自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2014/03/13
< 原動力 >(寮全体礼拝の話)
全体礼拝でお話させてもらうのもこれが最後になります。あまりみんなとの思い出や光風館のことを思い出して話しちゃうと、感極まって大変なことになってしまいそうなので、私が敬和に教師として戻ってきた理由と私の原動力について話をしたいと思います。
44回生も卒業し、私自身ものぞみ寮でみんなと過ごす時間が刻一刻と少なくなっていく中で、のぞみ寮生と過ごした4年間はもちろん、母校である敬和に寮務教師として戻ってくることになった時のことをよく思い出すようになりました。
敬和に教師として戻ってくる前、私は兵庫県西宮市にある甲東教会というところで伝道師として2年間働いていました。主にどんなことをしていたかというと、教会の中で青年会をつくり、大学生や若者を集め、一緒にいろいろなことをして遊んでいました。バーベキューをしたり、甲子園に行き阪神戦を応援したり、ソフトボール大会を開いたり、礼拝後に飲み物などを販売して集めた献金で北海道に旅行に行ったり、スノボーに行ったり、キャンプに行ったり、徹夜でカラオケ大会をしたり。一見、一体どこか教会の集まりなのかと思われるようなことでもとにかくいろいろなことを行い、人を集め、その中でしっかりとした関係を築き、そこから一緒に聖書のことを考えたり、教会で自分たちにできることを考えたり、他の教会の青年と交流したり、キリスト教のことを考えるということを行いました。もちろん、行事を行う時にはみんなで礼拝をしましたし、よく互いのことを祈り合いました。その経験は今、光風館を光風館生とつくっていく上でもとても役に立ちました。みんなでさまざまな行事を行うことによって強い絆がつくられていったように思います。
伝道師時代は、自分の教会の働きだけではなく、“兵庫教区”と呼ばれる兵庫県にある教会全体の青年活動も行いました。また同志社出身の若い伝道師がスタッフをする“献身キャンプ”のスタッフもしました。献身キャンプとは、同志社大学神学部に興味のある高校生が集まり、一緒に3泊4日を過ごす中でキリスト教や同志社大学神学部がどんなところなのかを知ってもらうためのキャンプです。グループでの話し合いや誰かとペアになってゆっくり時間を過ごすプログラムやスポーツ大会などを通して、参加者もスタッフもかなり仲良くなります。多くの参加者が同志社神学部に入学しています。敬和からも毎年、このキャンプへの参加者がいます。
私は、この献身キャンプのスタッフを2年間行い、とても貴重な経験をさせてもらいました。キャンプに集まっている高校生は、どの子もとても明るくて、人懐っこくて、私は「悩みとかないんだろうなぁ」「若いっていいなぁ」と思いながら彼らと楽しい時間を過ごしました。キャンプの最終日。キャンプファイアの火を囲み、みんなが円になって座り、一人ずつキャンプのことや自分のことを話す恒例のプログラムがありました。その時に多くの参加者が「実は・・・」という、「今まで言っていなかったんだけど・・・」という話をしてくれました。とても元気がよく、キャンプの間中私のスネ毛を抜きまくっていた子は、泣きながら「私は学校で自分を出したことがない。弱い自分をさらけ出すことができない。自分に自信がない。苦しい」という話をしてくれました。キャンプの間、いろいろな場面で一生懸命に誰かの手伝いをしてくれていた子は、「実は1ヶ月前に両親を事故で亡くしたんです。ずっと動いていないと、両親のことを思い出してしまうので・・・」と涙ながらに語ってくれました。キャンプの間中、私がとっておきのギャグを言っても「え?」という反応で全く笑ってくれなかった子がいました。そんなに私のギャグが面白くなかったのかとショックを受けていたら、「実は私、左耳が聞こえないんです。障がいのある自分を受け入れられない私がいます」という話をしてくれました。その他にも家族に愛されていないと感じている人、イジメられているという人、大人に不信感を持っている人など、キャンプに参加してくれていたほとんどの子が、何も悩みなどなく一見毎日を楽しんでいるかのように思えたひとりひとりがなにかしらの悩みや課題、問題、心に傷を抱えて生きていることを知りました。本当に私は頭をハンマーで殴られたような感覚を覚えました。そして「一体この国はどうなっているんだ?」