月刊敬和新聞

2010年7月号より「少年ダビデはなぜ最強の戦士ゴリアトに勝てたのか -オシム前監督の旧約聖書の引用から敬和教育を考える-」

小西二巳夫(校長)

サッカーワールドカップ南アフリカ大会
 「カメルーンは巨人ゴリアトで、日本は少年ダビデだった・・・」。 この巻頭言をサッカーのワールドカップ南アフリカ大会で日本が予選リーグを勝ちあがり、決勝トーナメントに進出を決めた直後に書いています。大会が始まる前、専門家の多くは日本の予選リーグでの惨敗を予想し厳しい批判をしていました。果たしてどれだけの人が代表監督岡田さんのベスト4を目指すという発言を好意的に受けとめていたでしょうか。しかし、日本はこの大会のデビュー戦であるカメルーンとの試合に勝って波に乗りました。「カメルーンは巨人ゴリアト・・・」はその試合直後にインタビューを受けた前日本代表監督オシム氏の発言の中に出てきた言葉です。インタビューが衛星放送を通して行われたため、「ゴリアト、ダビデ」という言葉が日本中を駆けめぐりました。この話があるワイドショーで取り上げられた時、司会者は「えっ、ゴリアト? 後で調べておきます」と流し次の話題に移りました。

ダビデとゴリアト
 旧約聖書サムエル記上17章にダビデがゴリアトを倒したお話が載っています。このお話はいわばダビデのデビュー戦です。紀元前1010年ごろの古代イスラエルは強国に囲まれた弱小国でした。南側にはペリシテという民族が軍事国家を形成しイスラエルと戦争状態にありました。その最中に身長約3メートル、40キロものヨロイを軽々と身につけたペリシテ軍の最強の戦士であるゴリアトが一騎打ちを申し出たのです。しかしイスラエル軍からは、この申し出を受けようとする戦士は誰一人出てきませんでした。その時、たまたま兄を訪ねてきた羊飼いの少年ダビデが、この申し出を受けたのです。そしてゴリアトとの戦いで誰もが想像できなかった勝利をものにするというお話です。オシム前監督は羊飼いの少年が最強の戦士に勝つというストーリーと日本とカメルーン戦に重ね合わせることで、自分の感想を端的に表現したわけです。

ダビデの強さはどこにあったのか
 ダビデが重装備のゴリアトと戦うことになった時、王様のサウルは自分のヨロイとカブトをダビデに身につけさせます。強い相手に立ち向かうための備えをさせようとしたのです。ダビデは言われたとおりそれらをいったん身につけましたが、その直後に次のようにいいました。「こんなものを着たのでは、歩くこともできません。慣れていませんから」。そして、羊飼いとしてふだんから使っている杖を持ち、河原から投げやすい石を拾い、それをこれもふだんから持ち歩いている投石袋に入れ、石投げひもを手にゴリアトに向かっていきます。ダビデは彼を弱い相手と油断したゴリアトの額に石投げひもを使って石を直撃させ、あっという間に倒したのです。ダビデの勝因は何だったのでしょうか。それはそれまで一度も身につけたことのない武具を脱いで、いつもの自分のスタイルで闘おうとしたことにあります。それでこそ自分の力を最大限に発揮できると考えたことにあります。

敬和の教育はその人に与えられた賜物を引き出すことにある
 この場面のダビデの言葉と行動が敬和学園の教育に語りかけてきます。教育とはできるだけたくさんの情報や知識を身につけさせることであり、いい教育とはそれらを高い点数や得点で表せるようにすることと考えがちです。しかし高い学力を身につけさせたいとの思いが、その子どもからさまざまな可能性を奪うことにもなっています。教育とは本来、その子どもが内側に持っている能力を引き出すことにあるはずです。キリスト教の学校である敬和学園には、神様がその人に与えてくださった賜物を引き出し、一緒に磨いていくことが何より求められています。ダビデがゴリアトの額に石を直撃させることができたのは、彼が羊飼いの仕事である先頭を行く羊の前に石を的確に投げて、進む方向を変えたり止まらせたりできるコントロールを、毎日の生活の中でしっかり身につけていたからです。敬和学園の教育もまた一日一日を大切に過ごすことから始まります。それをあらためて自覚させてくれた少年ダビデに感謝です。