自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/06/06
< 序章にすぎないよ、ご覚悟あれ!! >
先週のことでした。珍事(?)が起きたのです。私がそれに気付いたのは、10時半の点呼で各部屋を回っている時のことでした。光風館には生徒の居室が15室あります。
その15部屋全てが綺麗になっていたのです(もちろん、程度の差はあったんだけどね)。私はそれぞれの部屋に入るたびに「えっ~!?スゴ~イ!!やればできるじゃない~!!」と大声をあげてしまいました。
実はこの日、光風館では「部屋チェック」が行われていたのです。「部屋チェック」とは、整備委員が各部屋を回り、部屋の整理整頓・清掃状況を確認していく作業のことです。これまでも、定期的に(2週間に1回程度だったかな)「部屋チェック」が行われてきました。その度に、そこそこには綺麗になってきました。でも今回はレベルが違いました。どの部屋も見違えるほどに綺麗になっていたのです。
これまでの「部屋チェック」と一体どこが違っていたのか。一言で言うならば、それは、整美委員であるUくんの「意気込み」だったと思います。夕礼拝後に行われる諸連絡で、Uくんはその日こんな風に話していました。「今日は前から予告してあったように部屋チェックを行います。特に、机の上やベッド周りを綺麗にしてください。掃除が終わったら僕のところまで報告に来てください。不十分な場合にはやり直しをしてもらいます。チェックは2回行いますが、2回目のチェックでもOKをもらえなかった部屋の人たちにはペナルティとして罰掃除をしてもらいます!!」と。Uくんの凛とした姿と迫力のこもった口調に、光風館の皆は、いつもとは違う雰囲気を感じ取ったようでした。「これは本気だぞ…」と思わせるようなオーラが漂っていました。かくして、半ば大掃除に近いような形で部屋掃除が一斉に始まり、その結果は私が目にした光景だったというわけです。
「足の踏み場がないくらいの散らかり」とは、こういう状態を言うのだ、そんな悪い見本のような部屋ばかりだったのに、そうした部屋が見違えるほどに綺麗になり得たのは、Uくんの大きな変身によるものだったことは間違いありません。彼の良さである「優しさ」は、こと館内の美化に対する監督指導という点においては、これまで裏目に出てしまっていました。チェック自体も若干甘く、またペナルティを課すようなこともほとんどなかったからです。では、Uくんを変えたものは何だったのか。それは、今整美委員会で進行しているプロジェクトのことがあるんだろうと思います。名付けて「男子寮を綺麗にしよう!!」プロジェクトです(「光風館」だけでなく、もう一つの男子寮「大望館」を併せての「男子寮」ね)。
今年度から整美委員会の顧問になった私も、もちろんこのプロジェクトに参加しているのですが、私を含めた整美委員の5名で「男子寮があまり綺麗でない(汚いと書くにはいささか躊躇があった…)」原因分析を行い、今は解決プランを具体的に練っているところです(女子寮の整美委員二人、男子寮を綺麗にするための具体案を一生懸命考えてくれているんだよ)。さあ、光風館の皆、覚悟はいいですか?Uくんが大きな変身を遂げ、厳しく「部屋チェック」を行ったのは、実は序章にすぎないんです。「男子寮を綺麗にしよう!!」プロジェクトが解決プランに基づいて遂行されれば、光風館の皆は館内の美化というものをもっと意識せざるを得なくなるでしょう。女子寮の二人の整美委員の表現によると、男子寮は、清掃や整理整頓の面においては「ユルユル(緩々)」なんだそうです。これを正すには、これまでのやり方を変えていかなければなりません。はじめのうちは、文句が出たり、あるいは気まずい雰囲気が流れたり、衝突が起きてしまうのかもしれません。でも、整美委員の4名(特に男子寮の二人)は、これに断固とした姿勢で臨むようです。6月18日前後に各館で部屋替えが行われますので、そのタイミングでいろいろと新しい手法やルールが示されるはずです。どうぞ、心づもりをしておいてくださいな。
(岩原)
< 礼拝のお話し >
T.M.(1年)
みなさん、こんばんは。4室のTです。今日は、些細なことで人を傷つけてしまう、ということについて話したいと思います。
