自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2015/06/25
「我慢以上の事」
寮長 信田 智
先日久しぶりに東京に出た。息子夫婦の家に泊まり、孫の誕生日を共に祝った。ついこの前まで、片言の会話しかできなかったと思っていたら、もう普通に話が出来るようになっていた。翌日、共に二度目の結婚となる夫婦の結婚祝福の会に臨んだ。私が高校時代から大学を出て夜学の神学校を卒業するまで、信仰的にも日常的にも、ずいぶんお世話になった兄のような存在である方のご子息であり、最初の結婚披露宴の時には、私が司会を務めたこともある深い関わりのある人でした。両人とも苦しい辛い思いを耐えてきたこともあり、これからの人生が豊かな祝福に満たされるように願いつつ、祝福の会を進めさせてもらった。
また、日曜日には久しぶりに息子の家族と一緒に礼拝を守ることが出来、幸いなひと時であった。6歳になった孫は、朝9時の教会学校から、12時まで大人の礼拝にも続けて参加していた。普段は元気のいい女の子ですが、意味の分からない40分もの礼拝説教も、じっと座っておとなしくしている姿に驚かされた。6歳の子供でも、時と場所をわきまえて行動することが出来るのである。
実は、私の長男が2歳くらいの時、母親が入院していて、私が子連れで教会婦人会の集会で話をすることになった。私の横で子供用の椅子に座らせて話をしたのですが、その話の間、一言もぐずらず、じっとしていた。そして、話が終わったのを察知した瞬間、フーとため息を漏らしたのです。幼いながらに、今はどういう状況かと言うことを肌で感じていたのでしょう。更に、3歳くらいの時、夜の集会で母親と長椅子に座って、牧師の話を聞いていた時、椅子から落ちて隣の椅子に頭をぶつけたのですが、鳴き声一つあげずぐっと我慢していた。
今の時代、我慢することのできない人たちが何と多い事か。些細なことに我慢が出来ず、すぐに切れて何をしでかすかわからい人が多くなって、毎日のように痛ましい事件が報道されている。何が彼らをそのように駆り立てているのだろう。瞬時にして様々な情報が手に入ったり、ラインのやりとりで、すぐに返事を返さなければならなかったり、じっくり考え、ゆっくり待つ習慣が乏しくなっているのかもしれない。また、いつでも誰かと繋がっていなければ、不安でたまらないと言う人が多くなってきているからだろうか。
それにつけても寮生は大したものだ。この時代、スマホ・携帯禁止でも、のぞみ寮生である間は、スマホ無しで我慢し、それ以上の楽しみ方を身に着けている。また、寮では年に3回部屋替えがある。当然気の合わない人間がいる。部屋替えの時に気の合う人と一緒になりたいと言うのが人情だろう。しかし、彼らは、たとえ気の合わない人と同室になったとしても、ただ我慢するだけではない。その中で折り合いをつけ、良い関係を築いていく術を身に着けていくのです。
だから寮生の絆は強く、卒業後も学年を超えて良き交わりが続いていくのです。
寮生リレー通信 (第123回)
今月の寮生リレーのテーマはフェスティバルで総合チーフを務めた3年生2名、教育実習生と3週間共に生活した1年生1名、初めての部屋替えを経験した1年生に原稿を依頼しました。編集者からのコメントも添えさせていただきます。
<フェスティバル総合チーフ>
「笑 顔」
N.M(めぐみ館3年 新潟県新潟市)
この敬和でまた一つ、大きな経験をさせていただきました。私は今回フェスティバルで総合チーフを務めました。フェスティバルを無事に終えることができたのは周りのみなさんの支えがあったからです。ありがとうございました。
フェスティバルの準備期間は、数えきれないほどたくさんの出来事がありました。もちろんとても楽しかったですが、辛いこともたくさんありました。自分にできることは、何だろうと考える毎日でした。思うようにいかず焦りを感じた時や、思わぬハプニングが起こった時、そして減点があった時などのショックはものすごく大きいものでした。しかし、このような辛い状況になった時、総合チーフはどうあるべきなのか、とにかく考えました。
一緒にみんなと落ち込むのか、どんなに辛くても励ます立場になるのか・・・。私の唯一の取り柄は笑顔だと思っています。少しでも私にできることをしたいと思い、何があっても笑顔でやりきろうと決めました。とにかく楽しむようにしました。本当にクラスのみんなをはじめ、連合のみんなが大きな支えでした。みんなを信じていれば何も怖いものはありません。自然と笑顔になりました。
私はよく「いつも笑顔だね」と言われます。正直なところこの笑顔は、ただふざけているようにしか見えないのではと思い、私の中で少し悩んでいました。しかし今回のフェスティバルを通して笑顔の大切さと価値に気づけた気がします。少し自信が持てました。私の笑顔が少しでもみんなの支えになってくれたら、これほどうれしいことはありません。クラスのみんなと先生方には本当に感謝しています。去年までの私だったら、「総合チーフ」なんてとても果たせるものだとは思っていませんでした。
