自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2010/01/19
<働く姿はカッコイイ!>
1月13日(水)に2010年度一次前期日程学力検査(以後入試)がありました。天気予報では暴風雪!朝食のときには降っていなかった雪も8時を過ぎるころには、すさまじい吹雪!すさまじい寒さ!1時間後にはアスファルトが見えないくらい真っ白に塗り替えられていました。そんな寒い日に行われた入試に多くのみぎわ寮生が入試労作を行ってくれていました。ありがとう!!!
朝は6:50に朝食を摂り、制服に着替え早々に寮を出発して行きました。ある人はJRの駅でバス乗り場までの道案内、ある人はチャペルで受付を、ある人はチャペルの案内係、ある人は校内で受験会場まで誘導を・・・様々な仕事を担い、一生懸命に取り組んでいる姿に感動した中学生も多かったようです!やっぱりね!寒さに震えてしまうようなポジションでの役割だった人も、耐えながらキリッと立ち振る舞っているのにはとても感心しました。本当にみんなお疲れ様でした!ありがとう。
労作してくれている敬和生の中にみぎわ寮生の姿を見つけると、とっても嬉しくなります。人のために働く喜びをしっかり味わってください!働く姿はカッコイイ!(そして入試労作同様、ボランティア食当も喜んで引き受けてくれるようになってほしいなぁ!と思います。。。)
(森口)
<みぎわ銀行に預けてください!>
みなさん、お金の管理・お財布の管理はどうしていますか?お正月にはお年玉も頂いてきたのではないかと思います。その大金、管理はどうしていますか?財布の中に全て入れて、ポイっと机の上に放置したり、ぽち袋に入れたまま引き出しにヒョイっと適当につっこんでいたりしていませんか?
みぎわ館では昨年も1年、お金の紛失なく無事過ごすことができました。これはとても嬉しいことです。お金が無くなれば、当人だけでなく、みぎわ館の全員が嫌な思いをすることになります。このことをよく覚えておいてください。お金が無くなるのは一人だけの問題ではないのです。昨年無事だったからこそ、もう一度しっかり管理について考えてほしいと思います。
万一盗難が起こったら・・・みぎわ館のモラルが問われる非常に大きな問題です。盗みは絶対に「しない!」「させない!」ことです。「しない!」はもちろんですが、「させない!」環境をみんなで作ることも非常に大切なのです。この環境作りをぜひ意識してほしいと思います。
大金を財布に入れておかない、自分の引き出しで管理しない。
みぎわ館事務室には金庫があります。その金庫(みぎわ銀行)を最大限に活かしてください。もらってきたお年玉もおこずかいも、必要最低限を自分の財布に入れて、残りはみぎわ銀行に預けてください。いちいち出し入れが面倒くさいですか?だけど、無くなるよりは、盗られるよりは、盗らせるよりはずっといいと思いませんか?今年一年もみんなが安心しあって過ごせるみぎわ館にするために、みぎわ銀行の利用は欠かせないものだと私たち寮スタッフは考えています。(財布の管理も自分できっちりと!)
現在みぎわ銀行を利用しているみぎわ寮生は6割くらいでしょうか。残り4割の利用していない人のことが気になります。そしてまた、そんな人がPCの前に、机の上に、ポイっと財布を転がしているように思いますよ。お金はお父さん・お母さんの汗と涙の結晶です。知らず知らずのうちに粗末に扱ってしまわないように、充分すぎるくらい気をつけてほしいと思います。
みぎわ銀行、ご利用お待ちしています!
(森口)
<あと2週間!>
3年生が荷物ごとみぎわ館を出発する日まで、残り2週間となりました。早いですね!本当にアッという間です。小谷さんがラストメッセージで「昨日入寮したのに、今日卒業、そんな気分です。」と語ってくれていましたが、本当にそんな感じなのでしょうね。この1年だってアッという間でしたから!
