月刊敬和新聞

2007年9月号より「一度だまされてみませんか -敬和キャンプの4泊5日より-」

小西二巳夫(校長)

なぜ「敬和キャンプ」か
 「一度だまされて見ませんか」。これはこの夏新しく始めた「敬和キャンプ」の誘い文句です。キャンプのしおりの巻頭言に次のように書きました。「敬和キャンプは聖書を中心に学びと祈りの生活を行い、労作によって汗を流し、お互いが大切な存在であることを確かめ合い、新しい自分を発見するための、場所と時間になることを目的にしています。基本方針は『じっくり学び』『楽しく働き』『しっかり遊び』『おいしいものを食べる』です。そして、このキャンプを体験することによって、敬和学園での高校生活が充実すると信じています。後期の学校生活のエネルギーになるはずです。・・・それでは『せかず、あわてず、じっくり』とした5日間を一緒に過ごしましょう」。
 近年夏休みが大きなハードルになる子どもたちが多くなってきました。特に1年生にその傾向が見られます。そうなりがちな子どもたちのために具体的なプログラムをと考えたのが敬和キャンプを行う大きな理由でした。

無理やり誘われて
 3学年6人ずつの18人と卒業生の学生スタッフ2人、そして教師6人が参加しました。子どもたちの参加理由はさまざまです。敬和生らしい経験がしたくて、自分を変えるきっかけにしたいから、先生に無理やり誘われたから、親が行けといったから・・・などです。子どもたちのためにと始めたキャンプですが、わたし自身が敬和学園を見直す機会になりました。さまざまなキャンプを行ってきた経験から、参加者がどの程度のことができるか、到達点はどのあたりかを、わかっていたつもりですが、その基準からすると敬和生のレベルは予想をはるかに超えて高かったのです。でも日ごろから彼らが学校でどのような体験を重ねてきたかを考えれば、驚くべきことではなかったことに気づきました。日常生活の延長線上にキャンプはあったのです。
 例えば、食事に関して、作業を分担して行えることも、セルフサービスでもたもたして後ろの人に迷惑かけることもなく、全体量から考えてどの程度お皿にとってもよいのかを気遣えるのも、教会の壁のペンキ塗りや竹やぶを刈り雑草を引き抜くことも、カマやナタなどの道具を使って作業をすることも、そして切り取ってきた大きな青竹を割って流しそうめんの装置を作る面倒な作業も、そうした作業で汗まみれになり、泥だらけになり、変な臭いが体にしみこむのも、決して初めてではなかったということです。それらは日常的な時間の中で何らかの形で体験してきたことであったのです。1日合流した会津と東京の教会の子どもたちを歓迎するための讃美歌を大きな声で歌えるのも、日常の中で養われてきたことなのです。
教師の反省会で言葉の端々をついて出てきたのが「敬和の子どもはいい、すばらしい」ということでした。

人は待つことで育っていく
 ところが先日行った福島敬和の会の中で、会場を提供して下さり、敬和キャンプで一日合流することになった若松栄町教会の片岡輝美さんが次のようなことを言われました。「敬和の先生たちはゆっくりとした子どもたちの動きに、あえて口も出さず、手も出さない。彼らが動き出すのをニコニコしながら辛抱強く待っている。そして気持ちが動き始めた時に、背中をそっと押している。これが敬和学園だと思いました」。わたしたちは子どもたちが動き出すのを、ただ忍耐して、ただ我慢して待っているわけではありません。「期待している」がもっともふさわしい気持ちでしょうか。「期待する」とはその時を信じて待つということです。子どもたちの内なる力と無限の可能性は待つことがあってこそ形になっていきます。「敬和学園は教育にじっくり3年をかけます」「3年生のまなざしと表情は自慢できます」も「待つこと」の別の表現と言えます。敬和学園が教育において待つことを大切にできるのは、その前提として不完全なわたしたちを神様が信じて待っていてくださると考えているからです。来年はさらに「だまされて参加してよかった」と思えるような敬和キャンプにしたいと願っています。

できるだけ大きく育てたい
 敬和学園に入学をしてくる子どもたちについて、それまでの学校教育の中で存在と能力をどこまで信じてもらってきたのだろうかと思い巡らすとき、そこに大きな疑問が残ります。自分を信じてもらったという実感を持っている子どもがいかに少ないかを感じるのです。その子どもたちを受けとめる敬和学園は1粒の種が13000個の実をならすようなすべてにおいて整った環境とはいえません。足りないところがたくさんある学校です。それでも入学をしてきた多くの子どもたちが、3年間の自分探しを通して、自分を信じるようになり、そこから始まる成長を見せてくれるのは、そして無限の可能性を感じさせてくれるようになるのは、信じる空気が生み出されているだと思うのです。神様への謙虚さを忘れることなく、また信じることから生まれる喜びを忘れることなく、入学をしてくる41回生と39回生、40回生の在校生と2008年度を歩んでいきます。

敬和キャンプ
S.M.(3年大雪クラス)
私は、第1回敬和キャンプに参加して毎日が楽しくてあっという間の5日間を過ごすことができました。
その中でも、ワークは一番印象に残っています。毎日暑い中、ペンキ塗りをしました。とても辛かったけれども、おいしいご飯が待っていると思うと頑張る事が出来ました。ペンキを塗り終わった後、頑張って本当に良かったと思いました。これは、みんながいたから出来た事で絶対に一人だったら出来ないと思いました。
4日の会津マスクワイヤコンサートも、とても楽しかったです。会津の若松栄町教会と東京の早稲田教会の人達と交流して、一緒に歌って踊って食べて最高の一日になりました。
学習では、テロとは何かについて学びました。この学習では、自爆テロについて話を聞き、考えさせられました。世の中には、悲惨な事が起きていることを知り、とてもショックを受けました。今まで何も知らなすぎたと思いました。まずは、今この時に何が起きているのか知るという事が大事なのだと思いました。
5日目の夜のキャンドルサービスでは、このキャンプを振り返ってみんなの感想を聞く事ができました。それぞれ違う思いでこの敬和キャンプに参加して、汗を流して働いて、一緒に学んだり、遊んだり、食べたりして、この敬和キャンプでしか出来ない体験をいっぱいすることができました。
佐渡教会のまりさん、みむぅーさんや若松栄町教会のみんなや早稲田教会の人達に出会うことができて、この敬和キャンプに参加することができて本当に良かったです。また、いつもおいしい料理を作ってくれた、校長先生やこのキャンプを企画してくれた先生達に感謝です。
私は、この敬和キャンプを通して、新しい自分を発見することができ、自分自身成長したと思えます。
敬和だから出来た最高の経験。
敬和に来て本当に良かったです。また、機会があれば参加したいです。