僕は、ついこの間、ある友達から相談を受けました。彼はクラスメイトに「おまえはウルサイ」と言われたそうです。これだけを聞けば、「なんだ、そんなことか」と思う人もいるかもしれません。でも、彼はとても深く傷ついていました。僕自身は、これまでにそういう言葉を何度となく人に言ったことがありますし、もっとひどい言葉を人に投げかけてしまったことがあります。僕の知らないうちに、僕は人を傷つけていたのかと思うと、すごく悲しくなりますし、反省もします。今、僕は、僕に相談してきてくれた友達に感謝をしています。なぜなら、たった一言であっても、言葉は、人を傷つけてしまうことがあるんだ、ということに気付かせてくれたからです。そして、それは時には憎しみになり、人を殺してしまうような危険性さえあるということを知ったからです。
みなさんも、自分が発する言葉には十分注意していきましょう。一言、言う前に、もう少し柔らかく言った方がいいのかな、などと考えてみるようにしてください。
F.K.(1年)
みなさん、こんばんは。6室のFです。今日は、寮生活について話したいと思います。寮に入ってから一カ月ちょっとが経ちました。僕は、入寮した当初、「友達ができるかな…、うまくやっていけるかなあ…」など、心配がたくさんありました。でも、寮生活をしていくうちに、そうした心配は消えていきました。先輩たちはみな優しく、1年生のみんなも僕に優しく接してくれたからです。本当にうれしかったです。寮生活自体にはだんだん慣れてきましたが、でもいくつかの苦労もありました。その一つは、他の1年生とケンカをしてしまったことです。いつもなら軽く受け流せるはずなのに、その時は、つい一方的に怒ってしまいました。ストレスがたまって、そのストレスを発散するために、その友達にあたってしまったのだと思います。八つ当たりをしてしまった自分を後悔しましたし、恥ずかしく思いました。その友達とは、最近になってようやく少しずつ話せるようになってきました。この出来事から僕はいろんなことを学びました。これからの寮生活で生かしていきたいと思います。
T.K.(1年)
みなさん、こんばんは。7室のTです。今日は、「自分から見た自分と他人から見た自分」について話したいと思います。僕は中学生の頃、団体行動が好きではありませんでした。一人でいる方が気楽で好きだったからです。そんな僕は、「つれション」というのを全くしたことがありませんでした。休み時間も、皆で遊ぶなんていうことも気乗りせず、いつも「パス」していました。そんなある日、僕は友達に「Tって、自己中だね」と言われました。僕はその時、自分のどこが自己中なのか、分かりませんでした。でも、個人面談で担任の先生から「Tは協調性が全くない」と言われたときに、はじめて「そういえばそうかもしれない」と思いました。僕はただ一人でいるのが好きだったからそうしていただけなのですが、実はそれが自己中だったのです。周りを嫌な気分にさせていたこと、協調性が全くないと思われていたことがとても悲しかったです。皆さんも、自分の言動が必ずしも周りからよく思われていないこともあるんだ、ということをぜひ覚えておいてください。そして、今一度、自分自身の日ごろの言動を見直してみてください。
O.U.(1年)
みなさんは、普段、どれくらい自分に「思考」を課していますか。自分に思考を課すということは、きっと想像力や感覚の限界を極めることだと思います。自分に思考を課したことがない人ほど、この意味を捉えにくいのではないでしょうか。だから、具体例をあげて説明します。
このノートは、なぜノートという名前なのでしょうか。このシャープペンシルは、なぜシャーペンという名前なのでしょうか。机や椅子、身の回りの様々な道具。これらはなぜ固有の名前がついているのでしょうか。一度でも考えたことはありますか。生まれてから、いつも誰もが使ってきたこの机。なぜ机という名前なのか、知っている人はいますか。長い時間、机を使いながら、それを知る人はほとんどいません。見て触れて、とても身近なものであるのにです。
もし、ほんの少しでも何かに興味をもち、自分に思考を課してみたら、世界がずっと広くなるように思いませんか。新たな出逢いと未来とが開けるとは思いませんか。それを疑問に思い、問うことをしてみたら、新たな発見があると思いませんか。
小学4年生だった僕に、当時それを教えてくれた同級生の男の子がいました。彼が生まれて初めて口にした言葉は「空」だそうです。そして、ある日、天を指さして、母親にこう言ったそうです。「どうして空は青いの?」と。きっと、目の前に広がる世界が鮮やかさを増すと思います。