自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2014/06/02
ハレルヤ♪・・・
この週末の5月31日にキリスト教会の朝祷会の全国大会が新潟で持たれます。その夕食会場として、敬和学園の友愛館に大勢の方々がお客様としていらっしゃいます。そこで今週末はフェスティバルの練習で寮に生徒の皆さんが大勢残ってくれていますので、折角ならば、という事で、そのお客さま方々に寮生の歌を聴いてもらいましょう!と言う事になりました。曲目は「ハレルヤ」と、寮祭で歌った「COSMOS」と、夜に有志で歌っている賛美歌です。
ハレルヤの練習では、音がしっかりと取れる2,3年生に生唄を聞かせてもらい、1年生たちは第一定期テスト前でしたが、礼拝後の10分少々を練習に、と言うから、なかなかです。
そしてその歌声完成度は、、、。全体で練習した時に聴いてビックリさせられました。何故なら、彼らの歌声は、友愛館中に響き渡り、館内は歌声で割れんばかりの美しい混声合唱ではありませんか。
そんなのぞみ寮生の姿は、「敬和に来てくれる人達に自分達の心からの歌声を聴いてもらおう」と、言葉では無いストレートな表現がとても輝いていました。


砂地から畑作り
お知らせしています、みぎわ館脇に作っています小さな畑のその後ですが、・・・。
4月も終わりかけの頃に初めた畑作り。そこは、以前は旧ホールとの渡り廊下があった場所。
その砂地を深く掘った場所には、コンポストで作った堆肥と、労作で出来た腐葉土を入れ、更に地場産市場「元気村」で牛糞と、たい肥作りに使うEM菌入り米ぬかを入れています。
単に生ごみをコンポストなどを利用して堆肥化するだけでしたら、生ごみを腐敗分解させるため、時間がかかるうえ、悪臭を放ち、ウジがわくこともあります。しかも、生ごみの中に含まれているエネルギーの多くが空気中に放出され、できた堆肥はほとんどカスの状態で、良質のものとは言えません。
残食をEM菌で発酵させ上手くその土地に堆肥化できたら、その場所自体が、発酵した有機物が空気中に交じります。しかも、ものを発酵させる働きがあるEM(有用微生物群)を活用すると、悪臭もなく、短時間で良質の有効堆肥に変身することが分かったのです。ちょうど、大豆をそのまま放置しておくと腐ってしまうのに対し、こうじ菌(酵母菌)などによって発酵させると味噌や醤油など、人間にとって有用なものができるのと同じ原理です。
寮の周りが発酵した物が空気中に放出され、空気中の悪玉菌を食べてくれ、一石二鳥?!以上です。こうして、「なんちゃって畑」(いっぱしの畑の形には少々遠いので)が出来、そこには、早くも黄色い蝶が飛んでいました。こうして蝶や、ハチ(ミツバチ)が飛ぶ事で、彼らが害虫をエサとして食べてくれるために、害虫や、ダニなども減ります。
実は先日、夜中に何の気なしに3階にある自分の部屋窓から、外を眺めていたら、畑に向かう動物が!!!その時の様子を「イタチかなあ」、とみぎわ館の事務室で話していると、ある3年生もタヌキを目撃したと言うではありませんか。小さい動物たちが住んでいるのでしょうか。畑のすぐ横には小さな林があります。最近では季節柄カッコーが鳴いているのも聞こえてきます。
何とか、そんな小動物たちとも上手く共存(できるかしら・・)しながら、梅雨前に土づくりを整えて、夏に備えられるようにとみんなで頑張って畑作りに励みつつ。
何はともあれ、順調に砂地から畑が作られていきますようにと、願いつつ・・・
夏野菜バーベキューパティ―を目指して!!!(野生君たちにはお預けですよ!) (榎本)


人生で初めてです。
登校時、「いってらっしゃーい。」とみぎわっ子たちを玄関先で送り出しています。1か月前までは私の声掛けにも、「一体誰に言ってるんだろう。」「私が返事していいのかな。」なんてドキドキしていたであろう1年生たちですが、今では「行ってきまーす!」と元気よく返してくれる人たちが増えてきました。たかが「いってらっしゃい。」「いってきます。」かもしれませんが、こんなところからでもちょっとずつ1年生がのぞみ寮生活に馴染み、少しずつみぎわ館が第二の家となってきている事を感じ、嬉しい思いでいっぱいです。
先日もいつも通り玄関でみぎわっ子が降りてくるのを待ち、「いってらっしゃい!」を連発していました。軽い足取りで階段を駆け下りてきて、「行ってきます!」と出ていくみぎわっ子たち。降りてくるみんなの足取りや表情、声のトーンなどに「いいね~!」と嬉しくなったり「なんかあったのかな。」と心配になったり、「今日もいいことありますように!」と願ったり、私の心はたった10分間の見送り時間でも目まぐるしく変化します。
と、そこへAさんがニコニコしながらみんなと一緒に降りてきました。穏やかな性格のAさんは入寮当時とっても声が小さくて、二人で話していても何度も聞き返してしまうほどでした。「え?何?」なんて何度聞き返したことでしょうか。きっと私に話しかけるのも思い切りが必要だったであろう入寮当時。スムーズに聞くことが出来なくて申し訳ないなぁ…なんて私は思っていました。そのAさんが私の「いってらっしゃい!」にとっても大きな声で「行ってきます!」と堂々と返してくれたのです。嬉しさと驚きとが一緒にやって来た私の顔は、より一層まんまるになっていたのではないかと思います(笑)。
私「すごい大きい声出るようになったね!」A「はい。」私「今までは緊張して声が出ない感じだったの!?」A「いいえ。こんなに大きい声で話が出来るようになったのって人生で初めてです。」私「え~!そうなの!嬉しいなぁ!」A「私も嬉しいんです!」とのこと。この話を榎本先生にしたところ、その数日前に先輩たちとのミーティングがあり、先輩たちが「小さい声で話して相手にその声が届かない切なさと、大きい声で話して相手に届く喜び」を話して聞かせてくれたのだそうです。それを受けてAさんは一念発起したのでしょう。そして自分でも人生初だと言い切れるほどしっかりした声で、自分の言葉を確実に相手に届けることができるようになりました。Aさんの声はAさんの言葉だけではなく、これまで以上に心までも相手に届いている事でしょう。入寮時よりも確実に自信を持って凛と立っているAさんを見て、私がそれを確信し、嬉しくなり、Aさんの声が聞きたくて、ついたくさん話しかけてしまいます(笑)。
「のぞみ寮はね心を学ぶ場所。心を育む場所なんだよ。」と何年か前にのぞみ寮生たちから話してもらえたことがありました。自分たちが過ごす場所をこんな風に話せる彼女たちに驚き、感激したことを今でも昨日の事のように覚えています。それから数年経ち、心を学び・育みあいながら、居心地良く生きるための業までも伝え合える場所となってきている事を実感し誇らしい気持ちでいっぱいです。のぞみ寮生って本当に素晴らしい。(森口)


