のぞみ寮通信

光風館

2014/03/19

光風館通信 第412号(3月18日)

< 遺言 >

 題名に遺言としましたが、私、死ぬわけではありません。でも、みんなに言葉を残せるのは今回が最後なので、みんなに覚えておいてほしいなぁと思うたくさんある事からいくつか選んで書き残します。

 これまでの寮生活の中で繰り返しみんなに伝えていますが、これから1年、2年と寮生活を続けるみんなに覚えておいてほしいのは、どういう心をもって生活していくかということです。「なんとなく」や「楽しければいい」、「バレなければいい」、「嫌なことから逃げる」という生活だけは送らないでほしいのです。何も考えなくても、なんとなく時間は流れていくし、行事や学校生活、寮生活に身をゆだねれば、時間はあっという間に流れて卒業を迎えるはずです。でも、みんなはそんな生活をするためにわざわざ寮に入ったわけではないと思うのです。「充実した高校生活を送りたい」、「自分を変えたい」となにか想いがあってここに来たはずです。「楽しむ時には思いっきり楽しみ、やるべきときにはやる」というメリハリのある生活、自分、周りの人たち、そして神様と正面から向き合う生活、それが“自分探し”につながっていくと思うのです。でも、まずは何事にも全力で取り組まなければ始まりません。全力を出したからこそ見えてくるものがあるはずです。そうやって自分の限界の幅を広げてみてください。それが自分の成長に必ずつながるはずです。

 そしてもう1つ。物事をいろいろな角度から見る事のできる人になってください。そのためには様々な体験をしなければいけません。もちろん成功体験も失敗体験も。時にプライドを捨てたり、心の中にある周りの人との壁を取り除いたり、我慢を強いられたり、言いようのない悲しみや苦しみを経験することもあるかもしれません。面倒臭いこと、嫌なことに向き合ったからこそ得られることもあるはずです。私も楽しいことや嬉しいことだけではなく、悔しい思いをしたこと、失敗したことから学んだことがたくさんあります。全ての経験が自分にとって必要な経験だと心に留めておいてほしいと思います。

 私は光風館での生活を通して、全体に、またひとりひとりに様々なアドバイスをしてきました。でもそれはあくまでも“三浦スタイル”であって、それが全てではありません。多種多様にある生き方や物事に向き合う方法の中のたった一つに過ぎません。

 3年前、私は前光風館担任だった岩原先生から光風館担任を引き継ぎました。館の担任が変わることは、今までの館とはまた違った雰囲気や多少のルールなどの変更もあり、寮生にとっては大変なことだったと思います。でも、寮担任の交代はマイナスな面だけではなく、プラスに考えれば、生きていく上での一つの方法・スタイルだけではなく、別の(寮担任の)方法、スタイルを知ることができるチャンスなのです。今までいろいろな方法でみんなに大切なことを伝えようと向き合ってきましたが、それはあくまで私が持っている狭い範囲内での考え方を提示したに過ぎません。例えるなら、「10」という答えを導き出すために「1+9」、「2+8」、「3+7」、「4+6」、「5+5」、時に「4.5+5.5」も「10」になる、など「10」という答えを導き出すためのいくつかの方法を私なりに工夫しながら伝えてきたつもりです。でも、「10」という答えを導き出すのは、なにも足し算ばかりではありません。私がまだみんなに伝えきれていない“引き算”、“掛け算”、“割り算”という、今までとはまた違った方法を使っても

 「10」という答えを導き出せるはずなのです。きっと、来年度の新しい光風館の担任の先生は、私とは違った方法でみんなと一緒に「10」という答えを導き出すためにどうすればよいのか考え、共に歩んでくれるはずです。そして、間違いなく新しい光風館担任は、一緒に歩み出す光風館のみんなのことを大切にしてくれます!それを信じて、新しい担任に身を委ね、時にみんなが担任を支え、47回生を迎えて、新しい光風館をつくっていってください。みんなが卒寮・卒業する時には成長した姿を見に来ようと思っています。なので「さようなら」は言いません。その時まで、「元気で!」。(三浦)

