自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/01/22
<今は、恵みの時>
寮長 信田 智
お正月のテレビを見ていた。日野原重明先生は98歳で、現役のお医者さんとして活躍しながら、今も小学生達に、命の授業をされている。その中で、命って何か、命はどこにあるのか。と問われた。先生は、“大切な物は目に見えないのだ。「命は時間だ。」今、この時間の中に生きていることこそ命なのだ。”と言われた。ひと時ひと時が、私たちの命を刻んでいるのです。
私達も、神様から多くの恵みを戴いて、今生きている。与えられた命を、どのように生きたらいいのだろう。私たちは神様からどのような恵みを戴いてきたかを思い起こし、感謝をすることからはじめよう。一つひとつの出来事の中で、いつも折りに叶う助けと導きを与え、守ってくださった主イエスの恵みと救いのみ業を思うと、感謝に溢れる。
皆さんの歩みの中でも、そういえばあの時守られたのは、主が共にいてくださったのだ。あの時もそうだった。感謝の思いが満ちてくると、きっとこれからも主が共にいてくださるに違いないとの希望が見え、確信が芽生えてくる。私達が助けを求めて切にお願いしたあの時も、(敬和学園創立30周年記念事業、ホップ、ステップ、ジャンプで、土地の購入、教育施設の整備、チャペルの建設と、小さな学園で16億円もの大事業をなした時、)神様は私達の求めに答えて、わたしの願いを聞き入れ、驚くべき恵みを持って応えてくれたではないか。
私達が救いを求めて苦しんでいた時も、(寮が火事になり、男子寮の3階4階部分を全焼し、何人もの死者が出ても不思議ではなかった時、為す術もなく、たたずんで、太田先生と共に祈った。)神様は私たちの祈りを聞き、生徒達の命を助け、敬和学園を救ってくれたではないか。
今私達が切に願い求めるならば、今は、恵みの時となる、今私達が切に救いを求めるならば、今こそ、救いの日となるのだ。3年生たちは、間もなく自宅学習期間に入る。敬和での学びに残された時間はあとわずか。ひと時ひと時の重みを感じていることであろう。時間の重さ、それが命の重さに感じられる感性を持ちたい。
寮生は3年間、重みのある時を刻んで、自分探しをしてきた。与えられた命を何のために使うのか。すなはち、自分に与えられた使命は何か。のぞみ寮で、敬和学園で捜し求めてきた問いに、もう一度真摯に向き合って使命の道を自覚してほしい。今を、恵みの時、今こそ、救いの日としていこうではないか。
寮生リレー通信 (第 75 回)
<めぐみ館>
「寮クリスマスから気付いた事」 K.M.(1年:新潟県三条市)
12月11日に寮クリスマスがありました。私たち4館の1年生は協力して、友愛館の飾り付けを担当しました。私はめぐみ館の副ブロとして、飾りつけの準備をする約1ヶ月前から各館の副ブロとたくさんのミーティングを行いました。全体の飾り付けのテーマやどんな飾り付けをするか…。初めて4館の1年生全体に任された仕事に、少し楽しみな気持ちと、それに伴う危機感でなかなかテーマが決まらず、何度も何度も副ブロでミーティングを重ねました。いろいろな案がでましたが、「春夏秋冬」というテーマに決まりました。
そして大体の飾り付けが決まり、各館で準備を始めたのは、11月の終わりごろでした。残っている時間があまりなく、私たちめぐみ館の準備は過酷なものになりました。アイディアがなかなか1つに決まらなかったり、アイディアがあっても実際にやってみるとうまく行かなかったり…。焦りや責任を感じすぎてしまい、仲間と気まずくなってしまい、空気が悪くなることもありました。けれども、つらいときも仲間が助けてくれ、一緒に笑いあってくれたおかげで最後まで頑張ることが出来ました。そして、みんなで協力して飾り付けを完成させることが出来ました。
寮クリスマス本番も、2年生の方々が考えてくださった進行で、とても楽しい時間を共に頑張った仲間たちと過ごすことが出来ました。
最初の1年生の大きな仕事は、つらいこともありましたが、副ブロ同士で交流できたり、夜遅くまで仲間と一緒に作業したり、絆を深めることが出来たと思います。そして大事なことにも気付けました。これからの寮生活も今回のように、たくさんのことを学んでいきたいと思います。
「寮クリスマスを終えて」 K.S.(年:兵庫県猪名川町)
