のぞみ寮通信

めぐみ館

2015/07/17

めぐみ通信 No.41(2015年7月17日)

親の目、子の目

 「あのね。お母さんに“ありがとう”って伝えたよ」と話しかけてくれる子がいました。この3月まではこの敬和の保護者だった私ですので、親として、娘を想う気持ちを添えながら、7月はじめの礼拝後の話の中で「今月は、授業料の引き落としの月」と全体に伝えていました。

 「“ありがとう”って伝えるのって恥ずかしかったけど、言えて何だかうれしかった!」「伝えられたお母さんもなんだか照れているみたいだった」「でもね。私が伝えたことは、すごく喜んでくれたと思う。」と照れながらも嬉しそうに報告してくれました。母娘のやり取りを思い浮かべると私もなんだかほっこりとした気持ちになりました。

 私なりに伝えられる娘を想う気持ちを、これからも押し付けにならない程度に発信していきたいと思っています。

 定期テストが終わり、終業まで1週間となりました。安堵した表情が見られますが、3年生は、進路決定に向けての取り組みが本格化します。それぞれの進路の希望が叶うよう願っています。

 夏休みに向けての予定や学割の届出も終わりました。18日(土)の帰宅を心まちにしている寮生と部活があるために帰宅はもう少し先の寮生がおりますが、それぞれの夏休みに向けて準備しています。充実した夏休みを迎えられますように……。

 ご不安なこと、ご相談ごとがございましたら、どうぞ遠慮なさらずお知らせください。(小菅)

 

 

 

だってみんなが~☆ 

 第二定期テスト真っ只中、みんな本当によく勉強します。テスト1週間前から開放される友愛館(友愛館は通常夕食後は閉まるのですが、テスト1週間前は解放され、自習時間や週末は、まるで図書館の自習室のようになるのです!)には、それはもう大勢ののぞみ寮生が集まり、一人で黙々と勉強していたり、仲間と教え合ったりしている様子が見られます。

 今年度2回目の友愛館開放で非常に驚いたことがあります。それは、とっても静かだということです。いつもは、「勉強しない人は帰りなさい!」とか「うるさいよ。」なんて注意を促すことしばしば。「先生がいないとうるさくてたまらないから、見回ってください!」なんてリクエストがなされた時もあったほどです。それが今回は一度もありません。うるさいどころか、「あれ?今日は友愛館に誰も来ていないのかな?」なんて思ってドアを開けてみると50人くらいいるのでは!?と思う程の大人数。それなのにとっても静か!信じられない状況です。教え合っている姿もあるので、声を出している人もいるのですが、それでも「静か」だと感じられるのです。1年生も2年生も3年生も集っていますが、テストに向かって取り組む空気を誰一人として乱す人はいません。のぞみ寮生ってすごいな~!と本当に感心しました。

 そんな中、ふと私の目に留まっためぐみっ子集団。もちろん彼女たちも一生懸命勉強しています。どうも教え合っているようです。そしてその輪の中には入寮当時から「私、勉強嫌い!中学校の時全然勉強しなかったし~。」と、事あるごとに口にしていた1年生の姿がありました。お!と思い、「やるじゃん!勉強してるじゃん!」と声を掛けると、とってもかわいい笑顔で振り返り、「だってみんな勉強するんだもん!」と一言。仲間の勉強する雰囲気に流されて一緒に取り組んでいるのだそうです。分からなければ挫折してしまいそうですが、そこにはやっぱり仲間がいます。「あ~!もう!わからない!」と険しい顔をして投げ出しそうになる彼女に、「教えてあげよう。」と周りの1年生めぐみっ子たち。一度は置きそうになったペンを再び握り直し、質問し、教えてもらい、理解したのでしょう、笑顔になり、また一人で黙々と取り組む様子がありました。

 彼女が友愛館に勉強に来たのはその一日限りではありません。週末には一人でリュックを背負って勉強しに来ている姿がありました。夕食後、「今日は数学!」と自分に気合を入れている姿がありました。仲間が彼女の背中を押し、彼女が仲間に習い、一生懸命テストに向かう習慣がついたように見えました。こんなに頑張っているんだもん、結果が付いてきますように!そう祈らずにはおられません。