「学校って自分を出せない場所になっているのか?」「見せかけではなく、本当の友だちと呼べる仲間をつくれる環境がないのか?」「誰か毎日の生活の中でこの子たちの話を聞いてあげる人はいないのか?」キャンプの参加者が心の中に抱えていた想いに触れ、怒りや悲しみでいっぱいになりました。そんな時に、野間先生から連絡をいただき、敬和で男子寮の寮務教師を募集するのだけど、やってみないか?やり甲斐のある仕事だよと熱い話を聞かせていただきました。高校生と向き合うには敬和学園ののぞみ寮はこれ以上ない環境です。私はそのタイミングでの誘いを神さまが「行け」と言っているような気がして、敬和に来ることにしました。
1年目は男子寮の間の教師として、2年目からは光風館の担任として、合計4年間のぞみ寮でお世話になりました。この4年間、私の原動力となった1つは、先ほど話した献身キャンプで感じたことでした。そしてもう1つ、私自身の過去の失敗が私を動かし続けてくれたように感じます。
私は、敬和の26回生として入学しましたが、授業中の態度も悪く、寮でも好き勝手な生活をし、成績は最悪な状態に。いろいろな先生にご迷惑をおかけしました。当時の校長先生の方針で、掃除の時間に学校で授業や生活態度が特に悪い生徒を校長室掃除に任命し、校長自ら更生させるという伝説の“校長室掃除”を2、3年生の時に2年連続で言い渡されるような生徒でした。自分に甘い、嫌なこと、面倒臭そうなことからは逃げる、今が楽しければいい、バレなければいい、そんな考え方しかしない敬和の3年間を過ごしました。その結果、敬和の卒業礼拝の時に周りのみんなが3年間の頑張りを思い返し、達成感や後輩・先生との別れを惜しみ泣いている中、適当な生活をしてきた私だけ泣けずにいました。敬和を卒業する時になって「もっとちゃんとした生活をしておけば・・・」と後悔したのです。なので、なぜ敬和学園がそんなダメな生徒だった私に「寮務教師をしないか」と誘ってくださったのかわかりませんでしたが、私は、「今の敬和生に私と同じ過ちは犯してほしくはない」という想いをもって接してきました。「学校が楽しくない」「やる気が出ない」「勉強が嫌い」という生徒の気持ちは私の実体験からも痛いほどわかりました。ここで勤めて私は初めて自分が頭の良い生徒でなくてよかった。学生時代に失敗してよかったと思えました。そう思えたのもみんなのおかげです。
寮修了礼拝や44回生を送る会を見ながら、卒寮、卒業していくひとりひとりが本当に良い表情で卒業していくのを見て、羨ましいなぁと思いました。また、44回生を送り出そうと心を込めて準備をした1,2年生の出し物にもとても感動しました。
敬和には、ひとりひとりを大切にしてくれる先生がいます。恐らく、みんなが思っている以上に、敬和の先生、寮の先生はみんなのことが大好きだし、みんなの見ていないところで心配したり、祈ったり、動いてくれています。また、のぞみ寮生を見ていると、3年間という時間の中で本当によく周りの人たちと向き合い、自分と向き合っているなぁと感じます。敬和生と一生懸命に向き合い、私にできることをさせてもらおうと歩んできた4年間でした。自分なりに自分ができる最大限しっかり敬和生に向き合ってはきたかなぁと思います。でも、だからと言ってみんなになにかをしてあげられたことはなかったなぁと思います。特に、寮担任になってからは光風館生と向き合うことに力を注いだ一方で、他の館のみんなともたくさん楽しいことをしたかったなぁと最後になって反省しています。光風館でも話をしましたが、私がいなくてもしっかりと仲間と向き合い、自分と向き合える集団がここにはあります。寮生をしっかりと受け止めてくれる素晴らしい寮の先生たちがここにはいます。なので、安心して私も卒業していきます。でもみんなへの気持ちだけはここにおいていきます。みんななら大丈夫!自信を持ってこれからも歩んでください!どんな時も応援、お祈りしています!(三浦)
< 今週の1枚 >
今日(3月9日)、K.Kくんが実家の若松栄町教会で洗礼を受けました。洗礼式に参加するためにKくん、Kくんと一緒に会津若松まで行ってきました。もうすぐ3月11日ということで、東日本大震災をおぼえる礼拝が行われました。その東日本大震災を覚える礼拝の中でKくんが洗礼を受けることに大きな意味を感じます。敬和を卒業し、洗礼し、心機一転新しく歩み出す京都でも頑張ってほしいと思います。みんなからの寄せ書き、とても喜んでいました!