自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2013/11/18
聖書をひらく
敬和生活に欠かせないものの一つに聖書があります。学校生活は毎朝の礼拝から始まりますし、寮生は夕礼拝も行っていますので、聖書の授業を合わせると一日に何度も聖書を手に取り、開く機会を持っています。また、それぞれ「好きな聖句」を持っていたり、友達を励ます手紙の中に、その時に合った聖句を添えていたりもするのです。敬和生と聖書の関係はとっても素敵なものだと思います。
その聖書が最近、みぎわ館の中で先輩から後輩へ、後輩から先輩へとまわされている様子が見られます。「何してんの?」と聞いてみると、卒業が迫ってきた3年生にメッセージを書いてもらうため聖書を渡しあいっこしているとのこと。毎年行われる恒例行事とは言え、もう早そんなことまで始まっているのか!と驚いてしまいました。「メッセージ書くのは聖書の空白部分だけだよ!」と声を掛ける私に「当たり前でしょ!」と返してくる3年生たちがいました。今その人にとって興味の無い聖句であっても、読み返しているうちにステキな聖句だと感じる時が来るかもしれない。そのチャンスをつぶすようなことはしないのだそうです。きっと自分たちが聖書とそんな出会いを繰り返してきたのです。それを感じて、私はとっても嬉しくなりました。
聖書に大事な人たちからメッセージを書いてもらう事で、敬和を卒業しても聖書を開く機会が与えられることになります。敬和生でいられる間も、先輩からのメッセージを何度も読み直すうちに、隣にある聖句と運命の出会いをする機会も与えられるのです。卒業前には聖書を交換し、メッセージを残しあう習慣を知った1年目の私は、聖書にメッセージか…と少しばかり複雑な心境になっていた事がありましたが、そのお陰でたくさんの「好きな聖句」と出会えているみぎわっ子を見ていて、なかなかステキな風習(?)でもあるようだと思うようになってきました。
先輩たちからもらったメッセ―ジを大切にし、聖書を開くたびに出会う聖句を大切にし、みぎわっ子の一人一人の人生が豊かになっていくことを祈っています。(森口)
おもしろ体験☆
10月16日に春からずっと行われていたみぎわ館の耐震工事が終了しました。工事が始まってからなんだかみぎわ館内は埃っぽいし、工事音はうるさいし…でも現場監督さんたちと仲良くなってお菓子を頂いたり、足場を組むお兄さんたちの手際のいい華麗なる技に拍手を送ってみたり、深く穴を掘っている職人さんたちに「何をされているんですか~!?」と叫んでみたり…。不便な事がきっと山積みだ!と心配していた私達を横に、いつもと違う環境を楽しんでいた頼もしいみぎわっ子たち。工事が終わってホッとするのかと思いきや、「現場監督に挨拶できなくなるのはさみしい!」とか、「朝のラジオ体操見るのを楽しみにしていたのになぁ」(工事関係者の皆さんは毎朝8時からラジオ体操をされていたのです。よく見てるよね~、みんな!)なんて口にしている人たちが意外と多かった事に驚きました。
先日、耐震工事後のみぎわ館についてみぎわっ子たちにコメントを書いてもらう事になりました。そのお願いの時、「耐震工事が終わって、みぎわ館がきれいになったよね~。」という私の投げかけに「うん!!」と元気よく声をそろえて答えてくれたみぎわっ子たち。「どこがきれいになった?」「トイレ~!!!!」と。全員一致の大声の返答に大笑いしてしまった私。「そうだね~。トイレ、きれいになったよね~!でも他にもさぁ、事務室が二間だったのが大きな一間になったし、絨毯の色も変わったし、玄関もとってもきれいになったし、お風呂のタイルもキレイにしてもらえたし、ポストも新しく出来てたしさぁ、トイレ以外もいっぱいみぎわ館がきれいになってるでしょ~!」「あぁ!(そうだった!)」と(笑)。「みぎわ館がきれいになって思う事を何でもいいからコメントして~」とお願いしたところ、全員がきっちり記入して提出してくれました。
そのコメント達、そこにも例外なく「トイレ最高!」と書かれてあったのには笑ってしまいました。今までは冷たく、暗く、何だか一人ではいるには恐かったトイレも、今ではみぎわ館一(?)居心地の良い場所になっているのだそうです。それもそのはず。明るい床と壁、光り輝く手洗い場、温かい便座と何よりウォシュレット!みんなが喜ばないわけはありません。
しかし意外な事に、新しくなったのはとっても嬉しいけれど、ちょっぴり寂しさもある…なんて話してくれた人たちもいました。それは不便だからこそ体験できる「おもしろ体験」が出来なくなってしまう事だということでした。「おもしろ体験」とは、寒い朝は水で顔を洗うよりトイレに入るほうが目が覚めることや、便座におしりをかまれること(寒い日は勢いよくトイレに座らなければいけないのだそうで、その勢いに便座が負けてヒビが入ります。そのヒビの事をうっかり忘れていつも通り勢いよく座ると、そのヒビにおしりをかまれることになるのだそうです(笑))、使用中トイレの電気を消して怖がらせてみたり(今は消されたってちっともこわくないのだそうです。)…。たかがトイレかもしれませんが、みぎわっ子にとっては特別で、とってもたくさんの「おもしろ体験」をみんなはしていたのだそうです。美しく快適になったのは嬉しいけれど、そんな「おもしろ体験」と無縁になるのがなんだか寂しい!なんて、おもしろいじゃないですか!