私たち行事委員が寮クリスマスの取り組みに掛かったのは少し遅かった。
行事委員のメンバーはやはり行事好きなメンバーで構成されており、皆一様に雑談が始まると止まらない性格のようで、いつまで経っても本題が進まないことが多かった。その行事委員の個性のせいか、純粋に寮クリスマスの取り組みが難しかったのか、なかなか思うように進まず皆次第に苛立ち始めた。
初めは各々に寮クリスマスの行事への期待のような妄想があった。しかし行事委員内で見解の相違が生まれ、行事の予定は毎回変わった。が、しかし皆一度落ち着いたところで、もう一度初心に帰ってみたとき、この取り組みの最初のミーティングで岩原先生が言っていた「参加者各自、己の得意な分野で行事に参加するのも良いのではないか?」という言葉を思い出した。それから私たちはその、一人一人が持てる力を出せる行事を目標に掲げ進めていった。
最初、あまりにも多かった行事の内容は、無駄な部分を出来る限り削ぎ落とし、時間の無駄を削減し、一度のルール説明でしっかりと参加者が把握できるようにと、幾度も説明文を見直した。そうすることでそれぞれの競技の繋ぎをスマートにすることが出来た。しかし、やはり綻びはいくつも見つかった。足りると思っていた競技のための道具が足りなかったり、実際に動いてみたら時間配分に無茶があったりと、その度にミーティングを開きリハーサルを繰り返した。寮クリスマスが迫るにつれ、集まりの頻度は増え、時間はどんどんと長くなっていった。放課後からミーティングを開き、気付けば点呼という状態が続いた。これには元気が取り柄の行事委員でさえ音を上げてしまっていた。その度にメンバーからの叱咤激励を受け、それを糧にまたミーティングに取り組んでいった。
本番当日、寮クリスマスは順調に進んでいた。ケーキを食べ終え礼拝が終わるころには私は緊張でどうにかなりそうだった。しかし礼拝も終わり、遂に私たち行事委員に順番が回ってきた。チャペルでの○×クイズとイントロクイズは順調に進んだ。参加者からも楽しかったとの声が聞けたのはうれしかった。次は体育館での障害物リレーだ。この障害物リレーで問題は発生した。二人三脚の為の足を縛るゴムチューブが一つだけ長すぎたのだ。これは私たちがリハーサルしたときも感じたが、どのみち縛るのだから問題ないと決め付けてしまっていたのだ。しかし皆競争に熱くなり、縛るのを辞めゴムチューブに足を通すだけという形を取ってしまったのだ。結課問題の起きたチームはそこそこの順位でゴールした。この問題が最後まで引っかかったが行事も終わった。
行事が終わった後、「楽しかった」との声が聞けたことが一番うれしかった。またがんばろう、次こそは参加者が気持ちよく行事に取り組めるようにしよう。そう思えた寮クリスマスだった。
<みぎわ館>
「はーとふるなみぎわーズとの日々」 O.M.(3年:兵庫県神戸市)
私にとって寮は“本当”を教えてくれた場所でした。本当の友達、本当の正しさ、本当の楽しさ、本当のカッコ良さ――。それぞれ寮での3年間、たくさんの場面を経て学んだ事です。寮の仲間は学校のクラスメイトや部活の仲間とは一味違う存在です。毎日のように寝食を共にしていると、相手の良い所も悪い所も見えます。そんな時、相手を理解する事は難しい事かもしれません。しかし、寮の仲間とは上辺だけでは付き合えません。中学の頃、ほとんど上辺だけで人と付き合っていた私ははじめ苦労しました。それでも、周りを見るといつも本音で私に話しかけてくれる仲間がいました。そんな仲間に囲まれて、たくさんのミーティングや自由時間での友人とのたくさんの会話の中で私は人と上辺だけでない付き合いができ、同時に本当に信頼し合えるようになりました。そしてそんな仲間と泣いたり、怒られたり、笑い合った日々は生涯私の宝です。また寮では先輩方や先生方からよく叱られました。嫌だとかうるさいだとか思っていても、後から失敗したり自分が先輩になった時にその意味が分りました。叱っても、それでも自分を大切にしてくださった先輩方や先生方は偉大でした。正直、私も同じようにそれを後輩に返せたのかわかりません。それが少し心残りです。しかしあつかましくも、少しでもどこか吸収してくれたらな、と思っています。たくさんの地方の人たちがここ新潟の敬和に集まって出逢えた奇跡、“本当”を教えてくれた仲間に、感謝感激雨霰です☆大好きみぎわ!!
