のぞみ寮通信

光風館

2014/03/03

光風館通信 第409号(3月2日)~ 光風館44回生卒業記念号~

< 贈ることば >(光風館での礼拝より)

 光風館で44回生と一緒に守る最後の礼拝ということで、3年生へメッセージを贈りたいと思います。44回生との3年間は、私が光風館の担任になって、光風館生と共に歩んだ3年間でもあります。この3年間、私がどういう想いをもって光風館生と共に生活してきたのかを話したいと思います。3年生へのメッセージですが、1、2年生も聞いてください。

 私が母校である敬和学園に赴任してからの1年目、私は大望館と光風館、両方に入る“間の先生”としての役目を任されていました。当時の大望館の担任は澤野先生、光風館の担任は岩原先生でした。まだ1年目の右も左もわからない中、澤野先生と岩原先生の寮担任として働きを近くで見せてもらいながら、寮務教師の働きを少しずつ覚えていきました。その中で気付いたのは、それぞれの先生に生徒との距離感やスタイルがあるということでした。例えば、澤野先生は、大望館の先頭に立ち、「俺について来い!」そういう館運営をしていたように思います。岩原先生は、光風館生にほとんどのことを任せて、一番後ろからサポートをする役に徹していたように思います。

 2年目に、岩原先生が学校へ異動されることになり、私は光風館の担任になることになりました。一体、自分はどんな館をつくっていきたいのか、寮生とどんな距離でやっていけばいいのか、自分らしさって何か?自分のスタイルとはどんなものなのか?そんなことを考えながら新年度が始まる前の準備期間を過ごしていました。そんな時に、3月11日に東日本大震災が起きて、バタバタと慌ただしい動きの中で新年度がスタートしていきました。その年に入寮・入学したのが44回生でした。

 44回生が入寮してきた時の光風館はどんなだったかなぁと思い出していました。寮内でゲーム機を使っても良い状態、掃除はそこそこできてはいたけど、館内は汚い状態、授業中に寝る人、授業をサボる人がいる状態、寮全体のこと、学年のことを考えるより自分のことだけを考えるのが当たり前という状態。私は正直、光風館の担任として自分の館を見た時に、“寮”というよりは好き勝手できる“マンガ喫茶”や“インターネットカフェ”のような印象を受けました。その状態を前に「一体どんなことから始めればよいのだろうか」と途方に暮れていたのを覚えています。そんな中ある出来事をきっかけに、それまで「なんとなく」や「楽しければいい」、「バレなければいい」そういう毎日を過ごしてきた光風館のひとりひとりが初めて自分としっかり向き合い、仲間と向き合ってくれるようになりました。それを見て、私は「ああ、光風館は変われる!」と確信しました。そして寮の担任としてとにかく光風館生と一緒にいろいろな時間を過ごして、一緒にスポーツをしたり、一緒に何かを作って食べたり、一緒に勉強したり、一緒に話したりしてしっかりとした関係を作っていこう!光風館生に「この人を裏切ることはできない」そう想わせるだけの関係を作っていこう!そのためには時間も労力も惜しまずにやっていこう!そう決意しました。

 昔から、私は楽な方に流されたり、面倒臭いことがあると「サボりたい」と思ったり、手を抜くことばかりを考えるような弱い人間でした。でも、今振り返ると、光風館で過ごした3年間は、不思議と楽をしたり、手を抜こうと思ったことは一度もありませんでした。それは、私にとって光風館生が本当に大切な存在になっていった証拠だと思います。