私がみぎわ館にやってきたのが昨年の1月でした。当時2年生だった40回生。みぎわ館では最後に食事にやってきた人が余ったお皿などを片づけるのですが、点呼の際に「最後だよ」と声をかけることになっているのです。しかし慣れない私はそんな声かけをすっかり忘れていました。(ゴメンネ!)そしてそんな私に、「先生!最後の人来たら、最後ってちゃんと言ってください!」な~んて怒っていた気の短い(笑)2年生だったのに、気がつけば頼りになる、私の相談役をこなしてくれる素敵な姉御たちに変貌していました。(今では「私が最後?」って聞いてくれるよね!)今では私の失敗を自然にサポートし、温かく笑ってくれてるよね!ありがとう。
先日櫻田さんがビデオカメラを持って事務室にやって来ました。晴子先生と私に向かって、「先生、今40回生みぎわ館ビデオを撮りまくってるんだ~。自宅学習期間に大越さんが編集してくれる予定になってるんだけど、先生たちも私たち40回生に向かって、何かメッセージを言ってくれる!?」と声をかけてくれました。とってもとっても嬉しいお誘いです。だけど、「え~!今!?心の準備ができてないから、もう少し後にしてよ~!」なんて子供のようなことを言ってしまいました。だって、40回生が寮を出発する・卒業することを想像しただけでウルウルきてしまいます。カメラを回して、「はい、どうぞ!」と言われた途端、ドワァ~と涙が洪水のように押し寄せてきてしまいそうです。(笑)。いや、本当の話。
3年生、1・2年生に伝えるべきこと、伝えたいことはしっかり語りきりましたか?皆さんの足跡を、しっかり残していってくださいね。宿題やレポート提出が重なり大変なのも分かりますが、あと2週間しかありません。後輩を立派に育てるのは先輩の役割です。40回生が41回生・42回生それに私たち寮スタッフにとっても、素晴らしいお師匠さんであることを期待しています。
そして、1・2年生。今のうちに、残された短い時間の間に3年生からしっかり学んでください。逃げるのではなく立ち向かい闘ってきたからこそ3年生の強くたくましい姿があるのです。人間関係もしかり!嫌われるかも、ではなく、その先のかけがえのない強い絆を目指して、臆することなく闘って乗り越えていってほしいと思います。3年生だって、号泣しながら全員で話しあったことが今につながっているんだよね!
(森口)
<礼拝のお話>
W.Y. (2年生)
みなさん、こんばんは!11室のWです。今日は私が体験した中越地震についてお話したいと思います。
私は小学校5年生の時に中越地震を体験しました。
私はその日、友達と遊び、いつも通り一緒に家に帰りました。いつもは両親は二人とも仕事で、姉は高校で、夜9時過ぎまで家に居ないはずなのに、その日は偶然母と姉が家にいました。テレビを見て、ご飯を作ってくれているのを待ってる間、私は一人で遊んで待っていました。
その時でした、ゆっくりした横揺れが始まり、両親や姉は「あ!地震だ!」「でもすぐ止まるでしょう?」などと言っていました。予想は当たり、揺れは止まりました。しかし、止まったと思ったらまた横揺れが始まりました。ゆりかごの中に自分がいるみたいに、ゆっくり大きく揺れていました。
30秒くらい揺れ続け、さすがに変だ!と思い始めた時、ドーン!という大きな音がしました。その途端、今度は縦に揺れ始めました。その場でバランスを保って歩くことは不可能でした。
本棚が倒れて、1~2M先にあったお皿が私のところまで飛んできました。床が波打っているのが肉眼でも分かるほどでした。一人では立っていられず、最初は夢を見ているのかと思ってしまいました。そのうち、今度は電気が消えました。そして外に逃げよう、ということになりました。
外には、さっきまで一緒に遊んでいた友達もいました。私の地元は10月は既にとても寒く、すぐに体が冷えてガクガクしました。
一旦車の中に避難しましたが、またすぐに縦揺れが始り、ジェットコースターに乗っている気分でした。車が左右どちらかに倒れてもおかしくないような、とてつもない怖さでした。私はその時小学校5年生でしたが、自分が少しでも間違った行動をとったら死んでしまうんじゃないか、と思いました。その時はまだお父さんは仕事から帰ってきていませんでした。心配で仕方がなく、いろんな人に連絡をしてもつながらず、電話もできない、電気も水もない、そんな環境に立たされたのは初めてだったので、自然の大きさと怖さを思い知らされました。
普段当たり前に使っていた物にいかに頼っていたか、ということを思い知らされました。同時に、いつも使っていた物は自然によって、簡単に使えなくされてしまうことも気づきました。当時、近所の震度は震度6でした。忘れられない体験です。
(2009年12月)