自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/05/28
<カッコイイみぎわ寮生になるためには… >
1年生が入寮してからもうすぐ2カ月が経とうとしています。
早いものです。始めの1カ月、2・3年生が心掛けていることは、「早く慣れてもらいたい」ということです。1年生はみんな、15歳にして一大決心をし、親元を離れて入寮してきます。いろんな想いが溢れてくるでしょう。どちらかと言えば「来るんじゃなかった…(涙)」なんて想いがたくさん出てくるのが最初の1カ月だと思います。
様々な文化をもった仲間が集まる寮、それが寮の素晴らしさの一つなのですが、そんな多様性を初めて体験する1年生にとってはカルチャーショックの連続かもしれません。そんな状況下でも前を向いて歩んでいけるように、少しでも「寮っていいな、こんなステキな仲間がたくさんいてくれるんだな」なんて風に考えてもらえるように、2・3年生は心掛けて接してくれているのです。誰かがそんな提案を明確にするわけではないのに、自然と全員がそういう対応をしてくれます。寮生活を1年間・2年間してきた賜物なのでしょう。素晴らしい!
そんな2・3年生が現在ミーティングを重ねています。そのテーマは「1年生がみぎわ寮生としてしっかり歩めるように」です。2・3年生のようなカッコイイみぎわ寮生になるためには、ただみぎわ館に住んでいるだけではなれません。きちんと役割を果たし、周りのことを考え、しっかり自分を見つめ…様々な事を通して、鍛えられ、逞しく成長し、カッコイイみぎわ寮生へと日々進化していくのです。
1年生はそろそろ「寮に住む」事には慣れてきたのではないでしょうか。寂しかったりもしますが、寮生活が日常になって来たと思います。もう一階段登るときが、今やってきているのです。その階段を確実に登ってもらうために、2・3年生はミーティングを重ねています。1年生を2カ月ほど見て、可能性を確信し、今がチャンスだと考えたのです。
これから注意されることが増えてくるかもしれません、今まで許されていたことを指摘されるかもしれません。きっと「なんで!?」って1年生は思うでしょう。だけど、冷静に考えてみてください。必ず指摘を受ける理由があるはずです。それは、あなたが出来ていないから…なんて低レベルなものではなく、出来るようになったあなたの近い未来の姿に大きな成長があるからなのです。目先のことで先輩たちがいちいちうるさく言うのではありません。みんなの1年先、2年先を見て言葉を掛けてくれるのです。先輩の後ろ姿、これまで以上にしっかり見て生活してください。何を指摘されたのか、考えながら生活してください。気が付いたら先輩たちに負けない、カッコイイみぎわ寮生になっているはずですから!
(森口)
<こんな時代がやってきました>
「わははは~!なんだそれ~!」一目見た瞬間、私の口から出た大笑いと一言です。ショートカットのはずのMさんがロングヘアーに変身し、敬和の制服ってどんなのだった!?と思ってしまうほど明るい水色のセーラー服に身を包んだKさんが事務室に登場したのです。「どうしたの?それ。」「ハルヒの衣装ですよ。」…私の頭の中はクエスチョンだらけです。ハルヒってなんだ?何故そんな格好?その服どこで手に入れた???。
話をまとめると、アニメ好きのTさんが以前に作成したコスプレ・コスチュームを、これまたアニメ好きのMさんとKさんが発見し、しかもそのコスチュームが超人気アニメの物だということで盛り上がり、着て遊んでいたのだそうです。
先輩たちにもアニメが好きな人はいます。フィギュアをたくさん机に飾っていたり、ノートやペンなど自分の好きなキャラクターで統一していたり。だけどコスプレしているのを見たのは初めてです。アニメは世界中からも注目されている日本文化の一つとなっているようですが、アニメを見ない私にとっては少し遠い世界の話でした。が、43rdの入寮と共にこんなに近い存在になるとは驚きです。これも時代なんだなぁ、と思いつつ、「1枚撮らせて!」と頼んでしまうミーハーな私です。
(森口)
礼拝のお話
I.Y. (2年生)
みなさんは「シンショウ」という言葉を耳にした事がありますか?「シンショウ」とは身体障害者の略語なのだそうです。今日はこの「シンショウ」という言葉と私の叔母について話したいと思います。私には知的障害者の叔母がいます。叔母は3歳の頃に発熱し、風邪をこじらせ、長期間の高熱により後遺症として、脳の知覚を司る部分に不自由が生じてしまったそうです。身体は成長しますが、脳は当時の3歳のまま、止まったままです。私や家族は叔母の事を「Hちゃん」と呼びます。彼女も自分自身を「Hちゃん」と呼んでいます。