 のぞみ寮生はいろんなところでお互いを支え合い、刺激し合って生活しています。いろんなことが自分や周りを変えるきっかけとなります。知らなかった世界を知るきっかけとなります。何の変化もない当たり前の毎日様ですが、実はスペシャルな毎日です。とにもかくにも、努力した結果がありますように!!!  (森口)

 

 

 

礼拝のお話 

1年  I.Y 

 今日は、「優しい」ということについての考え方を話そうと思います。皆さんには、男女問わず付き合いやすいタイプの人と付き合いにくいタイプの人がそれぞれいませんか?寮ではそういうことは関係なく、日々仲間として過ごさなければなりませんが、それを抜きにすれば、少なからずいることでしょう。私にとってその付き合いやすいか、付き合いにくいかのひとつの基準として、「私のことをほっといてくれるか、くれないか」というものがあります。

 誤解のないように言っておきますが、私は人と接することが大好きですし、頼られることも、頼ることも、にぎやかに大勢で騒ぐことも好きです。ただ、もし自分が不安定になったときに、ほっといてくれる人が、個人的にとても付き合いやすいです。この場合の私の言う「ほっとく」というのは、相手に無関心でその人の抱えるトラブルや悲しみに触れないというのではありません。相手のことを考え、察した上で過干渉にならないことです。それは「空気の読める都合のよい相手のことではないか」と思う人もいるかもしれません。でも私は、むしろ「空気を読めない人」と思うほど、時にほっといてくれる人のような気がします。そしてこの「ほっとく」ことが私の考える「優しさ」なのです。

 「優しい」という漢字は、「人」という漢字と「憂い」という漢字2つで成り立っています。「憂い」という字を辞書で引くと「悲しみで心が閉ざされ、憂鬱なこと」と書かれています。私には、「優しい」という字が悲しんでいる人の隣に、1人の人が立っているように見えます。「憂いている人」に覆いかぶさったりするのではなく、隣にそっと寄り添っているように見えるのです。それは、過干渉ではなく、また恩着せがましさがありません。かと言ってとても離れている訳でもない、丁度よい距離です。これが「優しさ」だと思います。そして「優しい」という字にはもうひとつ「すぐれている」という意味もあります。

 私は、自分がそうされたらうれしいように、静かに誰かの隣に寄り添える、「優しさ」を持った人間になりたいです。

 

 

 

1年  M.Y 

 皆さんは、“家族とはどのような存在?”と誰かに聞かれた場合どうお答えになるでしょうか?今きっと皆さんの頭の中には誰かしら家族のことを思い浮かんだのではないかと思います。今その頭の中に出てきた家族を“好きですか?”“嫌いですか?”

 私は、家族がとても好きです。でも振り返れば“嫌い”と思った時の方が多かったかもしれません。中学に入り、私も反抗期が始まりました。特に家族が悪いわけでもない。なのにすごくイライラする。これが寮に入る前の毎日でした。怒っていることに怒られ、それにまた怒りが増し、ケンカが増える中で私はなんでこの人が自分の母親なの?時には離れたいぐらいの気持ちになったこともあります。でも家族というものは、嫌いでも離れられないもの。

 家族と離れた2カ月を振り返った時、改めて家族の存在に気づきました。母親が私に怒ったのは、決して自分が嫌いで怒った訳ではないんだと気づかされ、怒りにも愛があることを知った気がします。こう思う、私は家族がいなかったらこれまで楽な生活が送れなかったと思います。しかも、親は仕事があるため仕事をしながらの私たちの生活を支えていくことは、相当のリスクがかかっていたことをここに来て知りました。

 私は、家族の存在に気づかされ、感謝の気持ちでいっぱいです。話のはじめに“家族とはどのような存在?”という質問しました。改めてどうですか?“好きですか?”“大好きですか?”今“嫌い”な気持ちを持っている方も、本当に“嫌い”ではないはずです。振り返ってみてください。本当にずっと今までの間“好き”と思ったことはあると思います。少し家族の存在に気づいてみてください。“ありがたい”と思う気持ちは、家族なんですからきっと“好き”につながると思います。そしてこれからずっと“家族ってどんな存在?”と誰かに聞かれた時、大切な存在と答えられたらいいですね。