月刊敬和新聞

2012年5月号より「『永遠の命に生きる』敬和の卒業生」

小西二巳夫(校長)

4月○日 8時45分 全校礼拝
 金曜の朝、この日の礼拝もいつものように、開始時刻になると、チャペルの高い天井からすうっと静けさが下りてきて始まりました。お話は近くの教会のA牧師でした。A先生は4月にその教会に赴任をされてきたばかりです。お話は教会の用事で銀行に出かけた際の出会いについてでした。順番待ちをしている時に、窓口の女性がお客さんに対応しているのを、好感を持って見ていたのですが、「○○教会様」と名前を呼ばれて、その前に立つと、その女性が言ったそうです。「私、敬和学園高校なんです」。A先生は思いもかけないこの一言に一瞬とまどいました。しかし、次の瞬間にその女性が何を伝えようとしたのかがわかったというのです。「この人は、敬和学園で充実した高校生活を過ごすことができたんだ。その喜びを伝えたくて、その一言に込められたんだ」と受けとめられました。それを伝え聞いた自分の使命は、敬和生活真っ只中にある高校生にそのまま伝えることだと考えられたわけです。快活にお客さんと接し、テキパキと仕事をこなしている様子から、その女性の敬和学園での3年間を想像することができてうれしかったとのA牧師の言葉に励まされて一日を始めることになりました。

同日 午後1時
 私がこの時期に行っていることの一つに各中学校の校長先生にお会いをして、新年度のあいさつと敬和学園の様子をお話しすることがあります。今年は70校を訪問したいと考えています。その日、午前中の授業を終えて、午後一番にB中学校に向かいました。初めてお会いする校長のC先生は、私がお話しするまでもなく敬和学園の教育をよく理解されていました。感心していましたら、C先生が言われました。「実は私の子どもも敬和学園でお世話になりました」。この一言に一瞬戸惑いました。「えっ、誰だろう。わからない…」。素直に尋ねるしかありません。しかし出された名前にピンときませんでした。「それほど目立つ子ではありませんでしたから」とのC先生の私を思いはかる言葉に、逆に自分の情けなさを思い知らされました。「敬和学園は目立たないとされる子どもにこそ光を当てる学校ではないのか」。少し詳しくお話をうかがう中で、ようやく○○回生の○○さんであることが思い出されてきましたが、なお軽いショック状況の中にある私に、C先生の子どもさんが、在学中に進路を自分で決めて進学し、働きたいと望んだ業界で今いきいきと働いているのは、敬和学園の3年があったから、と話されたことに少し慰められました。

同日 午後8時
 その日の夕方から私立高校の校長会がありました。その帰り道でふっと思いました。「そうだ、ジムに寄って、ランニングマシンで走ってから帰ろう」。ジムに向かう途中に寄ったコンビニのドアを開けて入ろうとした瞬間、「あっ、校長先生」との声がしました。コピー機の前に立っていた女性でした。一瞬戸惑う私に「私、誰かわかります?覚えていないでしょう?」との言葉が続きました。「はい、ええっと、うん、あぁ、○○回生?担任は○○先生」。「いいえ違います△△先生です」。幾つかのやり取りをする中で、ようやく卒業生のDさんであることがわかってきました。昼間のことがありましたので、早く思い出すことができてホッとしました。Dさんは今マクロビオティック(有機野菜と無添加を使う料理方法)で給食を出す仕事をしているとのことでした。私は俄然関心が湧き、あれこれ質問をしました。「寮生にも食べさせてやりたいなあ。一回管理栄養士さんと話をしてみるわ。今度ぜひ相談に乗って下さい…」。話をする中でDさんが何度か言葉にしたのが「敬和学園で高校生活を過ごせてよかったです。今の自分につながっています」でした。

永遠の命に生きる卒業生
 たまたま同じ日に卒業生3人の消息を知ることになりました。3人に共通するのは、敬和生活3年が過去のものにとどまらず、その人の今の中に生きていることです。これを聖書の言葉を使って表現するなら「永遠の命に生きる」ということになります。「永遠の命」に生きるとは、与えられた人生を精一杯、いきいきと生きるということです。3人の卒業生の様子から、まさに今を生き生きと過ごしていることが感じられました。そのいきいきと生きるエネルギーは周囲の人に元気を与えていることでしょう。そしてその源の一つに敬和学園の3年間があるとしたら、敬和学園で働く者の責任は重いと自覚しないではいられません。目の前にいる一人ひとりにこれまで以上に真剣に向き合いなさいと、神様から促されることになった一日でした。