 

 

< お別れの挨拶 >

 1年間お世話になりました。来年度より学校への移動が決まりましたので、光風館のみなさんとはこれでお別れです。先にご案内の通り、担任の三浦先生も3月でお別れです。そして、住人である間先生も春から島根県の学校へ転勤されるので、お別れです。光風館でともに生活をした教師3人は、この春、全員仲良くお別れなのです。こんなに寂しいことはありませんが、思えばこんなに寂しいと感じるのは、それだけ皆さんとよい関係を築かせていただいたからであり、ひとえに感謝の気持ちでいっぱいです。

 私は今年、教員生活の記念すべき1年目ということで、すべてが初めてのことばかりでした。そんな中で、主に携わらせてもらえたのが光風館のメンバーだったことは、本当に恵まれていたといえます。毎日の夜の礼拝のお話、試験前の数学の質問、すれ違うたびに交わしてくれる気持ちのいい挨拶、ショップでのやりとり、点呼のときの長話、そんな何でもなさそうに思える日常のなかで、私は皆さんから多くのことを学ばせていただきました。誰もが、私にはない素晴らしい賜物を持っていて、寮生ひとりひとりについて知れば知るほど、ひとりひとりを尊敬するようになっていきました。是非そのいい部分は今後も磨いていってください。

 そして、何より光風館のすごいところは、どの館よりもほかの寮生のことを思いやることができるところだと思います。誰かに何かあった時に、みんなで心配することができる、これは実はとてもすごいことです。47回生がもうすぐ大勢入ってきますが、来年度以降も「集団」としての力をより高めていってほしいと思います。

 教員というのはたぶん「最初に受け持った生徒」というのをずっと記憶していくものなのだと思いますが、私にとってのそれは、まぎれもなく光風館のメンバーです。皆さんのことは、これからことあるごとに思い出されていくことでしょう。といっても、今生の別れというわけではないので、4月からは学校から、廊下の曲がったとこの影のあたりからこっそり皆さんの様子を確かめては、ひとりニヤニヤしていきますので、会った際は楽しい無駄話の一つや二つでも致しましょう。ではまたそのときに。(青栁)


 

< 2013年度、最後のイベント >

 先日、2013年度最後の週末に光風館ではイベントを2つ行いました。金曜日の夜は体育館でフットサル。土曜日の夜は、みんなでたこ焼きパーティーを行いました。今年度最後のイベントにふさわしく、みんなでワイワイ楽しむことができました!

 光風館はとにかくイベントの多い館です。それはあえて、いろいろなイベントを企画して行っているのです。様々なイベント(フットサル、バスケットボール、バレーボール、ボーリング、たこ焼きパーティー、餃子パーティー、鍋パーティー、焼き肉食べ放題、フレンチトースト作り、ドッキリ、映画鑑賞、スキー&スノボーツアーなどなど)を通して、光風館生が寮の中で見せる顔とはまた違った表情や一面を見せてくれるのはとても楽しかったり、意外だったり。そんな新しい発見ができたり、一緒に楽しむことで日頃あまり話をしない仲間ともグッと距離が縮まったり、それがイベントの醍醐味です。もうみんなといろいろなことができないと思うと残念です。

 私は、特に、4月に新入寮生が入って来て、ゴールデンウィークに入るまでの約1ヶ月、金曜日と土曜日はできるだけイベントを行うようにしました。それは新1年生ができるだけ光風の輪の中に入れるように機会をたくさん作ってあげたいという想いからでした。もちろんサッカーやバスケのように体を動かすだけではなく、光風館で行っていた新1年生の歓迎会は簡単なゲームをしたり、また体を動かすのが苦手という人のために気楽に参加できる映画鑑賞なども行いました。工夫次第でいろいろなことができると思います。是非、来年度も新1年生を迎え、新しい光風館の担任の先生と共にいろいろと楽しいことをしてみてください!みんながイベントで見せるいろいろな表情がホームページにアップされるのを楽しみにしています♪

 

 

 

<礼拝のお話し>(2月~3月のお話です)

