自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/01/25
<心の財産>
3人のめぐみ館生が受洗を決心されました!
K.M.さん、S.Y.さん、Y.A.さんです。
「祈りのある人生をスタートする3人」へ、「受洗する慶び」に寄せて・・・
15年前の1月17日早朝5時46分。阪神淡路大震災。
神戸で保育士をしていた私は、その大きな揺れで、叫び声を上げて飛び起きました。異常な揺れ、ただ事では無いと、すぐに職場の同僚に電話しました。お互い安否を確認し、職場に集まろうと話を済ませました。その同僚は敬和の17回生(Sさん)です。
神戸は壊滅状態のため、保育は一時中断され、私達は夜も昼も余震が続く中、保育園に雑魚寝をして暮らしました。そして職場は、救援物資の調達のための連絡ステーションとなったのです。
そんな中、敬和を卒業した同僚17回生のSさんと私、そして、一緒に避難した私の妹は、3人ともクリスチャンでしたので、自然と夜寝る前になると3人で輪になって祈っていました。不安、恐怖が祈る事で、ふと緊張から解き放たれる安堵感を味わえたのは忘れられません。そうして3人が小さな声で祈っていると、他の同僚がこんな事を言いました。
「祈りを聞いたのは、初めて・・・祈りって、自分のお願いだけをするものと思っていたけど、人のためにも祈るんやね。」と。そして「お祈りを横で聞いて眠りにつくと心が落ち着くなあ」と話してくれました。
ハイチの大地震では暴動が横行していると言われている一方で、現地の人々は宗教心が強い為、祈りや、慰めの賛美歌を歌い律儀さが保てていると報道にありました。
心の財産を育みつつ「祈りのある人生」を心豊かに歩んでください。
God bless you. (榎本かな)
<チャンネル権をめぐって>
あるフリーの夜のことです。19時半点呼で事務室を開けたところ、1年生が「今日、延長テレビさせてください。」と申し出てきました。(休日前夜であれば、延長テレビを申請すると、消灯後にテレビを見ることができます。)「いいよー何観るの?」と、その夜の映画の話でひと盛り上がりしていると、一人の2年生が何か言いたげにやって来ました。1年生が出て行くと、床に伏せ、両手をバタバタさせながら「私も延長テレビしたかったのに」と話す彼女。「一緒に観れば?」「違うのが観たかったの。」「じゃあ、今1年生に話せばよかったじゃない。」「さっき、私と○○が見たいってすぐ後ろで話してたの気付いてなかったのかな。」と煮え切らない様子。「テレビに集中していたら、気付かないと思うよ。どうしても気が済まないなら、ちゃんと伝えて交渉すれば?」と話しました。
私たち教師は、フリーの日は21時半からミーティングを行なっています。その日も少しの間、留守にして帰ってくると、ラウンジと事務室に妙な空気が漂っていました。事務室で何やら話し合っている3年生。ラウンジを覗くと2人の1年生が泣いている。いたたまれない様子の2年生が1人ぽつんとたたずんでいる。「1年生が…泣いています…。」と榎本先生に報告する私。「な、なにごと?」と聞くと、一人の3年生が困った顔で話し始めました。先程の延長テレビの件で、ひと悶着あったようです。
わたしたちが席をはずしていた間に、こんなことがありました。
映画を観ている1年生の横で、何を思ったか先程の2年生は、収まりのつかなかった(事務室でうなだれ絶望した)気持ちそのままを漏らし続けたようです。1年生に直接話すでもなく、しかし聞こえるように。同じ室内には、パソコンをしていた3年生がいました。話し声に集中を乱され、すぐ近くで愚痴を言われている1年生を不憫に思った彼女は、一喝したというのです。
思いもよらぬお叱りによって、パンパンに膨らんでいた2年生の感情の風船は、破裂してしまいました。とめどなく溢れる涙。ラウンジを飛び出す2年生。追いかける3年生。残されたのは、1年生と、同席していて、そろそろなんとかしなきゃと思いながらもどうにもできずにいた2年生。泣きながら呆然と立ちすくむ彼女たち。を帰ってきた私たち教師が目にしたのです。
さて、追いかけて行った3年生が戻ってきました。「私の言い方も悪かったんだと思う。でも、話をつけてきましたから。」かっこいい!事務室で話していた別の3年生。「両方の気持ち、分かるよね。今日は録画してもいいことにしてあげよう。」2年生の観たい番組を録画できることになりました。2年生は伝え方をしくじっちゃったけど、あの絶望したありのままの姿は本物、3年生がいい働きをしてくれて、いい勉強になったねと、私たちはホッと胸をなで下ろしていました。
一件落着!かと思いきや、一人の生徒が事務室へやってきました。3年生に一喝され飛び出した2年生が駆け込んだ部屋の生徒でした。興奮状態の友人の話を一通り聞いた彼女は、責任を感じ、事態を収束させようとやってきてくれたのです。しかし、混乱してしまった彼女は「何とかしたいけど、どうしていいか分からない。いつまでたってもめぐみ館は問題が起きるんだ。自分でもなんでこんな気持ちになってるのか分からない。」と泣き出したのです。私たちは、新たな展開にびっくりしてしまいました。私たちの返答では納得できず、もういいですと帰った彼女のことが一番心配になりました。
さて、当の本人たちはといいますと。一喝され、飛び出した2年生。点呼の時には、だいぶすっきりした顔に。加えて、「迷惑かけてすみませんでした。」とさらっと言ってのける。これまでは、感情が高ぶると、なかなか収まりのつかなかった彼女が、こんなに短時間で気持ちを落ち着かせたこと、やりすぎたなという気持ちを言葉にできていることに大変驚かされました。いやぁ成長したね!