 みんなとのこの3年間は毎日事件の連続でした。自分では家に帰るバスのチケットも取れなかったA.Kくん。いつの間にか自主的に自習時間以外にも勉強するようになり、自分が決めた目標に向けて歩む姿をスゴイなぁと思っていました。Uくん。いつの間にか自分に自信がないと下を向くことが多くなってしまいましたね。「兄弟に比べられて落ち込むことがある」と言っていましたが、あなたにはあなたにしかない良い所がたくさんあります。それを誇りに胸を張ってこれから歩んでほしいと願います。A.Kくん。野球部の期待の新人として入学してきましたね。野球だけじゃなく、その他にも持っている力はものすごいものがあるのにこの3年間出し惜しみしていたのではないでしょうか?あなたとは何回かラーメンを食べに行きましたね。今度はラーメンじゃなく、成人したら一緒に飲みに行きましょう。彼女と海で泳いで夕食の途中にずぶ濡れで現れたIくん、ねぎっこブームの火付け役だったのに、光風館のムードメイカーだったのに途中で寮を辞めてしまったのは本当に残念でした。スノボーで鎖骨を骨折したMくん。勢いでいろいろなことをやらかしていたあなたの成長を嬉しく思います。3年生を送る会に参加したくないと固まっていたKくん。そんなあなたがいろいろな役目を買って出たり、卒業の時にもステージ上に立てることを誇りに思います。もう辞めたいと家から帰ってこなくなったKくん。初めて表に思っていることを出してくれた瞬間でした。それでも最後まで一緒に生活できたことを嬉しく思います。AKBやアルビのへの熱い想いをエネルギーに変えて、新しい場所でも自分らしく頑張ってください。突然サッカー部を辞めて男子声楽部に移ってしまったKくん、私は相当ショックを受けました。でも声楽部で頑張る姿に、人は一つのことだけをやり通すだけではなく、いろいろな事に挑戦する大切さを教えられました。寮を辞めて通学生になってしまったSくん、退寮する時に、光風館のホールでみんなで光風館卒寮礼拝をしましたね。最後まで通学生として卒業の時を迎えてくれたことを嬉しく思います。カップラーメンを食べたり不摂生のために入院したKくん。深夜にパソコンを使ったり、携帯を隠し持つ常習犯でしたね。きっと3年間で弱い自分と向き合えたのではないでしょうか?いつも東京から送り迎えしてくれるご両親の想い、思いもよらぬ病気のために大変な状況の中にあるお兄さんのためにも、自分に負けるのではなく、自分に打ち勝つ強い男になってください。最強トンガリコーンことIくんは光風館の玄関のガラスに頭から突っ込みましたね。自宅学習期間ならぬ寮学習期間を経て、卒業に間に合いホッとしました。人間の価値は補習の数で決まるのではありません。その点、あなたの掃除や食当に対する誠実さはピカイチです。新入寮生から入寮初日にターゲットロックオンされたイケメンKくん。勉強、スポーツができるイケメンとして認知されていましたが、その影で夜に一生懸命勉強に取り組んでいるのをよく見かけました。外見だけではなく、努力することができる内面もイケメンなあなたをカッコいいと思います。光風館四天王の一人、S.Hくん。あなたも自分に弱い1人でしたね。あなたが中学校まで過ごした札幌での教会は私の出身教会でもあり、私が札幌に帰ると教会の皆さんからHのことを心配して「元気にしている?」とよく尋ねられました。あなたの後ろには家族だけではなく、あなたのことを想うたくさんの人たちがいます。自分に簡単に負けるのではなく、自分を強くもってください。N.Mの弟として入寮してきたI。お兄ちゃんとは一緒に北海道まで行きましたが、あなたとは一緒にケルヒャーで風呂掃除をしたり、一緒にバスケをしたり、いろいろな場面で一緒の時間を過ごしましたね。しっかり者のあなたに頼ることも多かったです。新しい道へ進み、教師になるという夢を叶えてください。あなたなら生徒と共に歩むことのできる教師になれると思います。Mくん。引っ越しが多く、同じ学校で入学から卒業まで過ごしたことがないということを聞いていたので、同じ学校で、同じ寮で3年間を仲間と一緒に濃い時間を過ごしてもらいたいと思っていました。卓球部で頑張り、その後にも声楽部で頑張りましたね。そのチャレンジ精神と寮クリスマスでPSPをゲットした引きの強さで新しい場所でも頑張ってください。大変な状況で光風館の担任になり、これからどうしようかというところに入寮し、副ブロック長になったKくん。あなたは、光風館にとっても、私にとっても名前の通りの存在でしたしたくさん助けられました。一緒にいろいろなことをしたし、一緒に沖縄に行けたのも良かったです。同志社大学に進学するあなたとはまた京都で再会するはずです。もしかしたらどこかの被災地や沖縄で再会するかもしれませんね。お互いいろいろな活動をしていきましょう。あなたを中心にこの3年間で光風館は変わりました。この光風館が変わるために私にできたことは何もありません。あなたの力、光風館44回生の力、そしてそれに協力する45回生、46回生の力が集まり、今の光風館があります。

