自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
小西二巳夫(校長)
朝ドラ カーネーション
NHK朝の連続ドラマ、今は「カーネーション」です。第二次世界大戦前から戦中戦後にかけての大阪は岸和田が舞台です。主人公の名前は小原糸子です。糸子は呉服屋の娘でしたが洋裁に出会い、生きる希望を見いだします。主人公のモデルは世界的なデザイナーであるコシノヒロコ、ジュンコ、ミチコ三姉妹の母親である小篠綾子さんです。糸子は周りの人から「糸ちゃん」と呼ばれています。私はカーネーションを毎朝、BSの7時台の放送で見ているのですが、それは、糸ちゃんという呼び名に親しみを覚えているからです。私の身近にも「糸ちゃん」がいるのです。それは私の母の9歳下の妹です。つまり私の叔母です。昨年の10月に83歳で亡くなりました。母は小さい時から年の離れた妹を「糸ちゃん」と呼んでいました。それで、私はいつの頃からか、この叔母を「糸ちゃんのおばちゃん」と呼ぶようになりました。糸ちゃんのおばちゃんは朝ドラの主人公と重なる部分を持っていました。例えば、朝ドラの糸ちゃんは百貨店の制服や女子学生のセーラー服を作りましたが、叔母も結婚した相手の家、つまり叔父の家が洋服を作っていました。それもキリスト教の学校の制服を作るのが専門でした。朝ドラの糸ちゃんの家には、住み込みで働く若い女の人が登場しますが、叔母の家にも住み込みのお姉さんがいつも4、5人いました。叔母は朝ドラの主人公と同じように、周囲の人のために働く元気な人でした。糸ちゃんのおばちゃんのことで、覚えていることがあります。
糸ちゃんのおばちゃん
私が10歳、小学校4年生の時でした。その頃、私の家は経済的にとても困った状態にありました。にっちもさっちもいかなくなった母は、叔母からお金を借りるために電話をしたのです。そして、私が叔母の家まで、教会のミサの帰りにお金を受け取りに行くことになりました。叔母は封筒に入れたお金を、「落としたらあかんよ」と言いながら、ジャンパーの内ポケットにしっかり入れてくれました。そして、私を少し待たせて、グレーと紺色の二色の布を斜めに縫い合わせた袋を作ってくれたのです。それは私がその時持っていた讃美歌とお祈りの本を入れるためのバッグでした。朝ドラのカーネーションを見ていると、叔母の優しさや思いやりがあれこれ思い出されるのです。
還暦・往還・還元
そうした記憶の蘇りと同時に、あらためて気づかされたことがあります。それは10歳の時の出来事から50年経って、還暦と言われる年齢になるわけですが、結局私は守られ導かれてきた、周りの人の優しさと思いやりの中で生かされてきた、としか言いようのない人生であるということです。
自らの還暦を考えている時に、同じような漢字の言葉が思い浮かんできました。一つは往還で、もう一つは還元です。往還は行ったり来たり、のような感じでしょうか。才能があるわけではない私の人生は、一直線に進むというよりは、まさに行ったり来たりの日々の連続です。そのような私がそれでも生かされ用いられてきたわけですから、私がこれからするべきことは、感謝の思いを他者に還元していくことでしょう。具体的には、敬和学園の教育を通して、子どもたちを受けとめ成長の手助けをすることでしょう。
讃美歌「新しい年を迎えて」
カーネーションと似た綴りの英語にインカーネーションがあります。これを日本語にすると受肉です。人となった神の子イエス・キリストのことです。そこに含まれる意味は、具体的な形で神様は人を愛してくださる、ということです。カーネーション、インカーネーションを通して、そして新しい年を始めるにあたって、神様に生かされ愛されてきた私は、今まさに生き方を問われているのです。
それを考えた時に、特に東日本大震災を体験したこの時代にあって、讃美歌「新しい年を迎えて」が、それを教えてくれているように思います。
2.過ぎ去った 日々の悲しみ さまざまな うれいはすべて キリストの み手にゆだねて、
み恵みが あふれるような 生きかたを 今年はしよう
3.みことばに はげまされつつ 欠け多き 土の器を 主の前に すべて捧げて
み恵みが あふれるような 生きかたを 今年はしよう
4.自分だけで 生きるのではなく みな共に 手をたずさえて、
み恵みが あふれる国を 地の上に 来たらすような 生きかたを 今年はしよう
この讃美歌の言葉を胸に刻みながら、2012年を歩んでまいりたいと思います。