毎日の礼拝

校長のお話

2015/05/07

「ダンニャバード」(マルコによる福音書12章24~27節)

昨年の12月の中旬、海水浴とカニの食べ放題などで有名な寺泊に行きました。

目的は海水浴場の駐車場の横の店にクリスマスプレゼントを買いに行くためでした。

店の名前はグローカルスタイルといいます。

販売しているのはネパールで作られるバッグや小物です。

私がそうした店が寺泊にあることを知ったのは、その数か月前のことです。

たまたま立ち寄った栃尾の道の駅で、一人の男性が、ネパールのデザイン、ネパールの色使いとわかるバッグを売っていて、自分の店が寺泊にあることを教えてくれたのです。

私がそこにある製品がネパールの物とわかったのは、私の娘、敬和の35回生ですが、今は北海道の遠別町という町で農業関係の仕事をしている娘との関係からです。

娘は去年の1月までJICA青年海外協力隊の農業指導員として2年間ネパールで活動していました。

娘のふだんの服装や持っているものから、ネパールのデザインや色使いを身近に感じていたから、売っている製品がネパールの物だとわかったのだと思います。

 

 

ネパールの製品でいうと、妻が冬場に使っている肩掛けショールがあります。

それは30数年前にネパールワークキャンプに参加した人のお土産です。

ネパールワークキャンプというのは、結核などの病気で亡くなる人が多いネパールで、それを少しでもなくすお手伝いをしようと始まったボランティア活動です。

呼びかけたのは当時神戸大学のお医者さんだった岩村昇さんです。

岩村さんはクリスチャンで、1945年に広島に落とされた原爆で被爆をされます。

それもあって岩村さんは医者になって人の命を救いたいと考えられたようです。

その後の出会いから、日本キリスト教海外医療協力会の派遣医師として18年間、当時平均寿命が37歳で、結核・マラリヤ・天然痘・コレラなどの感染病が蔓延していたネパールで働かれました。

岩村さんはそうした病気を減らすためには、衛生状態をよくしないといけない、と考えられました。

この岩村さんの呼びかけに応じて始まったのがネパールワークキャンプです。

 

 

ワークキャンプで次のようなことがありました。

隊員の一人が作業中に足の裏を切ってしまいました。

消毒をしたのですが、それが不十分だったのか、その晩から足がはれ上がり高熱が出てきたのです。

次の日には足がパンパンに膨れ上がりました。

お医者さんのいない僻地の村では重病人が出たら、山道を2日間かけて町の病院まで連れて行かなければなりません。

そこでその隊員を病院まで担いで運ぶことにしました。

けれど、酸素の薄い高地を、人を担いで運ぶというのは慣れない人には重労働でした。

すると村の男の人が、仕事を休んで自分たちが担いで行こうと申し出てくれたのです。こうしてその隊員は無事に病院に運ばれました。

しかも診察の順番待ちをしている人たちが大勢いるにもかかわらず、すぐに手術をしてくれたのです。

回復をして村に戻った彼は当然、助けてくれた人たちにお礼を言いました。

その時に使ったのが最上級の感謝の言葉と教えられた「ダンニャバード」でした。

彼は自分の感謝の気持ちを精一杯表したいと考えて「ダンニャバード、ありがとう」と言ったのです。

すると言われた人たちは困ったような顔をしました。

隊員は自分の感謝の気持ちが足りないのかと思ってさらにダンニャバードと繰り返しました。

その様子を見ていた別の人が隊員に言いました。

「あなたは思い違いをしている。大変な思い違いをしている」。

今日の聖書のように、思い違いをしていると指摘されたのです。

そこで教えられたことは、ダンニャバードと言わなければならないのは村の人たちであり、そのありがとうは神様に向かって使う言葉であったのです。

ダンニャバードをその隊員の場合に当てはめるとこうなります。

重病の隊員を病院まで背負って歩ける健康を与えて下さった神様に感謝します。

そして、神様に感謝する機会となった隊員との出会いに感謝します。

 

 

4月25日にネパールでマグニチュード7.9の大地震が発生しました。

死者は1万人を超える可能性があると言われています。

国連は被災者が800万人に上ると発表しました。

人口2650万人の国ですから、4人に1人が被災者となったのです。

いかに大きな被害をもたらしたかがわかります。

私の娘と一緒に働いていた人や親しくしてくれた人の多くも被災をしたとのことです。敬和学園でも先月の礼拝献金の送り先をネパールに変更しました。

被災のニュースは毎日のように入ってきます。

多くの人が、一人でも多くの人が救出されるように、少しでも多くの人に救援の手が差し伸べられるように、と祈ったはずです。

礼拝でもそうした祈りがされました。

そこで考えたいのはキリスト教の祈りというのは、祈ったらそれで終わり、にはならないことです。

祈りを具体的な形にすることが求められます。

与えられた知恵を使って形にするのです。

岩村さんの言葉に祈りで応え、それを形にしたのがネパールワークキャンプです。

ネパールの丁寧な手仕事によって作られた製品を日本で販売することによって、アジアで最も貧しい国の一つと言われるネパールの人たちの生活を良くしたいと考えたのがグローカルスタイルです。

ネパールの農民の生活を少しでも向上させたいと、共に働くのが青年海外協力隊の農業指導です。

これらに共通するのは「出会いと祈り」を具体的な形にしていることです。

そして、それをダンニャバード、させてもらえる健康や技術を与えて下さった神様に感謝する絶好の機会だと考えていることです。

 

 

今キリスト教の学校である敬和学園にも、祈りを具体的な形にする絶好の機会が与えられていると思います。

阪神淡路大震災、東日本大震災などで被災した時に、子どもたちが一番したかったのは何かということは共通しています。

それは学校に行きたい、勉強したいということです。

ネパールの子どもたちはふだんでも本や勉強道具、文房具が十分ではありません。

それが大震災によってほとんど失った子どもたちが大勢いるわけです。

その子どもたちの手元に本や文房具が届けられたら、間違いなく大きな希望が生まれるはずです。

それを想像することは難しいことではありません。

私たちは今敬和学園に学ぶ者として、働く者として、ダンニャバードする機会を与えられているのです。

それをぜひ具体的な形、活動にしたいと思います。一緒に考えましょう。