不便さがのぞみ寮の魅力の一つだと私たちは言いますが、それを体でも心でも体験し、本当にそうだと感じてくれているみぎわっ子たち。不便な環境の中でさえ、いえ、不便な環境の中だからこそ、そこにある「楽しさ」を仲間と共に見いだせる力や発想力を自然と身につけ、日々を逞しく生きていけるようになるのでしょう。不便さが本当の豊かさや楽しさを教えてくれているのです。それに気づき、快適な改装後を喜ぶだけでなく、改装前の不便さを恋しがるみぎわっ子たちってステキです!そんな心が知らず知らずの間に育っている寮生活って、やっぱりかけがえのない3年間です!(森口)
礼拝のお話
*N.M(3年生)
入学後からバスケ部に入り、毎日のようにやっていましたが、夏の引退を境にバスケから遠ざかっていました。今日、久しぶりに昼休みを使いバスケをやりました。久しぶりにやったので、かなり疲れましたが、やっぱり私はバスケが好きで、楽しい!と思うことが出来ました。みなさんは、バスケットが好きですか?
バスケが嫌いな人ももちろんいるでしょう。実は私も1年の入部の時にはバスケが嫌いでした。それなのに女子バスケ部に入部したのです。その理由は、何か部活に入っていた方が3年になった時、進路選択の時や、自己アピール文を書くときなど活かせるのではないかと思ったからなのです。丁度タイミングよく仲のいい友達が「バスケ部に入る」と言っていたので、私も彼女に便乗して入部したのが正直な経緯です。だから初めは特にバスケに興味もないし、体力もないし、練習しても上達などしないし、部活の人数自体が少なく試合にもあまり出られないし…といろんな不満を持っていました。何度も「もう辞めてしまえ!」と思っていました。しかし、結局引退までバスケ部を続け、今となっては楽しい!とまで思える私になっていました。
バスケを嫌々やっていた時の私は、「合わないものは、合わない!」「向いていないものは、向いていない!」と考えていました。今でもそんな風に感じてしまう時もあります。例えば、私はゲーム機を使ったゲームが好きではありません。そんなゲームを楽しんでしている人をみると、一体何が楽しいのだろう?と理解できない事があります。誰でも、人それぞれなのだから、理解できない事ってあるのでしょう。それを無理に好きになる必要はないのです。無理に好きになろうと思っても、無理ですから。気が合わない人と無理やり気を合わせるのも大変ですし、いつも無理して合わせる必要だってないのだと思います。敬和は、寮は、いろんな個性を持った人たちが集まっています。その全員と気を合わせてやっていこうとすると無理な事ですが、おもしろいことに、色んな人が居るから何だかうまくやって行けてる気がするのです。
自分がやりたいと思って始めた事や、好きじゃなくてもやらなきゃいけないことなど、色んな事がありますが、それらをすぐ投げ出したとして、次に熱中できるものと出会えればいいのかもしれませんが、投げ出すことになれてしまうと、自分のやりたいことを見逃してしまう事に繋がってしまうのかもしれないと、今日の久々のバスケを楽しいと感じた自分を通して気がづきました。自分に向いていない事、合わないと感じることから学ぶ事は想像以上に多いのかもしれません。だから私はこれから、そういうモノを大切に生きていきたいと思いました。