプロセスの中で成長していきます。
uchiyama_img 敬和学園はそのプロセスを大切にする学校です。同時に、知識を得ることが第一にあるのではなく、3年間の中で身につけていく知識が、一人一人の個性にどうすれば生かされるのかを生徒と教師が共に探求していく教育があります。
 当然のことながらそこには様々な選択や決断があり、自然と成功や失敗が結果として生まれて来ます。しかし、その繰り返しの中で、人はゆっくりと人となってくこと、そして、その営みの中に、命を生きる喜びの本質があることを、3年間を振り返る中で「今」私は気付かされています。
 そして、人と接する時、地位やキャリアによって判断するのではなく、同じ人間として、また、その人の本来の姿を見ようとする視点が養われてきたこと。これは現在牧師の道を歩む上で私の大切な礎となっています。

 

帰りたい場所

40回卒業生 村田 茜(敬和学園のぞみ寮 寮務教師)
murata40 安心して帰ることのできる場所があると思うと、人は出掛けて行けるのかもしれません。出掛けて行くと今度はそこがまた帰りたい、つながり続けたいと思える場所へと変わっていきます。敬和での3年間とそこからいまだ拡がり続けている出会いの存在は、次の一歩を踏み出すことを躊躇うような時に、それでも私には敬和で過ごした3年間がある、なんだか大丈夫かもしれない、と根拠のない、それでいて揺るがない自信を私にもたせてくれます。
 敬和卒業後、ニュージーランドの大学に進学しました。予想はしていたものの言葉の壁に悩まされ、自分の気持ちを人に伝えられないこと、相手の気持ちを知ることができないことがどれほど苦痛であるか痛感しました。そんな時にも心が折れることなく、大学生活を全うさせてくれたのは敬和での3年間です。
murata_img もしも未来が、前を向いて歩く私たちの進行方向に存在するのだとしたら、私の明日は暗闇の中にあると思います。これから進んで行こうとしている方向に何があるのかも見えません。しかし、後ろを振り返ればこれまでに自分が生きてきた過去が必ずあります。私には敬和で泣き、笑い、食べ、歌い、怒り、また泣き、眠り、演奏し、出会ったという過去があります。過去を美化し、すがって生きるということでも、常に次の段階への準備をしながら生きるということでもないのですが、足跡があるという事実は自分の存在を自分自身で認めることへとつながるのではないかと思います。そして、同時に自分がどれほど多くの人たちの支えの中で生かされてきたのか気づくことになります。
 これからまた帰りたいと思う場所が増えていくことを楽しみに思っています。

 

気づけばあった繋がり

44回卒業生 金田 賢太郎(自営業 金田ファーム)
kaneda44 私にとって敬和学園での3年間は「繋がり」を作ることができた3年間でした。私は現在、新潟で農業をしています。正直、将来農業をしようと敬和学園入学前から考えており、高校はどこでもいいなと思っていました。しかし今では敬和学園を選んでよかったと心から思っています。その理由は最初でも言った通り「繋がり」という言葉に尽きます。
 敬和学園では本当にたくさんの出会いがあり、またその出会いを広げる授業と行事があります。その中でも、今の私に大きな影響を与えてくれたのが労作という授業でした。その授業で畑を耕していた私に友達が「金田すげー生き生きしてるな」と言ってきました。自分では意識していませんでしたが、その言葉を聞いて改めて農業が好きなんだなと知ることができました。私はたまたま労作という授業でしたが、敬和学園ではそんな自分でも知らなかった自分を知ることができる機会が多くあり、そしてその機会を生んでくれる人との繋がりを、気付かぬうちに与えてくれる場所でもあります。クラス・部活動・フェスティバル、沢山のイベントの中で誰かとの繋がりが少しずつ増えていき、またその繋がりが新しい出会いを呼んでくれる。
kaneda_img 敬和でできた繋がりは卒業後も続いてゆき、今でも私に新たな出会いと知らなかった自分に気づかせてくれる機会をくれます。
 私の様に高校なんてどこでもいいやと思っている人、違う高校と悩んでいる人、とりあえず敬和学園に入ってみてください。絶対なんて言いませんが、少しでもこの高校に入ってよかったと思える「繋がり」ができるはずです。

 

敬和学園高等学校を通して

38回卒業生 荒井 与志哉(愛宕福祉会 介護福祉士)
arai38 私は現在、介護福祉士として歩んでいます。介護の現場で働きたいと思い始めたのは高校時代からでした。中学時代に、「貧乏でもいいから人の役に立つ仕事に就きたい」という漠然としたビジョンは描いていました。当時に抱いていた夢が、高校生活を通してどのように「介護」という道に変化していったのかを振り返ってみました。
 敬和で最初に学んだことは、自分自身を大切にするということです。「所有価値ではなく存在価値が大切」と何度も小西校長先生が話されているのが印象的でした。中学時代の私は自分の弱さや欠点を隠し、「良い子でいなければいけない」「~出来るようにならなくてはいけない」と、様々なブランドを身に着けなければならないという姿勢で歩んでいたように思います。敬和では自分が自分であることが大切であると学び、その精神が今でも影響し続け、大きな力・励みとなっています。
arai_img 次に学んだことが「他人を大切にする」ということです。「隣人を自分のように愛しなさい」という御言葉の本質を敬和の生活の中で感じることができ、机上では習得出来ない貴重な体験をさせていただきました。どんなに遅れても全ての通学バスが到着してから行う毎朝の礼拝、生徒に負けないくらい先生も気合が入るフェスティバル、他の高校では受講出来ない労作授業、全ての体験の中で他人を思いやることの大切さを学ばせていただきました。そして、聖書の中のたとえ話「良きサマリヤ人」のサマリヤ人のように、飾ることなく困っている人に自然と手を差し伸べられるような介護福祉士になりたいと感じるようになったのです。
 今は人間の命の儚さや大切さについて考えさせられています。これからも介護を通して多くの方と関わり、隣人を大切にしていきたいと願っています。