T.Y(2年)

 みなさん、こんばんは。2室のTです。突然ですが、みなさんは『HUNTER×HUNTER』というマンガを読んだことはありますか?今日はその『HUNTER×HUNTER』について話そうと思います。

 『HUNTER×HUNTER』は富樫義博が描いている少年ジャンプに掲載されているマンガで、主人公のゴン=フリークスが父親を探すためハンター試験を受け、ハンターとなり、さまざまな強敵と戦いながら成長し、父親を探す物語です。この物語に出てくるハンターとは、珍獣ハンターや財宝ハンター、犯罪ハンター、美食ハンターなどいろいろなハンターがいます。ハンターになれる人は、10万分の1人が試験に合格するという確率で、ハンターになると生涯その仕事をやり続けます。ゴンは、父親に会いたい、父親もハンターだからという理由で、12歳でハンターになります。

 話は変わりますが、みなさんは何かを探していますか?探していると言っても、物を探すのではなく、新しい勉強法や進路、将来の仕事などです。みなさんもハンターみたいに何か探してみてはどうでしょう。そうしたら何か新しいものが見つかると思います。

 

O.Y(2年)

 みなさん、こんばんは。4室のOです。今日は「ジャズ」についてお話したいと思います。

 私はジャズを演奏することが大好きです。なぜなら、他の音楽にはない「アドリブ」という作業が必要になってくるからです。アドリブとは、言葉の通り楽譜が存在せず、いわば瞬間的に演奏することです。しかし、アドリブをしっかり演奏するには膨大な量の理論的な知識が必要となってきます。ところが、「どうすればアドリブが上手くなりますか?」という質問に対して、ほとんどのジャズミュージシャンは「とりあえずやってみるしかない」と答えます。理論は考え過ぎるなと言うのです。楽器を始めたばかりの頃は、この答えになかなか納得できず、理論的なことばかり勉強していた記憶があります。しかし、最近になって「とりあえずやってみる」ことの重要さが分かってきた気がします。このことはなにもジャズに関してのことだけではありません。例えば、英語であれば、文法だけ勉強しても外国人と話せるようにはなりませんし、同じく、スポーツにしても、理論だけでは実際に動けるようになるわけではありません。どれも「とりあえずやってみる」ことが必要になってきます。私はこのことをジャズの持つ自由さから学びました。みなさんもジャズを聴く時に、それを感じとってみてください。

 

N.H(2年)

 みなさん、こんばんは。5室のNです。今日のテストはどうでしたか?良かった人も、良くなかった人も気持ちを入れ替えて新しい年度を迎えましょう。今日はテストもあったことですので、「才能」について話したいと思います。

 みなさんは、才能について悩んだり、考えたりしたことがありますか?勉強やスポーツ、他にも話術、音楽などに才能という言葉が使われます。才能とは、生まれ持ったものもありますが、生まれた後に身に付くものもあります。ここでは、特に勉強について触れて話したいと思います。勉強は、特に才能の有無がよく出るものだと思います。文章を1回読んで覚えられる人、反対に何回か読んでも覚えられない人、単語を1回見ただけで覚えられる人、反対に何回練習しても覚えられない人など、挙げるときりがありません。

 ちょっと話は変わりますが、ある昔の学者にトーマス・エジソンという人がいます。みなさんも知っていますよね?エジソンは「天才は1%の才能と、99%の努力でできている」という言葉を残しました。でも自分は、そうとは思いません。みなさんはどう思いますか?みなさんの周りには才能があっても努力できない人、逆に才能はまるでないけど努力できる人が絶対にいるはずです。自分は思うに、才能があっても努力できない人だと思っています。それは周りから「やればできる子なのにね」とよく言われることがあるからです。思い当たる人は結構いると思います。でも、「やればできる子」とは、「やらなければできない子」ということです。どんなに才能があってもやらなければできないのです。まったく意味がないですよね。一方、努力できる人は、努力をすることで報われてきたはずです。

 最後に、自分は「努力」できることは、才能だと思います。最初に、話した通り、生まれ持ったものではなく、生まれた後に身に着けたものだと思います。エジソンの言葉を借りてまとめると、「1%の才能にうぬぼれて、あとの99%努力という才能を使わないから1%しかできないんだ」ということです。みなさんはどうですか?どちらになりたいですか?

