月刊敬和新聞

2012年2月号より「敬和生が輝く、その秘密を教えましょう -2012年度 1次後期入学試験礼拝説教より抜粋-」

小西二巳夫(校長)

世界は狭いなあ
 …もしみなさんが4月から敬和生になると45回生と呼ばれます。みなさんより10歳年上の私の娘は35回生でした。娘は卒業後、兵庫県の大学を出て札幌の農業専門学校で二年間過ごし、今は青年海外協力隊の一人としてネパールで農業指導をしています。娘とは時々、スカイプというインターネットテレビで話をします。先週のことです。次のような話になりました。ネパールの首都のカトマンズで、隊員同士交流会があって、そこに札幌出身のシニア海外ボランティアの人が参加していて、娘も札幌で生まれ育ったことから話が弾み、出身小学校を聞かれて、A小学校と言ったら、そこにBという先生はいなかったかとなり、その人は校長先生で大変お世話になりました、と答えたら、自分はA先生と別の小学校で同僚だったということで、「父さん、世間は狭いなあ、世界も狭いなあと」というような話になりました。

高校はどこですか
 さらに、高校を尋ねられたので、新潟です、と答えたら、その人が「新潟に敬和学園という高校があるでしょ」と、急に敬和の名前を出したので、びっくりして自分も敬和学園出身ですと言うと、今度はその人が驚いて、実は前任地がアフリカのケニアで、そこに青年海外協力隊として来ていた若い人が、自分の高校時代のことをよく楽しそうに話すので、いつの間にかその人の出身高校である敬和学園の名前が刷り込まれてしまって…、ということでした。この話の終わりに娘が思わずつぶやいた一言があります。出だしは「やっぱり敬和学園て・・・」です。この後に続く言葉は、すごい学校、あるいはインターナショナルな高校、のようなことかと思うのですが、違いました。娘は言いました。「やっぱり敬和って、変った学校やなあ」。確かに、この二人に限らず、青年海外協力隊や他のNGOやNPOで海外に出て行く卒業生や働きたいと考える人が多いのは、そして、そんな場所に行ってまで、高校時代のフェスティバルや讃美歌発表会の行事や先生の話を楽しそうにするのは、確かに変った学校であり、変った人が多い高校と言えます。

入試労作を申し出る
 「変った」ということでいうなら、今このチャペルにみなさんと一緒に礼拝をしている在校生も当てはまるかもしれません。この人たちは「入試労作」をしてくれている二年生と一年生です。今日は約30名ですが、一月の入学試験には70名以上が参加してくれました。敬和学園の入学試験には在校生の存在が必要です。駐車場の誘導、受付、そして、これから始まる学科試験や面接の会場への誘導を入試労作の生徒が行います。今日は入学試験ですから、他の在校生は休みです。けれど、この人たちは自分から申し出て、昨日の準備から今日の本番と、休み返上で働いてくれているわけです。入試労作はものすごく緊張します。それはミスをすると試験を受けるみなさんが困ることになるからです。緊張感はみなさん以上かも知れません。そのように楽ではない一日がかりの入試労作の見返りが何かと言えば、お弁当が出ること、「ご苦労さんでした」という感謝の言葉と、クッキーやシュークリームが少しもらえる程度です。得な仕事ではありません。それにもかかわらず、入試労作を申し出るのは、そして申し出てくれる人が毎年たくさんいるわけですから、敬和学園は変った学校と言えます。

寄り添いたい
 でも申し出る理由を聞くとなるほどと思い涙がでそうになります。入試労作の人たちも、一年前二年前は不安な気持ちで、今みなさんが座っているその場所にいたのです。中学校や小学校でものすごく苦労した人たちもいます。つまりみなさんの気持ちを一番よくわかっているのが、入試労作の人たちです。わかるから、何とか役に立ちたいと、寄り添いたいと申し出てくれているのです。…こうした敬和学園での日常の体験が青年海外協力隊やNGOで働くことにつながっていくのだと思います。…「変った」を別の言葉にすれば「個性」「違い」です。敬和学園において「変った」は悪い意味ではなく、よい意味を持つのです。ですから娘の「敬和学園は変った学校」は、学校への親しみを込めた表現であり、その学校で学べたことに対する感謝の気持ちが込められているのです。敬和学園で学ぶと、一人ひとりが輝くようになると言われるのは、そのあたりに秘密があるようです…。