 昨年、光風館出身の教育実習生が光風館に久しぶりに帰って来て、「光風館が変わった!」「すごく良い雰囲気ですね!」と言ってくれました。私もこの3年で光風館は劇的に変わったなぁと思います。光風館の44回生だけではなく、2年生も1年生のことも本当にすごいなぁと思うし、誇りに思います。

 私が怒った時には、私に言われたわけでもなく、学年で集まり、全員で集まり自主的に起こった事柄に向き合い、それを改善しようとする光風館があります。ヨコやタテの繋がりがしっかりしていて、学年を問わずに楽しもうとする光風館44名がいます。楽な方に流されない44名がここにいます。自分のことだけではなく一緒に生活する仲間のことを想う44名がここにいます。「バレなければいい」そういう考えと距離を持つことができる44名がここにいます。そんな光風館を作り上げてくれた3年生が卒業するなんてまだ想像できません。3年生は敬和を、光風館を卒業し、それぞれの道で自分の力で立っていかなければなりません。残される光風館の2年生、1年生のみんなは“3年生を頼る”というところから卒業し、光風館に新しく入寮してくる47回生に対して先輩としてしっかり立たなければなりません。

 そしてもう1つ。私も3月19日の終業をもって44回生と一緒に敬和を卒業することにしました。それは、今の光風館ならば私が卒業しても大丈夫だと思えたからです。光風館のみんなとの別れは悲しいですが、私がもう卒業しても大丈夫だと思える程、みんなが成長したことを本当に嬉しく思います。

 3年生のみんな、卒業おめでとう。1、2年生のみんな、三浦からの卒業おめでとう。遠くから、どんな時も、光風館のみんなの活躍と成長をお祈りしています。(三浦)

 

 


  

<礼拝のお話し>(3年生のラストメッセージ)

N.I(3年・1室、新潟県佐渡市出身)

 「幸せを教えたら、あなたはすぐ幸せになれる」

 みなさん、こんばんは。1室のNです。今日が最後のメッセージということでとても悲しいですが、最後まで聞いてください。

 みなさんにとって「幸せ」とは何ですか?自分の好きなことをしている時ですか?部活をしている時、友だちと一緒にいる時、好きな人と一緒にいる時、家族と家にいる時、食べている時、寝ている時、勉強している時、人それぞれに違うと思います。私はこの敬和に来てとても幸せだと感じています。大好きなバスケもたくさんできたし、本当に大切だと思える仲間も作れました。それになにより、この光風館のみんなに出会えたことが一番の幸せです。私はこの3年間でたくさんのことを学びました。

 みなさんに問います。あなたの敵、もしくはライバルは誰ですか?私は敬和に来るまでは、友だちであったり、兄弟であったり、もしくは先生だと思っていました。ですが、敬和で自分を見つめ直すことによって自分の敵は常に自分であるということに気付かされました。私は将来、数学の教師になるという夢を持っています。みなさんには夢はありますか?夢というものは、自分があきらめない限りどこにも行きません。夢は逃げません。全力で追いかけ続けてください。最後に、まず自分を知ること、自分の中にある弱さというもの知って下さい。そうしたら、その知った自分を素直に認めること。そして、その弱さを知った自分と一緒に生きていくこと。それができたらきっと幸せになれると思います。

 

K.M(3年・1室、岡山県岡山市出身)

