のぞみ寮通信

のぞみ通信

2010/09/27

のぞみ通信 No.164(9月27日)

<主は備えたもう>                    寮長 信田 智     

 

 

 高校は一応進学校に通っていたが、母と子供6人の母子家庭で、経済的にも大変であった事、また、勉強より働く事のほうが性にあっていたこともあって、クラス担任には、高校卒業したら就職するのだと伝えていた。いよいよ最終的な進路決定にあたり、母親と進路について話さなければならなくなり、自分の気持ちを伝えたところ、母は「お前の気持ちは嬉しいが、経済的なことは何とかするから、これから社会で働いていくためにも、大学だけは出ておきなさい」と説得されてしまった。

 
 しぶしぶその説得を受け入れ、担任との三者面談に臨んだ。「先生、自分は就職のつもりでしたが親と話し合い、進学することにしました。」すると担任は、にべもなく「お前の行ける大学はない」と。それもごもっともで、就職のつもりで受験勉強などしていなかったので当然の返答でした。しかし、親を説得できずに、進学に切り替えたのだから、何とかしなければならないと覚悟を決めた。

 
 当時「四当五落」言われていた。受験生の睡眠時間で、受験生は5時間寝たら大学には受からないということ。私も受験生として、腹を据えてがんばるしかなかった。教会に通い洗礼も受けていたので、教会員の方達も私のために祈っていてくれた。受験期の精神的に不安定になりがちな時期にも、毎週の礼拝と、祈祷会は欠かすことがなかった。むしろ、それが私の心を支えていたのだと思う。

 
 進学情報誌を調べ、自分の行けそうな大学を探した。前年度倍率1.2倍、自分の行きたい学部で、前年度開設されたばかりの学部であった。この学部なら入れてもらえるかも知れないと思い第1志望にした。力のない私ですが、私のような者でも入れてくれる大学があるなら、その大学のために貢献したいと思っていた。大学に入って、適当に遊んで過ごす学生と、大学のために貢献しようと願っている学生と、入学試験の点数だけで決めて私を落とすような大学ならば、その大学は私を見る目が無いのだと強がった。

 
 そして、たとえ第1志望の大学に合格できなくても、神様は私のために必ず最善の道を備えてくださるに違いない。そのように確信し、揺るぐ事はなかった。結果は、ここで申し上げるのは恥ずかしい成績で入学を許されたのだが、新設の学部ゆえに教授達に大切にされ、有意義な学生生活を過ごす事が出来た。そして、卒業の時には功績賞を頂き、約束を果たせた事に感謝している。

 

 

 

 

 

 

<寮生リレー通信  (第 81 回)>

 
 めぐみ館  
 「広島 碑巡りに参加して」  A.S.(3年:新潟県三条市)
 私は夏休み中に、バスで2泊、ホテルで3泊、合計5泊6日の広島碑巡りの旅に行きました。
この旅では、行く前には予想もつかないほどの衝撃的なものが多くありました。それは原爆資料館や、碑巡り、被爆者の方の証言や、広島に落ちた原爆の事です。
 平和記念式典では、多くの人が参加していました。こうして広島に来なければ、きっと原爆の事について深く考えたりしなかったと思います。
 式典に参加して初めて広島の原爆がどれほど恐ろしいものだったかを思い知る事ができました。
 他にも、世界遺産である厳島神社にも行けて感動しました。また、広島観光では、原爆が落ちたとは思えない程、都会であり、驚きました。
 この様な多くの学びができた広島碑巡りは、私の人生にとって、とても意味のある5日間で、本当にいい体験になりました。
 是非、来年、再来年と、行ってみてください。お勧めします!