<光風館>
「お母さん、お父さん、ありがとう」 Y.A.(3年:新潟県南魚沼市)
まず、三年間の寮生活を通して言いたいことがあります。それは、いつも家事をしてくれる母、毎日遅くまで仕事をしてくれている父、三年間親元を離れてみて両親の偉大さに気付きました。本当に感謝しています。ありがとう。寮生活をしていたお陰で僕はとても成長することができました。例えば、洗濯から掃除まで、身の回りのことを自分でするようになって、自己管理の意識が強くなりました。かつての自分のことを考えると、これは凄いことだと思います。その他にも、寮で問題が起きたら自分たちで解決したり、何より同じ世代の仲間たちと同じ釜の飯を食べたり、一緒に風呂に入ったり、夜遅くまで語り合ったりと、家族のような濃密な関係をつくれたことが、成長というか、寮に入って一番良かったなあと思います。しかし、寮には規則やルールがあり、厳しい部分もあります。自分も最初のうちは嫌でした。正直に言えば、今でも嫌ですが、仲間がいたら面白いし、悩み苦しんだ時には励ましてくれる仲間がすぐ傍にいる、寮というところはすっごく温かいところです。本当に光風館大好きです。寅さん、仰也さんもいい人だったし、皆でワイワイ本当に3年間楽しかったです。両親を含め、僕の寮生活を支えてくれた全ての人に感謝します。今までありがとうございました。
<スタッフから一言>
新潟の当地では昨年暮れに約20年ぶりとなる大雪が降りました。その後も小雪がちらつく日々が続いています。この雪のせいか今冬は例年よりもだいぶ寒く感じられます(寒がりの私だけかもしれませんが・・・)。
さて、改めまして、新年明けましておめでとうございます。旧年中は、寮生保護者の皆様には、さまざまな場面で、いろいろな形で「のぞみ寮」教育にご理解とご協力をいただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。寮務スタッフ一同、「のぞみ寮生」の若さ溢れるパワーに負けないよう、また「のぞみ寮生」が心身共に大きく成長できるよう、本年も「のぞみ寮」教育に精一杯取り組んでいく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
光風館担任:岩原寅太郎
<のぞみ寮「セクシャリティ教育」の継続>
3年生の「セクシャリティ教育」が終了しました。本プログラムは6つのテーマを3年間かけて扱うことになっておりますが、昨年10月に3年生を対象に実施しました「性差と性役割」の講義をもって、はじめて全てのテーマを消化したことになります。そこで、一昨年度より手探りで展開してきました「セクシャリティ教育」を今後も継続させるか否か、それを検証すべく3年生にアンケート調査を実施しましたので、ここにそのご報告をさせていただき、併せてその結果に基づく「のぞみ寮」としての考えをお知らせいたします。
アンケート調査は、①「授業に集中して取り組めましたか」、②「質問・発言を積極的にしましたか」③「授業の内容は解りやすかったですか」、④「授業において重要な点が明確に示されていましたか」、⑤「授業を楽しく受けることができましたか」、⑥「授業の内容はためになりましたか」の6つの評価項目を設定し、1~5段階レベルで評価してもらいました。
プログラムを継続させるか否かを判断するのに最も重要な項目だと考えられる⑥の集計結果では「とてもためになった」または「ためになった」と感じた生徒の割合の合計が男女共に80%を越えました。②「質問・発言を積極的にしましたか」を除く他の項目についても70~80%の範囲内で高い評価を得る結果となりました。この結果から「セクシャリティ教育」は教育効果の高いプログラムであると判断でき、「のぞみ寮」としては今後もこれを継続させていきたいと考えます。
ただ、全ての評価項目において、女子の評価が男子のそれと比較して低いことや、若干名ながら「セクシャリティ教育」に非常に否定的な考えをもつ生徒がいることなどが検討課題として挙がっていますので、本プログラムを継続するにあたっては今後、内容や方法の改善を図っていきたいと思います。
3年生に実施しました「セクシャリティ教育」に対するアンケート調査の結果は寮生保護者の皆様には開示いたしますので、ご希望があればその旨各寮担任までお申し出ください。また、本プログラムの継続あるいはプログラム内容に関するご感想やご意見があればぜひお寄せください。最後に、無記名式のアンケート調査では、上述した評価項目による評価の他に自由記述による感想も寄せてもらいましたので、最も長い文章を書いてくれ、私たち寮務スタッフに大きな自信と励みを与えてくれた、ある3年生女子の感想文をご紹介します。
(文責:岩原)
<のぞみ寮「セクシャリティ教育」を終えての感想>
「校長(=生徒指導)原則」を掲げる敬和。だからこそ、「セクシャリティ教育」はあるべきだし、今後も続けていくべきだと思う。(中略)
そもそも子どもは、「性」について学ぶ権利をもっているのではないだろうか。そして、学校はそれを教える義務(っていうと、堅苦しいから「必要」かなあ)があると思う。正しい知識を知った上で、行為を選択していくようにすればいいのではないだろうか。教えないからこそ、自分で情報を探し、誤った情報を鵜呑みにするのではないだろうか。私自身、「セクシャリティ教育」を受けるまで、誤った知識をもっていた。でも「セクシャリティ教育」によって、知らなかったこと、考え方を知ることができたように思う。はじめの頃は「セクシャリティ教育」が嫌だった。でも今ではよかった。価値があったと思っている。(中略)
学校の授業(保健体育・家庭科)でも性教育はあるけれど、あくまでも「授業」。あっさり。考えさせないで教えるって感じ。だから、寮の今回の取り組みは本当によかったと思う。「学校でもやればいいのになあ」ってことで、「セクシャリティ教育」を受けて一番良かったと思っていることは、正しい知識を知って、その上で「性」について考えたり、寮の子、また通生の子と話し合って考えるきっかけになったこと。これはすごくよかった。「生きる」ことと密接に関係する「性」だから、各自が自分の意見というか、考え方を確立できたらいいよなあ、なんて考えたり。そのためには、やっぱりこういう教育が必要だと思う。これからも続けて欲しい。
最後に、いっぱい準備して下さった寮の先生方、講師の先生、医療福祉大の学生の皆さん、「セクシャリティ教育」に関わって下った全ての人に感謝します。
(3年女子)