 こんばんは。1室のKです。ラストメッセージ、僕は敬和で変わったことと、夢について話したいと思います。

 僕が3年間で大きく変わったことは、キリスト教についてです。僕は中学校の頃に洗礼を受けていましたが、正直その頃は「神様なんていない!」とか言って、礼拝もそこまで大事にしていませんでした。ところが、敬和の生活を経て、今では、神様は都合の良い時に願を叶えてくれるものではなくて、自分が悪い道や誘惑に負けないよう、また人として当たり前の行いができるよう、一人の時でも外から見てくださる存在だと気付きました。また礼拝の時間も同様、自分を他人目線で見ることのできる大切な時間となりました。

 僕には、薬剤師になる夢がありました。しかし、進む大学は理工学部で、ぶっちゃけ将来の自分がなかなか想像できません。冬休み、地元の友だちに会った時、3年生は授業の間の休み時間も大学入試の勉強をしていると聞きました。ところが僕らは、寮や学校で勉強以外のことも楽しいこともやっています。でもそれも悪い時間ではなく、若いうちから先入観とかで将来を束縛されたりするよりも、いろんな経験をするのも良いなと思いました。だから、大学でもいろいろなことにチャレンジして、キリスト教の教えに沿って、人のために働きたいです。

 

K.Y(3年・1室、新潟県阿賀野市出身)

 みなさん、こんばんは。1室のKです。今日が最後のお話ということで、気合を入れて「AKB48グループ」について話そうと思います。

 みなさんはAKBが好きですか?AKBでなくともSKE48やNMB48、HKT48の中で好きなグループはありますか?僕は、全グループが大好きです。AKBにもSKEにもNMBにもHKTにも押しメン(一押しメンバー)がいます。最近は、HKT48にハマっていて、メンバーの名前を覚えているところです。

 こんな感じでみんなの前で堂々とAKB好きを語っている僕ですが、1年生の時はAKBファンだとバレるのがとても不安でした。「もしバレたらみんなにドン引きされて縁を切られてしまうのでは」と心配していました。しかし、先輩たちや44回生のみんなは自然に自分のことを受け入れてくれました。ドン引きされたこともしばしばありましたが、嫌いにはならず、普通に接してくれました。それからは段々と自分らしさを取り戻し、部屋にポスターを貼りまくり、AKBグッズを集め、AKBの曲を朝の放送で流し、ついには光風館の皆さんに「AKB=K」と認知されるまでになりました。

 自分らしさというのは、人それぞれ違います。僕の場合は、AKBを応援することを3年間続けることができました。しかし、この3年間の活動に満足せず、大学に進学してもライブに行ったり、握手会に行ったりして、また違う形で応援していきたいと考えています。

 皆さんには何人くらい“推しメン”がいますか?または尊敬している人や手本としている人がいますか?目標としている人がいることで、自分の人生に変化が出てくると思います。たとえそれが悪い変化でも良い変化でも、人間として成長できることに違いありません。まだ目標とする人がいない人は、身近な人でもいいので、目標とする人を見つけてください。芸能人でもスポーツ選手でもいいと思います。自分の進みたい道を見定めて、夢の実現のために少しずつ前進していってください。

 

A.K(3年・5室、愛知県名古屋市出身)

 みなさん、こんばんは。5室のA.Kです。今日で礼拝のお話も最後となりました。そして、3年間の敬和生活も終わろうとしています。3年間いろいろなことがあり、いろいろな人に出会いました。そこそこ勉強もし、部活も頑張りました。時には学校を辞めたいと思う時もありました。時には学校にいられなくなるのかなと思うようなこともありました。3年間というのは長く感じますが、今振り返ってみるとあっという間に過ぎて行ったなぁと思いました。なので「めんどくさい」、「だるい」などと言わずに1日1日を大切に過ごしましょう。そして、この先いろいろ大変なことがあると思いますが、そんなことに負けずに乗り越え、頑張ってください。そこからたくさん学び、人は成長していくと思います。1、2年生のみなさん、残り1、2年間頑張ってください。これから卒業してもここで学んだことを忘れず、この経験を活かしていきたいと思います。

 

 

A.Y(3年・5室、新潟市西区出身)

