のぞみ寮通信

みぎわ館

2010/10/22

みぎわ館 第58号(10月22日)

<もうすぐ部屋替え!> 

 
今週末に迫る1、2年生の部屋替えを前に、今の部屋から離れるのを惜しむ様子がたくさん見られます。


 「何を入れようか?」と話し合われて作られるムーンライト(牛乳に浸したクッキーと生1022_07クリーム、アイスを重ねて凍らすアイスケーキ?のようなデザートです)。フリーの日の21時点呼の時にドアを開けると「見てー!!上手にできたでしょー!」の声。コアラのマーチやコロンで飾られた大きなムーンライトを四方から食べる4人。
 「朝方冷えるから風邪引かないようにね〜」と回る消灯の点呼。ドアを開けると床に敷かれた毛布が3枚。「最後だからみんなで寝るんです♪」と1年生。肝心の2年生は、疲れ果てて折り畳まれた敷き布団の上でお腹を出して寝ています。「もう少ししたら先輩起こして一緒に寝ます。」微笑ましい光景です。別の部屋では、薄明かりの中で肩を寄せ合い、黙々と絵を描く姿も。「これも見納めだねえ。」と言うと、「そうですよお。」とやっぱり少し寂しそうです。また別の部屋では、「今日のゴスペルの会に、めぐみ館の子が部屋替え前最後だからって、部屋のみんなで来てたのー!うちらもそうしたかった!!次ののぞみコール、みんなで行こうね!」「行こう行こう!」と声を合わせていました。
 部屋で大きな声で「部屋替え寂しいよー!」と叫ぶ生徒もいれば、事務室に来て、ぼそっと「もうあと何日もないんだ・・・」と漏らす生徒もいます。
1022_08 こんなに部屋が替わることを惜しめるのは、しっかり関係づくりをしてきた証拠だなと思います。6月の部屋替えから3ヶ月。部屋の仲間となかなか馴染めずに悩んだこともあったでしょう。なかなか心を開いてくれない仲間に悩んだこともあったでしょう。落ち込んでいても仕方が無い、何かアクションを起こしてみよう、この部屋作りをすること・橋渡しをすることが私の役割!と一念発起したこともあったでしょう。そんなことを思い返してみると、部屋替えまでのわずかな時間を大切に過ごし、「こんなこともあんなこともあったね。」「寂しいね。」と言葉を交わせるみんなを、すごいなあ立派だなあと思います。
 新しい部屋でも、自分の役を果たし、しっかり関係作りをして、最後には「やっぱり寂しい!」と思える部屋づくりをしてくれること、期待しています! 

(冨井)

 

 

 

 

 

<委員長会にて…>

 

 
 新・委員会が始動して、もうすぐ1か月が経とうとしています。新・委員長たち、そして2年生たちから様々な事を教えられびっくりする毎日です。特に、よく先輩たちを見ていた事を知らされ驚きました。役割上、みんなに厳しい言葉を掛けなくてはいけない時も、「○○先輩もやっていたのだから、がんばらないと!」とか、どうしていいのかわからなくなった時など、「○○先輩はこんな風にやっていたよ」なんてお互いにアドバイスし合っていたりします。3年生が何をどんな風に考えて行動していたのかを、いつもしっかり見ていたのでしょう。という事は、現在2年生は1年生からも3年生からもガッツリ見られているという事。それはそれは大きなプレッシャーです。
しかし2年生たち、さすがです。3年生が築き上げてきた基礎の上に、臆することなく、しっかり自分たちの色を既にのせはじめています。例えば委員会での連絡事項で、「落ちているゴミ、見つけた人は拾ってゴミ箱に捨ててください。」という恒例の文句に加えて、「互いに思いやる心を身につけましょう。」と付け足しています。3年生が具体的事例を挙げてみんなに訴え掛けていたことに、自分たちの色として「心を育て合う」を明確なテーマに定め、それを加えているのが見て取れます。寮生たちが互いに心を育み合っていることを改めて教えられ、委員長会が私にとっても、みぎわ館の良さを実感するひとつの機会となっています。

(森口)

 

 

 

 

 
<礼拝のお話>

 

 
 *NOMESHI (本人の強い希望でペンネーム表示しています。)
 私の将来の夢の一つに、児童養護施設で働くことがあります。児童養護施設とは育ててくれる人が居なかったり、何らかの問題があって家庭で生活出来なかったりする子どもが生活している施設です。私が児童養護施設で働きたいと思った理由は、元々子供と関わることが好きで、最初は保育園で働きたいと思っていました。しかし、児童養護施設というものがあることを知り、そこで生活している子どもたちをサポートし、少しでも心の支えになれたらよいなぁと思うようになりました。しかし、児童養護施設があるということは、親と暮らせない子がいるということです。理由は何にしろ、生みの親からの愛情を受けられずに育つというのはすごく切ないし、寂しいと思います。だからもし、私が働けることになったら自分の子どものように愛情をたっぷり注いであげたいと思います。            

(10月14日)

 

 

 

 

*S.M.(3年生)
 私は敬和に来るまでキリスト教に触れたことも、考えたこともありませんでした。入学前の聖書と讃美歌を買った時も、一体これが何なのか分からず、音楽の授業で使うものなのかな…なんて思っていました。最初の礼拝も何もわからず、戸惑ってばかりでした。また、初めて教会へ行った時も、どんな所なのかさっぱり分からず少し「怖いな」とも感じていました。
 しかし、毎日礼拝をすることや、聖書の授業を受けることによって、キリスト教の事をだんだん知ることが出来ました。キリスト教は私にとって人間的に成長させてくれるもので、心をきれいにして、大きくしてくれるものだと思っています。好きな聖句もできてきました。ペトロの手紙3章10~12節やローマの信徒への手紙12章15節~17節などが私の心に残っている箇所です。この2つに共通して感じられることは、人の悪口を言ったりすることなく、心を大きく持ってどんなことに対しても自分を低くして行動することが大切だと教えられました。
 私はキリスト教について、まだまだ知らない事だらけですが、入学前から比べると私が人間的に成長できているきっかけになったと思います。みなさんも、キリスト教と出会い、自分の心に残る聖書の箇所を見つけ、自分の成長を実感できると幸せだと思います。

(10月20日)

 

 

 

 

*M.N.(1年生)
 みなさんは、信頼という言葉を聞いてどのように感じますか?どのような感情を抱きますか?私は「怖い」という感情を抱きます。人を信じる、ということがどういう意味なのかよく分かりません。同じように感じている人もきっとみぎわ館の中にもいるでしょう。本当に仲の良い友達のことでも「本当かな?」なんて疑ってしまうことがあります。人を本気で信じるという事はなかなかできないことだと思います。誰でも必ず最初は疑うと思います。良い事なのか、悪い事なのかは分かりません。しかし、疑い深いと逆に人を傷つけてしまうことがあります。実際に私の場合、疑いすぎて人間関係がダメになってしまうことが多いです。
 寮は信頼関係が大切で、私には無理なのではないかと考えていました。でも、周りに人がいてくれる嬉しさが分かってきて、信頼も少しずつできるようになってきました。でも、完全に人を信頼するという事は難しいし、怖いです。それは嘘をつかない人間はこの世にいないからです。それでも信頼し合って生活しなければならない寮。でもそれって何だかステキですよね!
 どうしてミーティングをするのかも、理由が分かってきたようにも思います。みなさんも信頼について時間がある時に考えてみてください。きっと何か新しいことを感じるはずです。

(10月22日)

 

 

 

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