礼拝の話
2年 K.M
みなさんこんばんは。9室のK.Mです。すっかり暖かくなってきましたね。授業の合間に桜を眺めるのが4月の日課だったので、散ってしまい残念でもありますが、青々とした若葉も爽やかでなかなかいいな、季節によって色々な顔を見せる自然ってステキだなと、悪い事に授業中よく考えている今日この頃です。桜は散ってしまいましたが、みぎわ館の前の花壇に色々な花を寮長先生が植えて下さり、視点を低く道端を見てみると、意外にもたくさんの様々な草花を目にすることができます。そんな花々を見る事で今年もお花がたくさん咲く季節、春がやってきたのだと心が踊ります。咲いているだけで美しく華やかで優しい気持ちにさせてくれる花が私は昔から大好きです。というのも、両親共に園芸関係の職業のため、全国の花の名所を回ったり、よく山を母親に花の名前を教えてもらいながら散策したり、自宅ではたくさんの花を栽培していました。幼い頃の私にとって庭は最高な場所で、お花がたくさんの自宅の庭はとても居心地が良く、ひまな時はいつも庭で遊んでいました。妹と、ビニール袋に水とつんだ花びらを入れて混ぜ、水が花びらの色によって黄色やピンクなどに色が変わる色水をしたり、2人で花を観察してスケッチしたり、庭の設計図をひたすら描いたり、また、花をつんでは押し花をしたり、ドライフラワーを作ったりして楽しんでいました。何より、つんだ花を花束にして母親や父親にあげるととても喜んでくれて、すぐにリビングの花びんにかざってくれるのが嬉しかったです。皆さんも何かの発表会やお祝い事、お見舞いとして、あるいは感謝のしるしとして、花をもらったり、また贈った事があると思います。色、大きさ、形、つくりなどにおいて、ほぼ無限と思える程の種類がある花だからこそ、相手に贈る時は季節感だったり贈る相手の雰囲気などに合わせて選ぶことが出来ます。そして、自分が贈られた時には、自分の事を考えて選んでくれたのだと誰でも嬉しくなるものです。花は愛情表現として贈られ、社会的に好ましい習慣として広く行われています。また、結婚式などの飾りとして、死者へのはなむけとして。考えてみると様々な場面で花は使われています。もしもこの世に花が無かったらと考えるとさびしいものです。花は世界中の国々で美の象徴とされ、愛され、人々の心を癒し続けています。
寮祭の終わった日の夜のことです。会議室でテレビを見ているとたまたまこんな実例を目にしました。ある町の大きな駐輪場。たくさんの利用者がいる中、自転車の盗難が相次ぎ、おさまらず管理者の方々は頭を悩ませていたそうです。しかし、駐輪場に花壇を作ったところ、盗難は激減したそうです。この他にもガーデニングをしているお家としていないお家を比較すると、少し信じがたいですが、空き巣に入られる確率が極めてガーデニングをしている家の方が低いというデータが出ているそうです。花は一見無力に見えがちですが、悪事を働こうとしている人の心にまで花の優しさが届いたり、人々を喜ばせたり、癒したりなど、不思議な力があるのだと私は思います。しかし、花は咲いている時はきれいなものの、育てるのが大変です。皆さんも小学校の時、理科や生活の授業であさがおやマリーゴールドやらを育てた記憶があるかと思います。土に埋めた種がすぐに芽を出して成長するはずもなく、花を咲かせるには長い期間が必要です。きれいな花が咲くと信じ、外に出るのがおっくうな冬でさえ、世話をおこたってはいけません。きちんとコツコツ世話を続ければ着実に土の中で種が成長し、芽が出て、つぼみが出て花が咲きます。
来週は今年度初めてのテストですね。自分はこの勉強法でいいのだろうか、本当に理解できているのだろうかと不安しか出てこないテスト週間ですが、より高みを目指してコツコツと勉強を進めていけば、成果の途中が目に見えなくても着実にいい結果に近づいていくはずです。このことは、テストだけではなく、私達の私生活での問題などにも置きかえて言えることではないかとこの機会に考えることができました。自然に学ぶことは多いです。何の文句を言わず置かれた場所で慌てず、いらだたず、忍耐強く春を待ち、きれいな花を咲かせ、人々に喜びや幸せ、癒しをもたらす花の態度を見習って、日々を大切にこれからを過ごしていきたいものです。