 

 

 

 

 大望館  
「韓国スタディツアーに参加して」 K.H.(3年:兵庫県神戸市)
 初めての海外。辛そうな食事。激しい口調の人々。これらの不安はありつつも、「違う文化を見てみたい」という思いで僕は韓国スタディツアーに参加したわけです。
 仁川空港の大きさに驚きつつ、無事入国を果たした僕たちでしたが、ガイドさんから聞かされた話はかなりショッキングなものばかりでした。
 日本が行ってきた暴力の数々。韓国の人々への非人道的な扱い。前半の三日間はなんとも心沈む学びが主でした。
 しかし、大きな転機が訪れます。現地の教会の方々との交流会で、僕は日本の過去を知り、実際に韓国の方々とお会いすることに少し戸惑っていました。でも、そんな不安とは裏腹に、出迎えてくださった教会の皆さんはとてもフレンドリーで正直驚かされました。「韓国の人ってポジティブなんだなぁ!」と見直す自分がいました。
 日本は朝鮮を戦争に巻き込んで、分断する要因を作りました。しかし、その事を踏まえ「今」を生きようとする韓国の人々の姿を見て、僕は新たな価値観を見つけました。過去を引きずらず、自分の「今」に懸命なことは素晴らしいなということを感じました。

 

 

 

 

 みぎわ館 
「海外教室に参加して」     M.M.(2年:新潟県三条市)
 私は今年の夏、カリフォルニアに3週間のホームステイをしました。私は何度か家族で海外へ旅行をしたことがあったので、なんとかなるだろうと簡単に考えていました。しかし実際は、そんなに上手くはいかず、いくつもの壁にぶつかりました。その中でも一番大変だったのがホストファミリーとのコミュニケーションでした。
思っていても、いざ伝えようとすると言葉が詰まってしまい、なかなか言い出せず、いつもホストファミリーと私の間には壁がありました。このことが私の中では本当に辛く、とても悔しいものでした。そこで、私はどうすれば自分の思いを伝えられるのか考えました。そして、答えが見つかると同時に目標もできました。
考えた目標とは時間がかかってもいいから、うまく伝わらなくてもいいから、文法なんて考えず、ジェスチャーや辞書を使ってでもとにかく自分の気持ちを伝えようと努めること、現状から目をそらさずに挑戦する、という目標を立てました。その目標と共に過ごした残りのカリフォルニアでの生活は大きく変化し、辛かったという思いから充実したものへとなったのです。
こんな貴重な体験をさせてくれた両親にはとても感謝をしています。そして私が敬和に入学した理由の一つにホームステイをしたいという強い思いがありました。この強い思いを実現することもできました。こんな体験をした私は、両親への感謝や、海外教室で学んだ大切なことを今後に活かせるよう、毎日壁にぶつかったとしても一歩一歩確実に成長していきたいと思えるようになりました。こんな体験をさせてくれて、両親には本当に感謝です。ありがとう!

 

 

 

 

光風館
「フィンランド留学について」   K.T.(2年:愛知県名古屋市)
僕が留学を決めた理由は、そんなに大層なものではなかった。姉がアメリカから帰ってきた時、目に見えて人間的成長を遂げており、留学を強く勧められた事と、親も「本当に行きたいなら行け!」と言ってくれたから、前から興味があった国・フィンランドへの留学を決めた。
 フィンランドは日本にとってはマイナーな国。美しい自然とムーミンとサンタクロースが有名で、人はシャイで酒が入らないとしゃべらない。
 日本に帰ってきてから「留学は楽しかったか?」と聞かれると、一息に「楽しかった」とは返せない。最初の数か月は全くしゃべれない日々が続き、友達もなかなか出来なかった。でも、そういう日々が僕を成長させたことは確かだし、最後の1か月は友達ともフィンランドとも別れるのが本当に辛くて、僕は本当にフィンランドを好きになったのだと感じた。
 留学中、自分が今何も出来ずに黙っていることしか出来ないなら、敬和に残ったほうがマシだった、と思った時もあった。留学はとても大きな人生経験で、自分はたくさんのことを学んだけれど、やっぱりもっとしたかった事・後悔したこともゼロではない。結局、留学しようとしまいと、大事なのは本人の充実した人生を歩もうという意識が貴重なのだと、僕は学んだ。

 

 

 

 

 

<スタッフから一言>                  
長い休みを終えて、はや1ヶ月。いつまでも残った夏の暑さもようやく終わりをむかえました。雨が続いたせいもありますが、長袖を着る生徒も増えました。季節の変わり目に男子寮では度々消灯が早められます。遅刻・欠席者が多いと、普段より30分はやくなってしまいます。たかが30分、されど彼らからしたら命の電力。30分の電力のために、多少の風邪では休まない、そのたくましさに成長を感じる今日この頃です。

                
大望館担任 澤野 恩