自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2019/01/29
特に私の心に残った所は、「私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置づけられた天皇の望ましいあり方を求めながらその努めを行い、今日まで過ごしてきました」と「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」です。それは、実父である昭和天皇が大元帥(最高指揮官)として米英に宣戦した太平洋戦争のような日本史上最悪な出来事を2度と起こしてはならないという強い願いを、憲法にある「国政に関する権能を有さない」天皇の立場の範囲内で、可能な限り強い平和的メッセージを語ろうとされたんだと、私は思いました。
ある時、学校で担任の先生から呼ばれ、手伝いを頼まれました。今だから言えるけど、あの時は本当に先生が嫌いだったから、話したくありませんでした。手伝いなんて面倒くさいと思っていました。そしたら、急に先生は「人と人との関係に口を出すな」と叱ってきました。急に言われてビックリしたし、思い当たらなかった自分は「俺、何かしましたか?」と聞いたら「自分の胸に手を当てて考えてみな」と言われました。正直、「こいつ、何を言ってるんだ」と思ってしまいました。しかし、それからその言葉の意味についてずっと考えました。でも、答えが見つからないし、何も教えてくれないし、ヒントがなくて本当に困っていました。
私は敬和が最初から嫌だったわけではなく、なんか来てみたらこんな風に悪い方向へと向かっていってしまいました。そして3年生になり私は「変わったね」とよく言われます。主に先生方からですが、私的には本来の「私」の素が出ているだけの感覚です。でも「変わった」のは事実です。
礼拝講師 宮澤アマリアさん
しかし、そんな時でも私は人に助けられました。讃美歌の練習という、私にとって不慣れなことをしても、いつもどこかで声を掛けてくれる人がいて、みんなが礼拝を大事にしている気持ちを一つ一つの出来事で知りました。礼拝委員会との関わりもその一つです。クリスマス礼拝という大切な時間をどう作り上げて、どのようにしていきたいかを仲間と話す時間は、私を元気にしてくれました。
クリスマス礼拝の準備をしていて感じたことがあります。世代交代をして50回生が中心となりのぞみ寮の委員会活動をスタートして3か月。礼拝委員として活動している私は、礼拝委員をしながら、50回生が中心となって行う礼拝がどうあるべきか考える時間を与えられました。
寮クリスマスは、私たち1年生にとって、大きな試練でした。たった一週間という少ない時間の中、テスト明けの疲れも感じながら、それでも今振り返ると、みんなと一緒に飾りつけを作り上げていくことは、私にとって楽しかったです。