事態を収拾してくれた3年生に「呼ばれました」と事務室に来た1年生。その3年生「2年生の番組はビデオで取れたし、映画、一緒に観ようと思って。」とやって来ました。テレビを一番観たかったの、あなただったりして…。
結局、ラウンジで勉強する3年生がいたので、その日は延長テレビができませんでした。大役を果たし、1年生と一緒にテレビを観ようとした3年生は、少し恥ずかしそうに部屋に戻り、勉強を始めました。
今回のTVチャンネル権をめぐる出来事は、何度も話題に上がるほど、たくさんの発見と喜びに溢れたものでした。
チャンネル権争奪戦に負けたカツオがいつまでも意地悪を続ける。その家のルールに基づいて勝ちとったはずなのに、泣かされるワカメ。見かねて叱るサザエさん。悔しい上に叱られたカツオは泣くしかありません。更には、「そんなことしているならテレビ見せられないよ」と、どちらもテレビを見られない始末。誰もが子ども時代に経験した『サザエさん』のひとコマのような、懐かしい光景が繰り広げられる寮です。しかし、一人の生徒の話から、今は経験しなくても済む時代であることを知りました。「自分は上の兄弟がいるから、小さい頃からどっかでTVのチャンネル権は諦めてた。でも、大きくなった今は、実家のそれぞれの部屋にTVがあるし、携帯でも見られるから。こんなことでケンカにならないよ。」
生まれ育った環境も、経験してきたことも違う仲間が40人近く集まり、共に生活する3年間は、卒業してから続く長い人生を支える“大切なもの”を得られる時であると思います。右も左も分からない1年生、失敗も成長も見せてくれる2年生、まさに“経験者は語る”3年生。いろんな人との関わりの中で、たくさん失敗し、助けられ、叱られ、感じて考えることで、自分らしい表現の仕方や、他者と共に生きる生き方が、少しずつ自分の中に染み込んでいくように思います。
たいしたもんだと感心させられる3年生にも、今の1、2年生のような喜び・失敗・苦しみ・悩みがたくさんあったことを思うと、今の1、2年生のありのままの姿を大事な時として見つめられる気がします。たくさん失敗して、少しずつ成長していきましょう。うまくいかないように思えても、少し前のあなたより、確実に成長しているのですから。(冨井)
<礼拝の話し>
3年 I.K.
委員会についてお話します。
3週間ほどの副ブロ期間を終え、2年生の夏休み明けの委員決め、私は迷ってました。
このままブロック長になるのか1年生の時にやりたかったセクレタリーになるのか。気がついたらなっていた副ブロは3週間やっただけで、まだ右も左も分からず、自分で選んだ訳じゃなかったから、今、もう嫌だと言って投げ出す事も出来ました。でも、私は第3希望まで書き込む用紙の第一希望の所にしっかり「ブロック長」と書いていました。理由は、今更嫌だとか言ったらみんな怒るんだろうな、とか、私にも出来るかも知れないな、とか、結構くだらない理由だった気もしますが、あまり覚えていません。ただ、決まったその夜、あーあ、自分でやるって言っちゃった。もう逃げられないんだなーと、強く思っていたことだけははっきりと覚えています。
40回生ブロック長たちは皆、何かとできる人たちばかりで、ブロック長会議は何だか、いつも緊張していました。できる人が集まっているはずなのに、ブロック長で運営委員長の選出をあみだくじでやったり、前に出ろといわれたら皆率先して端っこや、後ろに行きたがったりする所が40回生らしいなあ、と思います。そしてみんな仕事が速い。「明日テストだから。」このフレーズで集まってもやることだけやって、すぐ解散。ちょっとそっけなかったかもしれません。でも、それとなく支えあってきたような気もします。仲いいんだかどうなんだか、、、
めぐみ館40回生の皆には支えられてきたなーと、思います。でもそれをここで言ってしまうと、最後のお話みたいになってしまうので、その日まで取っておくことにします。
ブロック長をやったことは、私にとってでかかったです。毎日、寮のことばかり考えていました。だから終わったとたん、何を考えたら言いか分からなくて、、何も考えなくなってしまいました。ボケました。ボケってこうやって、始まって進んで行くんだーって、思いました。怖いですね。
人の前に出て話をする事、今、どうすればいいのかを考える力、周りの人に相談する事は、ブロック長になって身についたことと思います。成長させてもらったなーと思います。本当に良かったです。至らない点はありすぎましたが、最後まで、「お前ブロック長やめろっ」て、言ってきた人は1人もいませんでした。みんなの心の広さに感謝です。新ブロック長のAを支える41回生のみなさんへ。うっとうしいくらい寮に関わっていくんだって言う姿勢を全員で作ってください。そこから自分の存在とか見出していくと寮生活は、もっと楽しくなるはずです。そして、副ブロック長のM率いる42回生のみなさんへ、しんどいと思うけど、この1年はいっぱいぶつかって1回死んで、皆保健室へ行ってグチグチ言ってください。横のつながりの地盤をしっかり固めてください。
終わってしまうのは寂しいけど、いつまでもブロック長やってるのも嫌なので、寂しいのも仕方無いと諦めようと思います。ありがとうございました。