 

I.H(2年)

 みなさん、こんばんは。11室のIです。今日は「ガラス」についてお話しようと思います。

 ガラスは、私たちの身のまわりにたくさん存在しています。窓ガラスはもちろんのこと、食器、車の窓、蛍光灯などがあります。ガラスは私たちの生活を過ごしやすい豊かなものにしてくれる反面、非常に危険なものにもなり得ます。それはガラスが割れた時です。最近では強化ガラスなど強度の高いガラスが使われている場合が多いようですが、一般的には、まだ強度の弱いガラスが使われています。割れたガラスは触れるだけで容易にケガをする可能性があるとても厄介なものです。さらに割れた後の処理も大変で、やる気が削がれること間違いなしです。自分の近辺でガラスが割れてしまうとなおさらそうなります。

 とは言っても、いつどこで何が起こるか分からないので、ガラスの近くでは気を付けましょう。みなさんも各部屋にある蛍光灯や窓を割らないように気を付けましょう。それを心がけることは、結果的に物を大切に使う習慣が身に付くと思います。

 

I.T(2年)

 みなさん、こんばんは。13室のIです。私は2年前、高校入学と共に実家を出て、新潟での寮生活を始めました。慣れない環境や人間関係に疲れることもありましたが、実家が茨城県にある私はなかなか帰省することができませんでした。

 夏休みになり、久しぶりに地元に帰ることになりました。数カ月ぶりに会う友人は、懐かしく、私は毎日のように友人と遊びました。ある時私は、中学生の頃いつも軽口を言い合ってはケンカをしていた友人と全くケンカをしていないことに気付き、驚きました。軽口は言うのですが、お互いなぜか許してしまうのです。

 「友あり遠方より来たる」という言葉があります。遠くから来る友はいつでも優しいという意味です。この時、私はこの言葉を強く感じました。そして、その事を寂しく思いました。この友人にとって自分は、「遠方より来たる友」になってしまった、という事がとても寂しかったのです。

 しかし、これは時間の流れの中で仕方のない事です。そして、時間の流れによって解決できる事でもあります。もう一度、長い時間を共に過ごす友人となればいいのです。そうすれば、昔の様に小僧らしくも愛らしい友人とケンカしながらも親しく過ごすことが出来ると思います。

 

I.H(2年)

 みなさん、こんばんは。15室のIです。今日は「電気」についてお話したいと思います。

 今では無くてはならない物である電気ですが、信じられませんが昔には電気はありませんでした。夜はロウソクで周りを照らし、洗濯をするには洗濯板を持って川へ行き、ごはんを炊く時や家を暖めたい時には火に薪をくべて火事になったりしないようにずっと火を見ていなければなりませんでした。電気が普及している今は、すべて少しの行動力とスイッチを押せばあとはほとんど自動です。いつの間にかごはんが炊けていて、洗濯も終わっている。いつでも部屋は明るく、ちょうどよく暖かい。今ではそれが当たり前になっています。でも、寮生はそれが当たり前ではないことをよく知っていると思います。理由は、夜にはブレーカーが落ちるからです。昔と比べると、とても便利なことには変わりないですが、少なくとも他の同年代よりは実感していると思います。特に一昨日はみんなが実感したと思います。みんながテスト勉強している時に2回もブレーカーが落ちましたね。(補足:今までテストで赤点ばかりを取っている人があまりに勉強しないので、「自習時間中に遊んでいたり、寝ていたらブレーカーを落とすよ」と警告したにも関わらず、勉強をしていなかったので2度ブレーカーを落としました。)恐らく、勉強していなかった本人は「勉強しろ!」、「何してるんだ!」、「洗濯してたんだぞ!」と言われながら、電気のありがたさを実感したでしょう。誰かさんが電気のありがたさを忘れても、みなさんは忘れないでください。