月刊敬和新聞

2013年6月号より「敬和学園は ええ学校 ほんまに そう思いませんか」

小西二巳夫(校長)

上方落語「宿替え」
 私に、元々の性格に加えて年齢が高くなると共に、ひんぱんに起こるようになってきたのが「忘れる」です。人や物の名前が、まさに忘れたように出てこないのです。口から出てくるのは「あれあれ、それそれ」です。同年代の妻とのやりとりは、お互い様で済みますが、他の人との間ではそうはいきません。交わした約束を忘れる、大事なものをどこかに置き忘れる…。それにもかかわらずたいていのことは何とかつじつまがあうので、かえって自己嫌悪に陥ることは日常的です。そこで、逆に「やってしまった」と思った時には開きなおって、上方落語の「宿替え」のサゲを使うことがしばしばあります。これは長屋に住むあわて者が引越しをする際のドタバタを描いた話です。引っ越し先に年老いた父親を連れて行くのを忘れた男が、女房から叱られた時に言いました。 「親ぐらいどうもおまへん。時々我(自分)を忘れます」。

ドキッ!? 手帳置き忘れる…
 3週間前の朝のことでした。朝8時30分から教務室(職員室)で教職員の打合せをします。しばらくして気づきました。「牧会手帳」がないのです。牧師になって以来毎年買い換えながら使っている手帳です。中身は個人情報に関することも書いてあります。スケジュール帳でもあるので、失くせばお手上げ状態になります。校長室の机の上に置いてきたのなら問題はありませんが、たぶんそれはありません。教務室に向かう途中、書類を持ってトイレに入ったのを思い出しました。確か書類は洗面台の上に置いたのです。ということは、そこに忘れた公算が大きいのです。まずいと思いました。別に誰かを疑うわけではありませんが、手帳に気づいた人が、何気なく手帳を開いて、これはと興味を持って行ってしまったらどうしよう…。こういう時に限って打ち合わせはなかなか終わりません。10数分後、まずトイレに寄って、それから校長室に行って、と思い巡らしながら、教務室の左前方にあるトイレに向かいかけました。その時ふっと、まぁそれはないだろうと思いながらも、教務室を出てすぐ右側にあるガラスケースの上を見たのです。そこは落し物を並べて置く場所です。ところが、そのまさかでした。まるで私が来るのを待つかのように手帳がそこにあったのです。生徒の誰かが届けてくれたことは間違いありません。

敬和は ええ学校や ほんまに
 全校礼拝のためにチャペルに向かいながら何人かの先生に、手帳を置き忘れた恥ずかしさも忘れたかのように、同意を強要するように言いました。「敬和は ええ学校 ほんまに そう思いませんか」。忘れものを届けるのは当たり前でしょう。でも当たり前のことができるためには、それがお互いの学校生活に安心を生みだすとの、そして失くした人が困っているとの想像力が必要です。そうした想像力や他者への気遣いを持った子どもたちが育っていることを、物を忘れるという自らの恥ずかしい出来事を通して知ることができたのです。

「忘れる」は価値観によって行われる
 「思考の整理学(外山滋比古著)」は「忘れる」ことの大切さを書いています。教育において、人間の頭脳は知識の倉庫のように考えられ、中にできるだけ詰め込める人が優秀とされてきました。しかし人間の頭脳には本来物を蓄積する倉庫だけではなく、何かを作り出す工場としての機能があるというのです。頭脳は工場を機能的にするため、整理として「忘れる」を行うとのことです。頭をよく働かせるためには、忘れることがきわめて大切で、人間は眠る(レム睡眠)ことによって、その日の出来事を、覚えておくことと忘れることに区分けをしてきたというのです。外山さんは眠るのは神様が人間に与えて下さった忘却作用だと書いています。さらに「覚える・忘れる」の区分けはその人が持っている価値観によって行われるとのことです。このことから教育の目的がはっきりしてきます。教育のより大きな役割は、人間が生きていくための、そしてよりよい社会を作っていくための、人間観や価値観を育てることにあるわけです。私の忘れた手帳を当たり前のように届けてくれたことは、人間観と価値観を大切に考える敬和学園にとっては大きな意味を持つ出来事です。私はこれからも神様が与えて下さった「忘れる」を日常的にするでしょう。けれど敬和学園の教育の方向性は忘れることはないはずです。