まだまだ未熟すぎる私ですが、ここまで成長できたのは家族の存在も大きいです。スマホと向き合う時間よりも、友達と向き合う時間が増えたことで、仲間とコミュニケーションをする時間も増え、たくさん鍛えられました。寮生活のおかげでここまで変わることができたと思っています。「通学生を辞め、寮に入る」という大きな決断は間違っていなかったのだと思うことができました。寮に入ることを許してくれた親に心から感謝しています。
フェスティバルを終え、また1つ成長することができました。これからも様々なことにチャレンジして、自分の成長につなげていきたいです。全ての方たちに感謝しています。
「フェスティバルを終えて」
M.H(光風3年 新潟県三条市)
僕は霧島連合の総合チーフの役目を担い、多くのことを感じ、学びました。フェスティバルは一生懸命に取り組んだ分、終わった後に達成感が得られます。活動期間が始まって間もない頃はチーフたちも何をどうしたらいいか分からない状況が多くありました。そんな時は一生懸命に取り組む姿勢が大事だと気付きました。その姿勢が後輩たちを惹きつけ、連合全体の一体感を生み、最後の達成感につながると思います。

僕は怖がられる人間ではないので、怖い顔をして合唱練習やダンス練習に誘うのではなく、練習に来ない人、1人ひとりと話してやる気にさせてから誘うようにしました。その理由は強制的に練習させられている感じを出してほしくなかったからです。その結果、当初は嫌々来ていた人たちも徐々に真剣に取り組んでくれるようになりました。このように下級生には怖さで威圧するのではなく、出来るだけ近い距離感で話すことが大事だと思います。
総合チーフを目指している人に伝えたいこと、それはオリジナルの総合チーフを目指してほしいということです。僕は最初の頃、総合チーフとしての自分に自信が持てず、自分を見失っていました。そんな時、担任の先生が僕にかけてくれた言葉が「あなたは、あなたなんだから自分のやり方でやればいいじゃない」という言葉でした。それは以前まで「総合チーフなんだから全てのことを上手くやらなければいけない」とプレッシャーを抱えていた僕の心を軽くしてくれるものでした。それから僕は自分だけのやり方を見つけることが出来て、総合チーフとして自信を持つことができました。僕は総合チーフをして本当にいい経験ができたと思っています。
そして最後に伝えたいことは、フェスティバルの素晴らしさです。ある連合の総合チーフの人が言っていた言葉にこのようなものがあります。「はじめは、まとまりがなかった1・2・3学年がフェスティバルを終えた今、連合としてものすごくまとまっていて一体感がある」というものでした。僕は聞いて、その通りだと思いました。最初は顔も名前も知らなかった人たちと今ではこうして笑い合えているのだから……。
<ひとこと>
今年の準備期間も色んな事がありました。「どうしたらいいか分からない」なんて言いながら涙をながしていた生徒もいます。「今しんどいのは、一生懸命やっているからだよ。その思いは必ず伝わるから」なんて言いながら励ましてきました。色んな事があった分、色んな思いをした分、成長があったと信じています。良い笑顔で戻ってきた子共たちの顔が印象に残っています。
<教育実習生を迎えて>
「もう一人の先輩」
N.Y(みぎわ1年 長野県南佐久郡)
6月からのぞみ寮に実習生6名が来てくださり、みぎわ館にもI.M先生が来てくださいました。
そのお蔭でみぎわ館も、新メンバーが入って来てくれた!という事で、とても賑やかになりました。I先生が来てくださってから最初の1週間は、私たち生徒も、そして、I先生も緊張気味だったと思います。しかし、初めは話が盛り上がらなかったのが、日が経つにつれて、どんどん楽しく会話が弾むようになりました。先生の部屋にも数人で押しかけ、一緒にゲームをしたり、先生と一緒にお菓子を作って食べたりと、お互いに心を開いてステキな交わりを持てるようになりました。そして、私たちにもう一人の「先輩」が増えたみたいで楽しく、違った意味で寮生活を楽しむことができました。
I先生!また遊びにきてください!先生との3週間のみぎわ館での寮生活とても楽しかったです!ありがとうございました。

<ひとこと>
今年度前期は合計6名の実習生がのぞみ寮で生活をして下さいました。その内、3名は元寮生。2名は元通学生。唯一女子の実習生・I.M先生は独立学園の卒業生でした。敬和生ではないI先生、緊張の連続だろうなぁと心配していましたが、どんどん生徒たちの輪に入っていって下さっていました。自習時間も、自由時間も、ミーティングも食事もといろんなところでたっぷり関わって下さる先生に、寮生もお姉さんとして慕い、甘え、相談に乗ってもらっていました。寮生にとっても、この出会いはとっても素敵な物だったと感じています。人生は出会いです。この出会いが、お互いにとってこれからを生きる大きな力となりますように!