 みなさん、こんばんは。5室のA.Yです。最後のお話ということで、敬和での3年間の生活を振り返って、敬和に来て感謝したことを話したいと思います。

 私はよく「なんで敬和に来たん?」ということを言われます。その時、「なんで来たのかな?」と考えるのですが、自分なりの理由が正直思いつきません。ただ親の友だちが「敬和はいい学校だよ」と勧めてきたらしく、それを親から私が聞かされ、敬和に来るキッカケになったのが唯一の理由だと思います。しかし、実際入学すると朝は眠いのに毎日賛美歌を歌わなければなりません。学校生活に付き物だと思っていた修学旅行もなく、修養会や労作は何であるのかわからない。正直、こんなことばかりやっていて将来に役立つのかと思うことばかりあり、自分の想像していた高校生活とかけ離れた生活を送っていたと思います。ですが、敬和生活の3年間を送ってきた中で敬和の良いところを見つけた気がします。それは、いろいろな人との関わりを持てることや、人とのつながりを深めることのできる行事が多いことだと思います。

 私は中学の時、部活が一緒だった仲間や仲の良い一定の人との関わりしかありませんでした。それが敬和に入学し、変わることができました。例えば、1年生の初めにあるオリエンテーションキャンプです。あの頃は、仲の良い人もあまりいなく、辛い毎日でしたがあのように人と出会う行事があるからこそ、つながりを深めることが出来、今仲間と楽しい生活を送れているのではないかと思います。

 フェスティバルの時でも、1年生、2年生、3年生が協力していかなければ成り立たない行事だと思うので、その中でもつながりを強めるキッカケがあるのではないかと思います。

 私はこの敬和の良いところを見つけることができなかったら、「なんで敬和に入学したのだろう?」と思い続けていたと思うので、人とのつながりを深めるという敬和の良い部分を3年間を通して見つけることができて本当に良かったと思います。毎日が楽しい学校生活や寮生活になったこと、一緒にいて楽しい仲間に出会えたことすべてに感謝をしたいです。

 

S.H(3年・5室、新潟県小出市出身)

 こんばんは。5室のSです。今日はラストメッセージということで、僕の3年間の寮生活を話したいと思います。

 僕が初めて寮にやって来たあの日、僕は寮に入るのがとても不安でした。僕は頭が悪く、スポーツもできるわけでもなく、しかもブサイクなので不安だらけでした。でも同級生のみんなが僕に声をかけてきてくれて、僕は段々寮にとけこむことができました。その生活の中で様々な事がありました。初めての礼拝の時にどうしようもなくトイレにに行きたくなり手を挙げると、ちょうど「礼拝の話がアゲイン(ちゃんとした話ではなかったと3人以上が判断し手を挙げると、翌日もう1度話をする制度)だと思った人は手を挙げる」時で、その時にお話の先輩から首を絞められてしまいました。初めての寮祭では、いろいろなアニメのキャラが登場し、ワンピースを見つけるというお話で、しらけまくったのですが、寮祭の劇の中で1番光風が面白かったと言われました。3回目の部屋ではM先輩から柔道で勝たないと風呂に行けないという変なルールがありました。他にも虫を退治しまくったり、先輩の愚痴を夜中まで聞いたり、映画やマンガのモノマネをしたり、風呂で水遊びをしたり、罰掃除をしたり、曲に合わせて踊ったり、おばけの声が聞こえたり、ドッキリされたり、いろいろなことがありました。でもそんな毎日の日々が今となっては、暇が無く、自分にとって様々な人と関わりを持って成長できた素晴らしい経験になりました。こんな濃い3年間の生活はもう終わりを迎えています。自分よりもなんでもできて、困っている時に助けてくれた後輩達、たまについていけない行動をするけど、いつもいろんな事を教えてくれた先輩達、いつでもそばにいてくれ、楽しいことも苦難も頑張り乗り越えてきた同学年のみんな、いつも親のように優しく、厳しく、どんな時でも自分のことを見ていてくれた先生方、そして敬和に、寮に入れてくれた父母、すべての人に感謝したいと思います。サンキュー!!

