月刊敬和新聞

2014年5月号より「イエスの夢に生かされて生きる」

小西二巳夫(校長)

夢は牛のお医者さん
 新潟のテレビ局制作の報道番組をもとにしたドキュメンタリー映画が作られました。タイトルは「夢は牛のお医者さん」です。1987年、中越の旧松代町の全校生徒九人の莇平(あざみひら)小学校には新入生がおらず、学校は入学式がないのはかわいそうだと考え、生後2か月の子牛3頭を代わりに入学させます。その日から子どもたちは牛たちに名前をつけて世話を始めます。その一人で3年生の高橋知美さんは体調の弱い子牛を抱きながら考えました。「私がお医者さんになって病気を治してあげるね」。映画はやがて獣医さんとなる彼女のその後を26年間追い続けます。高橋さんは中学生の時に獣医になると決め、家から離れた都市部の高校にすすみ、3年間テレビを見ないと決めて受験勉強に励みます。そして獣医学科として最大の難関校の大学に合格します。映画は高橋さんをさらに追い続け、家畜診療所のベテランの獣医として酪農家に信頼されながら働く場面で終わります。高橋さんの26年を見ながら思うのは、この人は自分の人生を見事に生きている、ということです。この人は自分がなりたいことを、自分がやりたいことを最優先させることができる人です。こんな人になれたら幸せだろうな、と多くの人が思います。同時に、たいていの人は、それは優秀だからできるのであって、自分にはできないと思ってしまいます。

夢は教会の神父さん
 私は小学5年生の時に、カトリック教会の神父さんになりたいと思いました。男兄弟3人の真ん中で、上と下が優秀というのは、何とも辛いものがありました。母親からも「あんたは飽き性で集中力がない、だらしない性格」と言われました。自分でもこれではダメだなあと思うことはしょっちゅうでした。その頃カトリック教会に通っていた私の周囲では、神父さんになるというのが一つの流行でした。中学校から寄宿舎に入ったら、きちんとした生活ができるようになる、勉強もしっかりするようになる、と自分を変えたかったのです。そして中学受験のために知り合いから勉強を習うことになります。ところがその人からもしばしば言われました。「あなたは勉強ができないね、これではダメね」。そして、相談する母に教会の神父さんは「お宅の子どもさんは神父に向いていません、なる必要はありません」とはっきり言われたのです。こうして私の神父になるという夢は5か月余りであっけなく挫折してしまいました。

なぜか教会の牧師さん
 それから20年後私はプロテスタント教会の牧師になります。30歳を過ぎて家族がいる私には職業の選択肢がほとんどありませんでした。神学部卒の学歴からしても、自分にやれることはもう牧師しかなかったのです。ある時母親が電話で私に言いました。「あんたは神父さんになりたいという子どもの時の夢をかなえたんやなあ」。私は愕然としました。そんなふうに考えたことがなかったからです。私は夢を追いながら生きたわけではありません。牧師になったのはそれしかなかったからです。けれど私の心の芯の部分には、5年生の時に持った夢が残っていて、それが私の毎日を支え、力になっていたことは確かだと気づかされました。

イエスの夢に生かされる
 莇平小学校の他の8人も高橋さんと同じく牛たちの世話をしました。ですからその出会いが高橋さんのような劇的なものではなかったとしても、大きな意味があったのです。私の場合もそうですが、子どもの時に持った夢は年齢が上がるにつれて忘れ去られることが多いのですが、けれどそれは形を変えて、その人の中に確かに生きることになるのです。「出会い」がその人の人生を支える見えない力になっていくのです。聖書は「若者は幻を見、老人は夢を見る」との言葉でもって年齢に関係なく夢を持つことの大切さを教えます。さらに夢を持てない人、夢に挫折した人に語りかけます。聖書を通して気づかされるのは、人として一番スケールの大きな夢を見たのがイエス・キリストだということです。その夢の実現のためにイエス様は十字架にかかられました。イエス様が命をかけて見た夢とは、すべての人が救われ、幸せに生きられるようになることです。その中に私たち一人ひとりも含まれます。つまりイエス様の夢の中に今自分が生かされているのです。たとえ今夢が持てなくても、またある時に持った夢が挫折しても、私たちは間違いなく、大きな夢の中に生きている、生かされているのです。これに勝る希望はありません。それを3年間の学校生活を通して子どもたちに伝えることのできる敬和学園でありたいと心から願います。