<部屋替え>
「初めての部屋替え」
M.S(大望1年 新潟県新発田市)
はじめまして演劇部1年M.Sです。さて入寮から早いもので3ヶ月がたとうとしている6月某日。フェスティバルが近づき、「フェス終わったらテストの準備しないとなー」なんてぼんやり考えていたころ、先生が「フェス終わったら水曜日に部屋替えするぞー」一気にその場がもりあがりました。(主に先輩)
ぼくの中で「なんでこのタイミングなんだろ?」といぅ気持ちと「まあ、このタイミングがちょうどいいかな~」なんて矛盾した気持ちで、早めの荷造りをしていました。荷物を早くからまとめにかかったので、読みたい本が読めなかったことはつらかったです。
そんなこんなでフェスティバルもぶじに終え「そろそろ新しい部屋、でるかなー」と思ったのですが「部屋はまだ考え中です・・・」。「おい!2日前だぞ!大丈夫か!?」思わず先生あいてにツッコミをはきそうになりました。そして部屋替え当日、いままでは2階の15室だったのですが、みごとに4階の3室に当たりました・・・。よりによって、2階から4階へ・・・作業めんどくせ~!きつい上り下りがはじまりました。
なんとか1時間ぐらいで終わらせたんですが、直後に新しい同室の同級生に、手伝いを頼まれました。自分で言うのもアレですが、ぼくお人よしですのでひきうけたのですが。その彼も前の部屋が2階の部屋、なおかつ「荷物多!!」重労働のスタートです(泣)。結局9時ぐらいまで作業が続きました。「もう無理かも・・・」なんて思ってた時間が私にもありましたが、運動不足の僕でもここまで頑張れるんだと、驚きです。
まあそんなこんなで1日で終わらせた初めての部屋替え、今回の教訓は、引っ越しの時の荷物は早めにコンパクトにです。
<部屋替えについて>
のぞみ寮では4月、6月、10月、2月に部屋替えをします。4月の部屋替えは部屋を替わるというよりは、部屋に新しい仲間を迎え入れるためのもので、実質年に3回行います。
年に3回ある部屋替えで、今回の部屋替えが一番大きなものとなります。4月に新入寮生を迎え入れた時には、3年、2年、1年の縦割りの部屋でしたが、6月からの新しい部屋は3年生は3年生だけの部屋(3年部屋)になります。この部屋は、卒業するまでの約半年間同じ部屋になります。10月以降の部屋替えは、1,2年生のみ行いますので、館の全員が移動する部屋替えは年に一度だけとなり、付け加え3年生は今回の部屋替えが最後になります。
新しい部屋が誰と同じ部屋になるのか?毎回生徒たちは気にしている事です。当然、合わないあの人と同じ部屋になることもあります。しかしながら、その交わりの中で、あの人の知らない一面を見出し、付き合い方に折り合いをつけていく子供たちの力に毎回驚かされます。
今回の部屋替えも、そんなひと時のきっかけになることを願って、あの人と同じ部屋にした部屋もあります。より多くの交わりの中で、大きく成長することを切に願っています。
フェスティバル・バザー献品の御礼
フェスティバル2日目、毎年恒例の、のぞみ寮物産展を開きました。今年も北は北海道、南は沖縄県と日本各地の保護者の皆さまからの献品で大盛況となりました。先月号に献品のお願いを掲載していなかったため、改めてハガキを送らせて頂きました。催促するような形になってしまったのではないかと、反省しておりますが、その甲斐?あってか、多くの保護者の皆様にご協力をいただけました。売り上げは、50周年記念事業のために学校に献金させていただきました。売り上げの総額は201,000円でした。
改めまして、ご協力ありがとうございました。心から感謝申し上げます。
<担任からのひとこと>
今年度のフェスティバルも天候に恵まれ無事に終えることができました。準備の段階から不安や悩みを抱えながらも、終わってみればたくさんの生徒の充実感や達成感に満ちた表情を見ることができました。
フェスティバル後には部屋替えも行われました。3年生は3年生部屋になり進路に向けての取り組みも本格的になってきます。1、2年生は新しい交流の場としての機会にしてほしいと思います。
今月末には第二定期テストを控え、まだまだ慌ただしい日々が続いていきますが、この夏休みまでの期間を乗り切ってほしいと思います。
大望館担任 堀越 俊継