 

K.S(3年・8室、新潟県長岡市出身)

 ラストメッセージです。突然ですが、私はキレイな景色が好きです。心が落ち着きます。例えば、夕日とか、キレイな海とか。「景色 キレイ」で検索したら出てくるような景色が好きです。今日は「景色」の話をしたいと思います。

 景色は、目に見えるものだけがすべてではありません。心の景色というものもあると私は思います。心の景色がどういうものか分からない人もいると思いますが、見えるものではなく、感じるものなので難しいかもしれません。

 今、みなさんはどんな景色を見ているでしょうか?3年生は立って1年生の席へ移動してください。1年生は2年生の席へ。2年生は3年生の席へ移動してください。今の景色を目と心の両方で見て下さい。1年生。これが私たち3年生がいなくなった後に見える景色です。どうでしょうか?2年生。2年生も1年生と同じです。どんな感じでしょうか?3年生は懐かしいですね。最初は、私たちの席はここでしたね。同じ景色ですが、もしかしたら違って見えるかもしれません。どうでしょう?

 多分、みんなは今までずっといい景色を見続けてきたという人はいないと思います。もちろん、今いい景色が見えない人もいると思います。しかし、これはある先輩が私の聖書に書いてくれた言葉なのですが、「きっとこれから大変なことはたくさんあるでしょう。でも乗り越えた時に見える景色は、あなただけのものです」という言葉をみんなに送りたいと思います。

 3年生。もうすぐ卒寮、卒業です。きっと大変なこともあった3年間だったと思います。いい景色は見えそうですか?1、2年生。今も、この先もきっと大変なことがあると思います。しかし、さっき送った言葉を思い出して、いい景色が見えるよう努力してみて下さい。

 私はこの3年間でたくさんの景色を見ることが出来、いろいろ得ることができました。その中の1つに、「自分は1人で生きているのではなない」というものがあります。光風館のメンバー。他の館の寮生。通学生。そして先生方に支えられて私は今、この場所に立てています。本当にありがとう。

 何か1曲歌ってほしいということを言ってくれる人がいたので、感謝を込めて『さよならの向こう側』(山口百恵の曲)の2番を歌わせてもらいます。

 

K.T(3年・8室、東京都立川市出身)

 こんばんは。8室のK.Tです。今回、3年生最後のお話ということで私がこの3年間、どの様に生活してきたか振り返ろうと思います。

 私はこの光風館で色々な壁にぶつかり、さまざまな問題を起こしてきました。例えば、夜中4時くらいまでパソコンをKと使って先生にバレてパソコンを没収されたり、先輩たちと部屋でバイオハザードをして見つかったり、携帯・ゲーム機を見つかったり、欠食や学校に行かなかったりと今ではとても恥ずかしいことばかりしてきました。その中で1番辛かったのが友だちで相談など話を聞いてくれる人がいなく、寮でも学校でもひとりの時間が多かったことです。2年生になった時、なぜか私だけ浅間クラスで光風館でひとりだけになったり、そのせいもあってか心に壁を作り、寮でも学校でも人と話すことがなくなったりと孤独な生活をしていました。時に心配してくれる人などいましたが、私は心を開こうとはしませんでした。そして唯一相談に乗ってくれて、心を開くことができたのが啓さんと今は居ない仰也さんでした。何度も心が折れそうになった時、学校を辞めそうになった時など、時々話すことなどがありました。しかし、今では仲間との間に壁を作らず、自由に人と話したり相談してくれる人などできて、問題ばかり起こしてきた自分に向き合って相談やアドバイスをしてくれた先生方にとても感謝しています。

 これから私は大学生活が待っています。そして、また問題やトラブルなど起こると思います。しかし、その時はこの敬和生活3年間の出来事や経験を思い出して大学生活に活かしたいと思います。今まで喧嘩や文句を言い合ってくれた人、一緒に夜カップラーメンを食べてくれた人、バカな話をして一緒に爆笑した人、問題を一緒に起こして怒られた人、それぞれ小さな出来事ですが、きっとその出来事がなければ今の自分はいないと思います。そして私と関わってくれた友だち、先生、親全員にありがとう。そしてまたどこかで笑って会いましょう。

 

M.H(3年・8室、新潟市東区出身)

