毎日の礼拝

校長のお話

2015/06/25

「いのちの姿」(コリントの信徒への手紙Ⅰ 10章13節)

私には本が出版されたら必ず読むという作家が何人かいます。

万城目学と村上春樹がそうです。

二人の作風はまったく違いますが、似ているのは作家になろうとしたきっかけです。

村上春樹は大学時代からライブハウスをやっていたのですが、30歳を前にした5月のある日のことです。

東京の神宮球場でプロ野球を外野の芝生に寝転がって見ていました。

ヤクルトの選手がカーンとヒットを打って、2塁ベースに滑り込みました。

その瞬間、自分は作家になろうと思って、そのまま原稿用紙と万年筆を買いに行って作家の道を歩み始めたというのです。

その人が日本の作家の中で今ノーベル文学賞に一番近いというのですから、世の中面白いなと思います。

万城目学も大学を卒業して企業に勤めていたのですが、自転車で河原を走っていて、さわやかな風がふっと吹いて顔をなぜていった瞬間に、作家になろうと決めたというのです。

 

同じように本が出版されたら必ず買う作家に宮本輝がいます。

この人も作家になろうとしたのは劇的なことがきっかけでした。

宮本さんは大学受験に失敗します。

翌年やっとのことで入学したのですが、今度は卒業を前に就職がうまくいきません。これもまたやっとのことで小さな広告会社に就職しました。

数年後のことです。

ある日突然電車に乗れなくなるのです。

自分が自分でないような気持ちになり、抑えようのない、耐えられない不安に襲われます。

そういう自分の状態を説明しても周りの人から理解されず、もう会社勤めはできないとまで考え始めます。

そんなある日、得意先での打ち合わせを終えて、ビルから出てくると、大粒の雨が降っていて、傘も持っていなかったので、近くの地下街に下りて雨宿りをします。

雨は次第に強くなり、やむ気配はなかったので、本屋さんに入ります。

そして目の前の本棚にあった一冊の雑誌を手に取ります。

雨宿りのための時間つぶしなら何でもよかったのです。

それは何人もの作家の小説が掲載されている文芸雑誌でした。

そして最初の作品を読みました。

雑誌の一番前に掲載されるのは有名な作家、人気のある作家です。

それを本屋の店先で読み終えて思いました。

自分ならこれの100倍面白い小説を一晩で書ける。

その瞬間でした。

宮本さんは作家になろうと決めたというのです。

何かいい加減な話のようですが、宮本さんは本気でそう思ったというのです。

27歳の時のことでした。

それから3年後に作家なら誰もが一番もらいたい文学賞である芥川賞を受賞します。

 

その少し前から嫌な咳が出始めていました。

夕方になると微熱が出て、体がだるくなり体を横にしないと辛抱できない毎日が続いていました。

そして芥川賞を受賞した安堵感もあって病院に行きます。

お医者さんがレントゲン写真を見せながら言いました。

「結核にかかっています。すぐに入院してください」。

結核が治ったのは半年の入院と3年間の療養生活後の34歳の時でした。

このようにたどっていくと、宮本さんの人生がいかにしんどいものか、順調でなかったがよくわかります。

結核は治りましたが、けれど会社を辞め作家になるしかないと考える原因となった、激しい不安に陥る症状を引きづり続けていたのです。

時には死にそうにさえ思えることもありました。

思い切って診察を受けることにします。

そこで9年間自分を大いに悩ましてきたそれが、不安神経症、今の言い方にすると「パニック障害」だということがわかります。

お医者さんからさらに言われました。

「大丈夫ですよ。この病気で死んだ人なんて一人もいませんよ。天才はほとんどこの病気を持っています。発作がきついようだったら、この薬を飲みなさい。すぐに楽になります。胃がもたれたら胃散を飲むでしょう。あれとおんなじですよ」。

宮本さんはそれから以降たくさんの小説を書き続けます。

そして今64歳になった今、次のように言います。

自分が小説を書き続けてくることができたのは、不安神経症のおかげです。

思い通りにならなかったから、自分の一番やりたいことをやり続けることができたのです

できることならそうはなりたくない状態、そういう症状を持つことは不幸以外の何物でもないと思われがちです。

けれど宮本さんは不安神経症が、自分を、小説を書くことへ押し出す力になった。

不安神経症が自分にとってかけがえのない宝物だというのです。

 

今日の聖書コリントの信徒への手紙を書いたパウロという人はキリスト教の歴史の中で最も大きな働きを人です。

そのパウロも宮本さんと同じようなしんどさを抱えていたことはよく知られています。

激しい症状に悩まされることがしばしばあったようです。

だからといって彼が何もしなかった、何もできなかったわけではありません。

むしろ逆でした。

パウロほどあちこちに出かけイエス・キリストのことを積極的に語った人はありませんでした。

実に活動的な人でした。

そのパウロが自分の抱えるしんどさを通して実感したことを一言で言い表したのが今日の言葉です。

パウロはがまんできそうにない、このままではだめになる、そういう状態を「試練」と表現しています。

それを「試練」というなら、私たちの誰もが何かの形で試練に出会ってきたはずです。

なぜ自分だけがこんな目に合わなければならないのだろう、と恨みたくなることや嘆きたくなることも一つや二つではないはずです。

試練の数では誰にも負けないと思うっている人もいるはずです。

けれど、パウロの言葉からわかるのは、試練が大きければ大きいほど、恵みも大きい。喜びも大きいということです。

そしてそうした試練の中にある人の存在そのものが、ほかの人の救いとなり、希望となっているということです。

パウロがまさにそうでした。

少し角度をずらしていうと、その大きな試練は大きな恵みを与えられるための準備段階だということです。

そう考えると、自分がなぜ今試練にあっているのかが納得できわかり、そして抱えている悩みやしんどさの意味と価値がわかってきます。

今は恵みの時、そこから新しい1週間を始めましょう。