自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2014/11/05
美味しい週末!!!3週連続!!ごちそうさまでした!
60個もの手作りおはぎの差し入れが!!少し前みぎわ館の数人の3年生が、栄養士の五十嵐さんにおねだりしていたようで、その事を覚えて五十嵐さんが届けてくれました!!その日、当番だった森口先生が、男子寮の堀越先生にもおすそ分けして、30個ほどがみぎわ館分に。五十嵐さん!お忙しい中、沢山の愛、美味しいおはぎ、ご馳走様でした!
続いて、秋の味覚果物、自家製梨が届きました。「台風が来るからその前に収穫した梨です」と、Y.Mさんのお家から、ひと箱の梨の差し入れ!!それも新高梨と言って、新潟と高知のかけた大きい梨です。みんな梨を剥くのが初めて!と言いながら、ワイワイ大盛り上がりでした。秋の味覚、味わわせていただきました!
そしてそして、驚く事に今度は、「男子寮の友達から、おすそ分け頂いてきました~!」と2年生のO.Aさんが、柿をひと袋。この柿も、欲しい人がそれぞれにお部屋でむいて頂くというご馳走三昧。
驚くなかれ!お次はブロック長のH.Mさんのお母様が学校にいらした時のお土産に、果物とお菓子を持って来てくれました。珍しい、冬みかんと、ご当地のお菓子です。Mさんは、「自分一人でお部屋で食べるより、みんなで食べたほうが美味しいし、楽しいです。」と事務室で振舞ってくれました。
みぎわ館の味覚の秋はそれだけではありません。とある日曜日の昼下がり。みぎわ館から顔をのぞかせて、帰ってきた私に、ニコニコ。Y.Kさんが、手作りの可愛いお菓子を窓際からのぞかせて見せてくれました。館に入ると、お菓子を焼いた香りにうっとり。ホールに入ってみると、Kさんだけではなく、Kさんも前日に続いてパイ生地に溶かしたビターチョコレートを流し込んでミルフィーユ(2回目)‘ビターチョコ‘味を!!ポカポカ陽気の昼下がりに、お菓子作りをしている二人はとびきりな笑顔です。このミルフィーユは、事務室のテーブルに並べられて、「皆さんで、どうぞ」。見慣れないスイーツにみんなの目は釘付けでした。Aさんは、「次は何を作って欲しいですか~」なんて宣言してくれましたよ!!思わずリクエスト♥本当に寮生って、幸せですね!そして、そして、同じ週末に、仙台の敬和の会から戻ってきた森口先生からは、「男子寮のK.S君のお母様から、各館あてに6本づつチーズケーキの差し入れをいただきました!!」とたくさんのお土産!秋の味覚が目白押し!!本当にご馳走様でした!!!(榎本)






♪新副ブロック長の言葉♪
1年生 N.Yさん
私は小さい頃から人をまとめるのがとても苦手で、班長やリーダーの仕事が大嫌いでした。しかし、みぎわ館の副ブロック長は、まとめる力が無くてもよい、ということを聞いて、少し安心しました。では、具体的にどんなことが必要なのかと思ったら、空気をかき混ぜられることなどだそうです。驚きました。そして同時に、私にそんなことが出来るのか心配になりました。でも、苦手なことや出来ない事を克服できるチャンスだと思い、頑張ろうと思えました。
私はみぎわ館を生活しやすい館にしたいと思いますが、いろいろ苦労し、困難にぶつかって、それを乗り越えた後、本当に生活しやすい、楽しいと思える館にしたいなと思います。精一杯、頑張ります。

電話ダッシュがなくなる!!
3連休前の2日間、1年生はミーティングを連日行いました。9月に入ってから、修養会を終え、いよいよ1年生も後半!へと入ります。
そんなこんなのドタバタのこの時期に、一つお願いを教師側からさせてください。それは「電話ダッシュ!」についてです。元々は、自習時間が終わり、9時30分になるや否やで、皆が競って電話に駆けていくことを通称「電話ダッシュ」と言ったようです。この語源、いつのまにやら、「かかってきた電話を取りに行く1年生がダッシュして行く事」になってしまったと言うから、伝言ゲームや恐るべしです。
「異様だなあ」、と誰もが感じていました。すり替わったままのルールと称されているこの電話ダッシュ、見直してください。是非、考えてください。話し合ってください。
そもそも昨年度に引き続き、1年生の電話ダッシュについては、2,3年生から、改善策が出され、週末や、放課後の在り方は大分前から見直されていました。電話口に3年生が居れば取ります。変な序列は無くなったものの、あの猛ダッシュは一向に同じです。もっと、普通に電話を受けられる様になるために考えてみてください。階段を下りる時、足をくじいてしまうこと危険が付きまとっています。
「今、なぜ電話ダッシュ?」、電話ダッシュについては様々な点から改善されてきたからこそ、なのです。電話を受ける時のこれからの在り方、今までの事を通して見える事、気付く事は何でしょうか。世代交代が行われ今年の小さな?変革としての一歩。皆さんの住みよい暮らしづくりの為に役立てられますように。(榎本)
礼拝のお話
1年 N.M
みなさんは、「あぁ、人生の終わりだ」と思ったことはありますか?私は何かと大げさに考えがちなので、本当に何度もあります。大事な物を失くした時、寝坊した時、不審者と遭遇した時、何か大きな失敗をした時など様々です。「人生」という言葉は大げさすぎるのでは、と思う方はいらっしゃると思いますが、私は中学時代に心の底から思ったことが2回あります。
中学2年の頃の私は、青春真っ只中でした。その年の12月、親から大阪へ引っ越すことが決まったと知らされました。「そんなわけない、もしかしたら関東圏とかに変更になるかもしれない。受験もあるのに、どうせ1年で卒業なのに。文化が違いすぎる。何でこんなことに。」私の家は転勤族ですが、8年間住んでいた所を離れるのは簡単なことではありませんでした。大切な人達と別れを告げました。
そしてその後大阪に転校し、カルチャーショックだらけでした。何百人とこてこての大阪弁を話している中、私だけが標準語。たくさんの人が話しかけてくれましたが、やはり関西弁が強烈過ぎました。大阪に慣れない私は、毎日精神的に追い詰められ、泣く日々が続きました。ありのままの自分が出せず、東京人だとチヤホヤされるのが嫌でたまらなかったのです。
そんな時、ある人に言われた言葉が頭をよぎりました。「この先辛いことが何度となく訪れるでしょう。そんな時、神様を憎んでもいい。なぜ私だけ、と嘆いてもいい。けれど、その先に神様が必ずよいことを用意してくれていることを信じなさい。」確かに私がその時神様を恨んでしまったかもしれません。しかし、この先のよいことを信じてみようと思いました。すると、2学期になると「あの子本当に東京から来た子?」と先生達や友達に驚かれるほどありのままの自分が出せるようになったのです。いつの間にか愛想笑いの日々が大笑いの日々に、踊ることがキライだったのが大好きになり、何もかもが楽しく、絶対にやっていけないと思っていた日々が幸せな日々へと変わっていったのです。本当に自分でも不思議でした。その時から私は人生の終わりだと思ったことはありません。辛いと思っても、先にあるよいことを信じているからです。みなさんも先が真っ暗闇のことがあるでしょう。そんな時はその奥にある光を信じて下さい。きっと何か変わると思います。