 今日はラストメッセージということで、寮で過ごしてきて思ったことを話そうと思います。

 まず、僕がこの寮に入った理由は「親の仕事の都合で引っ越しが多い」という理由でした。結局、この3年間で実家は引っ越さなかったので関係なかったのですが。家が敬和から近いから通学でも良かったのですが、寮生になり、この光風館のメンバーになれてとても良かったと思っています。光風に入ってからみんなで温泉に行ったり、夜中にラーメンを食べたり、ドッキリをしたり、他にも数え切れないほど楽しいことをしました。楽しいだけじゃなく、嫌なこともあったし、色々迷惑をかけたりしました。だけど、それは全部寮にいたからこそできたことです。たまに「家近いのにどうして通生じゃないの?」と聞かれることもありました。確かに家からの距離や生活費で考えればそうだと思います。でも、僕が通学生になっていたら、光風や他の館のみんなと関わることもなかったかもしれないし、学校生活ももっとつまらなくなっていたと思います。正直言いうと、学校が嫌だと思ったことはあっても、寮が嫌だと思ったことはなかったと思います。敬和に入学して、光風に入ってからの3年間、毎日が楽しくて今までの人生で一番バカなことをやったり、騒いだり、笑った最高の3年間でした。42、43回生の先輩方、今はいないけど、いろいろと面倒を見てくれてありがとうございました。寮の先生方、たくさん迷惑をかけたと思いますが、いつも見守ってくれてありがとうございました。1年生、敬和での生活はまだまだあるので、できることをやり尽くすぐらいいっぱい楽しんでください。2年生、これからみんなを引っ張っていってください。あと受験も頑張ってください。44回生のみんな、光風で出会ってから今まで一緒に話したり、遊んだり、助けてもらったりして本当にありがとう。卒業してもまたどこかで会いましょう。

 

I.A(3年・11室、千葉県四街道市出身)

 みなさん、こんばんは。11室のIです。今日は敬和に来て、労作で野菜を作った経験から学んだ事を話そうと思います。

 私は敬和で作った野菜の美味しさに驚きました。そして、なぜ美味しいのかを考えました。それは、その野菜を食べる時にそれを作った過程を瞬時に思い出されて美味しく感じられるのではないかと思うのです。寮に出てくる野菜は今まで何も思わずに食べていましたが、その野菜に自分が野菜を作った時の事を重ねてみながら食べてみると美味しく感じられました。これは野菜に限らず、いろいろな事に置き換えることができると思います。つまり、日常的でつまらない事でも視点を変えてみると、楽しく思えてくるのです。みなさんももし毎日がつまらなくなったりしたら、視点を変えてみてはいかがでしょうか。

 

U.K(3年・11室、長野県長野市出身)

 みなさん、こんばんは。11室のUです。今日、最後の話ということで、寮生活もあっという間に終わったなぁと思いました。

 みなさん、後悔のない寮生活を送っていますか?自分は3年間、後悔ばかりの寮生活・学校生活を送ってきました。1年生の時には、「なんでこうなったんだろう」「ああすればよかった」という後悔ばかりをして最初の1年が過ぎていきました。2年生の時も1年生の時と変わりなく、後悔することが多かったです。3年生になっても後悔だらけの毎日でした。今思うと、どうしてそうなったのか思い当たることもあるし、わからないこともあります。3年間、後悔することが多かったけど、この経験を活かして、これから後悔のない人生を送りたいと思います。

 みなさん、後悔の無い寮生活、学校生活を送ってください。

 

K.K(3年・11室、新潟県村上市出身)

 最後のお話ということで、感慨深いものがありますが、どうかお聞きください。テーマは「自分探し」です。

 皆さんご承知のように私は変わりました。なぜ変わったのか、それは新たな自分との出会い、そして、仲間との出会いがあったからです。この2つの出会いがなければ、私は今ここには立っていなかったのかもしれません。

