毎日の礼拝

校長のお話

2015/09/24

「あん」(マタイによる福音書22章34節~39節)

22日(火)朝のことです。新聞を見ようとしたらチラシがたくさん挟まっていました。

いくつものスーパーマーケットのチラシです。

チラシの一番目立つ左上はすべて「おはぎ」の広告でした。

お彼岸の中日、秋分の日だったからでしょう。

お彼岸にはおはぎ、これが定番です。

おはぎの命は何といっても原料の小豆です。

時間をかけて炊き上げると、小豆はおいしいあんに変身します。

その小豆のあんが重要な意味を持つのがドリアン助川の小説「あん」です。

物語はある電車の駅の近くにあるどら焼き屋「どら春」のシーンから始まります。

 

店長の千太郎は何かわけありの人です。

開店前に店にやってきた千太郎は一人準備をこなしていきます。

支度が整うと鉄板でどら焼きの皮を焼き始めます。

一定のスピードで黙々と作っていきます。

このように言いますと、千太郎の仕事ぶりはいかにも職人らしく聞こえますが、それほどでもありません。

というのは、千太郎が発する雰囲気が何となく投げやりだからです。

この店、お客さんはそこそこついているようですが、流行っている感じはしません。

何か物足りないどら焼き屋です。

千太郎はその店を先代の亡くなった主人からまかされていました。

主人は千太郎が作った借金を肩代わりして払ってくれたのです。

千太郎が真面目に働くのは、亡くなった先代への恩返しの気持ちがあったからです。

そして肩代わりしてくれた借金を毎月少しずつ返していくためです。

そのために好きでもないどら焼きを焼いているのです。

そもそも千太郎は甘いものが苦手です。

ですから自分が作ったどら焼きをまともに食べたことがありませんでした。

そこに一人の年配の女性が現われます。徳江さんです。

彼女はアルバイト募集の張り紙を見て、自分を雇ってほしいと言います。

千太郎は高校生か大学生などの若い人を想定していましたので断ります。

しかし徳江さんは何度も店にやってきます。

時給は200円でいい、そして自分が作ったあんを食べてほしいとしつこく頼みます。

千太郎は徳江さんのあんを容器ごとゴミ箱に捨てたのですが、ふっと気を取り直して食べ見ます。

びっくりしました。

甘いものが苦手にもかかわらず、とてもおいしかったからです。

そこで千太郎は徳江さんを雇うことにします。

「どら春」のどら焼きがもう一つだったのは業務用のあんを使っていたからです。

徳江さんは朝早くからやってきていそいそあん作りを始めます。

千太郎のことを「店長さん」と呼び、あれこれ指示を出します。

しばらくしてびっくりするようなことが起こりました。

開店のためにシャッターを空けたらお客さんが行列を作っていたのです。

「どら春」のどら焼きはこうして大評判になりました。

 

ところがしばらくして、パタッとお客さんが来なくなりました。

それは徳江さんが以前にかかった病気が理由のようでした。

その病気について世間が多くの偏見と差別を持っていること明らかになっていきます。

徳江さんは子どもの頃にハンセン病にかかりました。

そのために国立の療養所に入れられて、治ってからも人生の大半をそこで過ごすことになったのです。

そして病気の後遺症が皮膚などに見える形でありました。

ハンセン病にかかった人を強制的に隔離するなどの法律ライ予防法は90年前に作られました。

このために元患者の人たちは大きな苦しみを背負うことになりました。

ライ予防法がいかに差別的であり、間違った法律であったかを国が認め廃止されたのが1996年、患者と関係者に正式に謝罪をしたのが1998年です。

ハンセン病は伝染率が極めて低く特効薬があります。

病気を発症する人はまずいません。

しかしこの病気に対する偏見と差別が様々な形で残っています。

まさにそれが「どら春」で起こったのです。

そのために徳江さんはアルバイトをやめざるを得なくなりました。

千太郎は薄々徳江さんの病気を知っていたにもかかわらず、適当にやり過ごそうとしたために、徳江さんをさらに傷つけてしまったことに後ろめたさを感じます。

千太郎はお客の減った「どら春」を立て直そうと、徳江さんに教えられたあんを自分で作ろうとします。

さらに新しいものをと、塩味の餡作りにも挑戦します。

それと同時に徳江さんに手紙を書き、そして彼女が住んでいる療養所の敷地内にある家を訪ねます。

千太郎はそこで徳江さんの人生がどのようなものであったかを知ります。

手紙の中で徳江さんは次のように書きました。

「店長さん。あなたももちろん生きる意味がある人です。塀の中で苦しんだ時期も、どら焼きとの出会いも みんな意味があったのだと思いますよ。すべての機会を通じて、あなたはあなたらしい人生を送るはずです。そしてきっといつか、これが自分の人生だと思える日が来ると思うのです」。

それは徳江さんが自分に言い聞かせている言葉でもありました。

徳江さんは、学校の先生になりたかったのですが病気にかかり、家族と引き離され強制的に療養所に入れられ、それから何十年もそこで過ごすことになりました。

その間、外に出て働きたいと何度も思ったのですがそれもかないませんでした。

たまたまあんを作ることになって、別に願ったわけではなかったがそれをすることに一生懸命なりました。

何十年も経って小さなどら焼き屋でアルバイトとして働くことになって、あんを作ったら大勢の人がおいしいと喜んでくれました。

それも偏見と差別からそれはダメになったと思ったら、やる気のなかった店長が自分の作り方を受け継ぐように一生懸命になりだしたのです。

徳江さんは千太郎との出会いによって、自分の生きる意味を確かめることができたのです。

 

物語「あん」から生きていると感じる瞬間が、そして生きる意味がはっきりするのが、自分のしていることが他の人に喜ばれる時であり役に立ったと思える時であることがわかります。

徳江さんはたまたますることになったあん作りに一生懸命なりました。

それでもって自分を極めようとしたのです。

その徳江さんと出会って千太郎の人生が動き始めました。

人とは不思議な生き物です。

その人がその人を極めようとすると、それが他の人の役に立つことになるからです。

そして他の人の役に立っていると感じた瞬間、生きていてよかったと間違いなく思えるのです。

だからイエス様は「神を愛し 隣人を愛しなさい」と言われたのです。

愛する、つまり他者のために自分ができることを極めようとすることが、自分の生きる意味を教えてくれるのです。

もしイエス様がこの場におられたら、台風18号の被害を受けて、日常生活が過ごせなくなり、痛みと悲しみを抱えている人のために、祈り、献金し支援活動をすることが自分の生きる意味を確かめることになると、言われるはずです。

今週もそうした言葉に耳を澄ませながら歩んでいきたいと思います。