自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
小西二巳夫(校長)
被災した醸造会社
東日本大震災で被災したある醸造会社の話です。昔ながらの製法によるこの味噌は地元の人から永年親しまれていました。朝の味噌汁もここの味噌でなければ食べた気がしない、元気が出ないという人が何人もいるほど地域の生活に密着していました。ところが大震災によって蔵や樽が壊滅的な被害を受けたのです。三代目の主人はその状況を目の当たりにして、再び味噌を製造するのは無理だと思いました。それは同じ味の味噌を作るためには、原料や製造方法は同じであっても、工場の内部や味噌樽に染みついたこうじ菌などの微生物が漂う空気がなくてはならないからだそうです。おいしい味噌を作るためには、自分たちの力だけではどうしようもない、いわば見えない力の働きが必要だということでしょう。この会社の再建は倒れた柱や壁そして樽についた泥やほこりをていねいにふき取ることから始まりました。
耐震補強工事から改修工事へ
Ⅰs数値というのがあります。これは建物の耐震強度と耐震工事の目標を表す数値です。大きな地震が次々に起きていることもあって、建物に求められる耐震性も厳しくなってきました。敬和学園も5年前に古い基準で建てられた校舎や寮の耐震診断工事を行いました。そして耐震診断に基づいて耐震補強工事を行うことを決断しました。これに加えて教育環境を少しでもよくしたいとの考えから建物の内外の改修工事を並行して行うことにしました。幸い昨今の状況から耐震補強工事には国から工事費の3分の1から2分の1の補助金が出ることになりました。しかし改修工事には補助金は出ません。耐震補強工事も改修工事も建物を使いながら行いますので複雑で面倒です。一番古い建物は学校創立時に建てた寮のめぐみ館(旧学校本館)です。すでに45年を経過しています。こうした時に当然出てくるのが「古い建物を壊し新しくしてはどうか」との意見です。
改築工事ではなく改修工事を
この考えには一理あります。2014年度に工事を行う体育館は耐震補強と改修といっても、基礎や構造部分にまで及ぶ大規模なものになります。その翌年度に行う校舎に至っては、使用しながらの工事であるために、さらに教室等を大幅に作り替える計画もあって、耐震補強と改修を2年に分けて行う必要があります。
それでも全面建て替え(改築)でなく、あくまでも改修にこだわることにしました。
それは何と言っても改築と改修では工事費が相当に違うからです。耐震補強工事と改修工事でも総額で10数億円かかります、補助金があっても、多くを自己資金で行います。50周年記念事業の一環だから、多方面に献金のお願いをしながら改築しようと思っても限度があります。現状から考えて改修工事が分相応だといえます。ただ今回の事業を行う中でより鮮明になったことがあります。
建物には見えない神の愛が働く
耐震補強工事を行う前から常々考えていたことに、敬和学園の教育にとって建物とは何かということがあります。よい教育を行うためには人の存在と力、いわゆる人材に加えて、さらに欠かせないのが建物の存在です。建物が作り出す雰囲気というのがあります。学校生活の大半を建物の中で過ごすわけですから、それがどのようなものであるのかが、子どもたちの成長に決定的に関係します。もし冷たく感じたり、重苦しいものであったとしたら、学校生活が楽しいはずがありません。学ぶ気持ちは湧いてこないでしょう。敬和学園に漂う空気には人の存在を排除しない、誰をも受け入れ包み込むようなものがあるといわれます。自分を出せる安心感と雰囲気は、46年間絶え間なく繰り返されてきた学校生活によって醸し出されてきたのです。建物全体にそれらが染みついているのです。46年間の一人ひとりの喜びや悲しみ、痛みを折り重ねる中で作り出されてきた空気を、建物を全面的に建て替えることによって無くしてしまうかもしれません。人間教育を大切にする学校にとって、醸し出す空気は何よりかけがえのないものなのです。工夫をしながらできるだけ大切なものを残したいとの発想に立つ時、やはり改修工事となりました。さらに敬和学園は「見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続する」といった聖書の言葉を大切にするキリスト教の学校です。醸し出される空気に見えない神の愛と力が注がれていると考えます。資金が足りないからこそ大切なことに気づかされます。厳しい現実もまた恵みの時です。9月初めにすべての工事を終えた寮のみぎわ館と大望館は予想以上にいい雰囲気を醸し出しています。