 まず、新たな自分との出会いとは、私の場合、労作のことです。労作の授業を通して、私は自分にできることを見つけられたのです。これは言わば神様からの賜物です。ここにいる皆さんひとりひとり神様からの賜物をもってこの世に生をうけました。その授かった賜物を見つけるのがこの敬和での生活、すなわち「自分探し」なのです。しかし、普通に生活をしては自分探しにはなりません。様々なことにチャレンジして、自分の可能性を引き出す、それが自分探しなのです。敬和での生活が終わるからと言って自分探しは終わりではありません。ある先生が私の聖書にこう書いてくださいました。「自分探し、一生探求心」と。自分探しに終わりはありません。一生続いていきます。もし「自分の自分探しは終わった」と言う人がいれば、それは単なる自己満足に過ぎません。ですので、皆さん、探求心を持って自分探しを続けて下さい。そして自分探しの先にある使命の道をしっかりと歩んでいってください。

 最後に、私に接してくれたすべての人に心から感謝します。今まで本当にありがとう。

 

K.K(3年・15室、福島県会津若松市出身)

 みなさん、こんばんは。15室のKです。僕が光風館で話すのも最後となりました。寂しいものですね。今日は、光風館に残る1、2年生だけでなく、これから新しい生活が待っている3年生にも通じるようなことを話したいと思います。

 みなさんは「後ろを振り返らず、前にあることだけに集中しろ」という言葉を聞いたことがあると思います。何かに一生懸命に取り組まなければいけない時によく言われる言葉ですよね。聖書にも「前のことに全身を向けつつ」というフレーズが出てきます。ですが、はたしてこの言葉は本当に正しいのでしょうか?僕はそうは思いません。確かに、テスト前や部活の大会前などの時には一つのことに集中して取り組まなくてはいけません。しかし、前ばかりを向いていたら、周りのことは何も見えません。

 ここかららは若干屁理屈のようになりますが、もしかしたら上から何か落ちて来るかも知れません。右左から人が来たり、下に落ちている石に躓くこともあると思います。

 僕は前ばかりを見て進み続けるのではなく、一旦立ち止まることも必要だと思います。

 まだあと1年、2年の敬和生活が残っている45回生、46回生。普段の生活に疲れ、悩むことがあったらどうぞ立ち止まって休憩してください。そして隣を見てください。そこにはきっと共に歩んでくれている仲間がいるはずです。

 また、来年最高学年として多くの大きな責任を負わなくてはいけない45回生は、しんどくなったら後ろを見てください。そこには自分の後をついて来てくれている後輩たちの姿があるはずです。

 そして卒業していく44回生。慣れない生活が嫌になった時は敬和での生活を思い出して、エネルギーに変えてください。みなさん、たくさん悩みましょう。そして周りにいる仲間と一緒に少しずつでいいので、成長していきましょう。

 

M.R(3年・15室、新潟県東区出身)

 皆さん、こんばんは。15室のMです。今日はラストメッセージということで、1年生、2年生に感謝と伝えたいことを話します。

 1年生とは1年間だけでしたが、いろいろ話をしましたね。第一印象が悪いって聞いて、なめられないように“キレキャラ”を精一杯演じていたのですが、すぐに優しい先輩にキャラを戻しました。1年生と絡んだ時間はなかなか楽しかったです。残りの2年間、やりたいことをいっぱいやってほしいと思います。遠慮なんかしないで、とことん行事に参加してみてください。よく聞くと思いますが、「敬和はやったもん勝ち」なので、後悔しないように!

 2年生とは1年生より一緒に生活した時間が多かったので思い出がいっぱいあり過ぎて本当に語り尽くせません。でも、本当は、2年生が入寮した当初、「ぶっちゃけやべーな」って思っていました。だけど、「2年生には2年生の良いところがあるんだな」って一緒に生活するうちに気付き、今となっては「こいつらやばいな」と思って避けていたあの頃を後悔しています。残りの敬和生活では自分の出来ることを精一杯やってください。45回生ならどんな困難でも乗り越えられます。絶対に!

 あと、3年間僕たちを見ていてくれた啓さん、途中から来た青栁さん、本当にお世話になりました。いつまでもお元気で!

 最後にこんな先輩と絡んでくれてありがとう。いっぱい笑わせてくれてありがとう。皆には感謝しきれません。ここで学んだことや光風館の仲間との思い出は一生ものです。