ひろこちゃんは普段『I寮』という知的障害を持った方が共同で暮らしている施設で生活していて、2カ月に1度I家へ帰ってきます。通常3~4日、祝日や長期休暇には長くて1週間ほど帰ってきます。その間、我が家にはいくつかの決まりが設けられます。まず、お風呂はHちゃん以外の人はわかしてはいけません。食事をした後、その茶碗を洗ってはいけません。夜9時を過ぎたら静かにささやき声で話さなくてはなりませんし、彼女の寝室に近い部屋の明かりもつけてはいけません。お風呂をわかすのも、お茶碗を洗うのも、Hちゃんがいる間はHちゃんの仕事です。自分の仕事を彼女は楽しんでいるため、他人がしてしまうと怒り出してしまい、一旦そうなるとなかなか機嫌を直してはくれません。夜9時という時間は、彼女が生活している寮の消灯時間に当たります。なので、話し声が聞こえたり、電気の明かりが見えたりすると、これまたどなり声をあげてしまいます。一見怒っているように見えやすいのですが、彼女からしてみれば単純に消灯破りと思って注意しているだけなのです。我が家の決まりはその他にもいろいろあります。
Hちゃんとは生まれた時からずっと家族な訳ですが、幼稚園や小学生のころは子供心に面倒くさいと感じることもありましたし、幼稚園の頃はHちゃんの怒鳴り声が嫌で、良く一人で父や母・兄に駄々をこねて泣いていたこともたくさんありました。こう言ってみると、マイナスなイメージしかないかもしれませんが、楽しいことももちろんたくさんあります。私がお菓子やブレスレッドを手作りしてHちゃんにあげると、とても喜んで笑顔で「ありがとう!」と言ってくれます。面白いと感じたことは楽しそうに笑い、家の雰囲気を盛り上げてくれます。
知的障害というと、たまに「頭がおかしい」とか「あまり関わりたくない」というイメージがあると耳にしますが、それは単なる偏見です。実際一緒に過ごしてみると、初めは確かに戸惑いや面倒くささを時々感じることは否めませんが、それをその人の個性として考えてみると、自然と大した問題ではなくなってきます。Hちゃんに至っては、私から見たら3歳の元気な妹です。私たちI家にとってHちゃんは家族で、それを疑問に思ったことは誰もありませんが、家族で外食へ行った際に心無い人がHちゃんを見てクスクス笑っていたり、指をさして「シンショウ、シンショウ」と言っているのを見るととても悲しくなります。と言っても、それは単に自分の家族が馬鹿にされて笑われているから悲しいという訳ではありません。確かにそれは残念ですが、それだけならあまり悲しくはなりません。私はHちゃんを惨めだと思っていないからです。先ほども述べたように、私の感覚としては彼女は単に妹で、それ以外の何者でもないからです。
私が本当に悲しいのは「身体障害」や「知的障害」という言葉を差別という名の武器にしてしまう歪んだ思考を持った人がいるということです。「シンショウ」というたった一言で、その人の本質を見ることができなくなる。本当は沢山の才能があるのに、その全てを否定されてしまう。たったそれだけのくだらない行為のために、偏見という壁を作られ、その向こうに迫害されてしまうのです。そして偏見をしている人たちは、自分自身がしている行為に疑問さえ持たずに、これからも人との出会いを自分からつぶし、相手だけでなく自分自身の可能性をも捨てていることに気づいていないことが残念でなりません。
最近では若い世代で、誰かの事を、障害を持っている・いないに関わらず「シンショウ」と馬鹿にしているのを耳にします。その度に障害者への差別意識を感じて、何とも言えないモヤモヤした気持ちになります。「身体障害」が『負』のイメージの代名詞として使われていることが、私には悔しくてたまらないのです。しかし、こうして心の中で考えているだけでは何も始まらないと思い、この気持ちや経験をした人間が行動を起こさなければ!と強く感じるようになりました。そう決断をすることができたのは、ある先生が「人の障害を馬鹿にしてからかう事は、私は絶対に許しません!」と言ってくださったからです。その第一歩として、今回皆さんに、私の大切な叔母であり、妹であるHちゃんの話をしたいと思い、この場をお借りしました。みなさんそれぞれが、少しでも何かを感じてくださったら嬉しいです。
(5月20日)