自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/05/27
ユニット誕生!?


男子寮でのピアノ貴公子と言えば、そう、Oクンですよね。
彼の妹O.K.さんも、奏でるのです。ギターを!!
その光景は、テスト前でした。勉強の息抜き(のはず!??)で、玄関先のパラソルの下で、ギターを抱えて、S.S.さんと、はもっていました。傍では、のんびりと読書(マンガ!)をしているK.S.さん。
歌声と、ギターの音が初夏の陽気に包まれて聞こえてくる日曜日の午後。
みぎわ館の1年生がお散歩していて、歌声を聴きつけて立ち止まって歓声をあげていました。
時間を変え、聞えてきたのは、バイオリンとピアノの音色・・・
I.S.さんのバイオリンに合わせて、小菅さんらのピアノがセッションを楽しんでいるのです。ホールで2時間くらいのセッションは、これまた、道行く人の耳を楽しませてくれるものでした。
(榎本)
<寮生活・寮空間>
1年生、初めての第一定期テストいかがだったでしょうか。今回出た結果と、これからの進むべき道を考えて、日々の歩みを大切に重ねて行ってください。
さて、第一定期テスト初日登校時に、抜き打ちの登校チェックがありました。
名付けて「ピアス、マニキュアチェック!!!」です!
それは、玄関口に生活規律委員長が仁王様のように立って寮生をチェックします。
登校するめぐみ館生は、委員長のKさんに爪を見せ、ピアスをしていないか耳を見せます。
Kさん、ご苦労さまです。そんなあなたも、一年生の頃、凄いファッションをして、驚かせてくれていました。そう、あなたは、あちらこちらに安全ピンを付けてビジュアル系のファッションをしていました。そのあなたが、生活規律で、身だしなみチェックから、お部屋の点検などなどするようになるなんて、オドロキ!いや!失礼、素晴らしき成長!
今日の点検で注意される人は、居ませんでしたが、身だしなみ、物の管理など、共同生活における各自の意識をしっかり持つ事が大切です。
「今は解決しましたが、3年前の盗難事件」浅野さんが、礼拝で話してくれました。
その彼女が終わりにこんな事を皆に伝えていました。「今でも解決したというよりは、嫌な気持ちが残って、モヤモヤしている」。被害を受けた彼女にとって、私の指導の至らなさがそういう思いにさせているのです。「ショックを受けた心をしっかりと受け止めきれていなかった」と改めて反省させられます。私自身、赴任したての時に起きた事件で適切に皆の心を受け止める事が足りていませんでした。
当時、盗難事件の起こった時の対応としてはこうでした。例えば必ずお金は金庫に預ける事をお願いしました。それでも預けるのを怠ってしまう人がいて盗難が続いてしまうこともあり連帯責任として話し合いも何度も持たれました。
それでも収まらない現実に、連帯責任として、ペナルティーを負おうという事でした。この事は、やっていない人や、被害にあった人も含めての取り組みであったので、「モヤモヤ」となって今でも残っているのかもしれません。
ある時は、「自分の数え間違いや、勘違い」にも関わらず、「勘違いで盗難にあった」と言う人が何回かありました。実際、館の空気や、普段聞こえてくる会話は不信感に満ちていました。実際には起こっていなくても、重たい不信感に館全体があり、仕切り直しを強いた事もありました。こうして何とか館での不注意、勘違いからのトラブルは収まり、盗難事件は終焉に向かいました。
様々な痛みと、経験を経て最終的に個人を罰するということに終るのでは無く、自分の闇に取り組むということが始められました。仲間も個人を裁くのではなく、共に成長していくことを願いました。
本当に、今、安心して過ごせる事に改めて感謝しています。これからも、それぞれの役割に真摯に向き合い、より良い寮生活、寮での空間を作り育てていきましょう。
(榎本)
<ことばを聴く>
先日、1年生がこんな事を話してくれました。
「R先輩は、丁寧にルールを教えてくださいます。
私には、きちんと聞こえるように話してくださいます。
皆さん心配してくださっているみたいですが、お部屋の先輩がR先輩で良かったです。」
実は去年、Rさんのか細い声では、「セリフ」が山のように決められている寮生活では、
何かしらの支障が出ないかと、同級生たちは考え悩み、そして先輩たちも戸惑いがあり心配していました。とにかく大きな声で叫ぶ!のです。例えば電話ダッシュ。1年生が電話に猛ダッシュで受話器を取りに走り、大きな声を出して呼びます。
朝の当番では、タイムキーパーが、館中に響き渡るように大声を出して登校時間を秒単位で!!!カウントします。はたまた、食事では、御代わりのおかずが回ってきたら、お決まりの台詞がテーブルマナーとしてあります。
しかし、先の報告にあるように、事実は心配や、戸惑いを超えていました。
先日の夕礼拝の事でした。
司会者はR.M.さん。 彼女の声はほんの小さなか細い声。その彼女の細い声に、みんなは必死に耳を傾けていました。 その日、突然のお客さんAさんご夫妻が見えていて、こんな感想を聞かせてくださいました。
「はじめは、司会(Rさん)の方が話さないでも、決まっている賛美歌を歌い、聖書の箇所を開くのだと思って見ていたら、驚きました。司会の方の声は出ていました。」
みんなが、いつの間にか賛美歌を開き、聖書を開いて、一斉に閉じていた光景は、目を見張るものだったのです。
突然の來寮者は、13回生、めぐみ館出身。現在は、ご夫妻で佐渡教会の牧師をされ、また、専門学校でコミュニケーション学科の講師、そして年に2回はバングラディッシュの聾唖学校で働かれています。
その日は、夕方まで敬和で仕事があり、めぐみ館に宿泊、飛び入りで礼拝に顔を出してくださったのです。
Aさんは、日本聾唖学校の教師を長年されていたので、耳を澄まして聞き取る集団に感動し、「聴く力」が育っている事の奥深さを教えてくださいました!
Aさんからの話を伺うことで改めて、めぐみ館生の成長を喜ぶことができました。
(榎本)
<礼拝の話>
I.M.
みなさん、こんばんは。
明日のランチは、ラーメンなので、すっごく楽しみです!
聖書の時間にふと、お話だった事を思い出しました。沢山、沢山、考えてみたのですが、素敵なステキな話が思い浮かばなかったので、今、聖書でやっている事について、お話します。
聖書では、1年生のもろにも見た、パッションを観ています。なんでも、年を重ねると、感じ方が変わってくるそうです。聖書の先生は、凄く熱心に、話を始めるものですから、よく一時停止をして、先生のコメントが入ってきます。
私は、うわの空である事を白状します。ですから、何も感じ取ろうとはしないわけですから、ミニレポートとか言うのが書けないです。
因みに、今日、前回書いたミニレポートが読まれてしまいました。
お祈りの変わりに今日、読まれたミニレポートの内容を読みます。
「何だか、よく分からなかった。頭がぐるぐる回りだしたので聖書の十字架につけられるところを読んでみたのですが、なにをやってもだめな日はあるのですね。」