自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2013/10/15
< 引き出し >
みなさんはどれくらい“引き出し”があるでしょうか?引き出しというのは、机やタンスの引き出しのことではなく、自分の隠れもった多様な知識や豊かな才能のことを言います。光風館生を見ていると、(みんなが自分で気付いているかどうかはわかりませんが)私の目にはみんなは本当にいろいろな引き出しの宝庫だなぁと思わされることが多いです。スポーツが得意、勉強ができる、誰とでも仲良くできる、とにかく明るい、掃除や食事当番を一生懸命やることができる、楽器ができる、意外な趣味があるなど。持っている引き出しは多ければ多いほど良いと思います。
去年から4才の娘が習い事を始めました。ピアノと水泳を習っています。妻は小さい頃からピアノを習っており、ピアノを弾けるということが今の自分にプラスになっているということで習わせることにしました。また水泳は、私が小さい頃から習っており、成長期に水泳を習っていたことで健康な身体になったと感じているので(もちろん泳げるようになったり、水が恐いという感覚がなくなるので)、習わせることにしてみました。小さい子どもは本当に吸収が早く、習った曲を弾いてくれたり、お風呂で潜ってみせてくれたりしています。娘がこれからどんな引き出しを得ることができるのか楽しみです。
私も趣味という引き出しで言えば、決して上手ではないですが、ピアノ、三線、カホンなど楽器をしたり、スポーツはサッカーやバスケだけではなく、サーフィンやスキューバダイビングをしたり、海外や国内を問わず旅行をしたり、大学生時代に割烹料理屋のアルバイトで身に着けた料理も自分の趣味になっています。他にも留学時代に身に着けた英語や旅行のために身に着けた日常会話程度の外国語も自分の引き出しになっています。それらの知識、技術、経験という引き出しは寮生活でみんなと過ごす中で、また聖書の授業でも度々活用しています。その引き出しは、もともと私が持っていたものではなく、それらのほとんどが高校を卒業した後で、生活する中で、また挑戦する中で身に着けたものばかりです。なので、みんなも敬和にいる間に、そして敬和を卒業した後にたくさんの知識、技術、経験を得ることは可能だということです。三年生は今、進路のために「高校生活で得たもの」や「自分の趣味・特技」などを書かなければいけない人もいると思います。その時に、自信をもって書ける引き出しがあるのとないのとでは大きな違いがあります。是非、若いうちにいろいろな事にチャレンジして、自分の引き出しを増やす経験をしてください!(三浦)
< 第3定期によせて >
いよいよ第3定期が始まります。
光風館でも毎度のことながら、夜遅くまでホールに残って勉強に勤しむ姿が見られるようになってきました。素晴らしいことです。勉強はすればするほど結果がついてくるものなので、遠慮せずにいくらでも学んでいいと思います。からだを壊さない程度に、自己管理をしっかりとしつつ、どんどん学びましょう。
ちょっとしたアドヴァイスを。皆さんは、今回の第3定期テストに取り組むにあたって、何かしらの目標を設けているでしょうか。目標というのは、具体的な数値目標のことです。ただ、ぼやっと、いい点を取るだとか、そういった大雑把なものではなく、具体的に「この教科は絶対に何点以上取る」「この教科は前期よりも評定を1つ上げる」などといったビジョンを掲げることはとても有意義なことです。私の経験論ですが、ビジョンを持つことで、毎日のテスト対策の学習効率が格段に上がります。学習効率が上がるというよりは、より「意味のある」学習をするようになる、といったほうがしっくりくるかもしれません。すなわち、いま自分が本当にしなければいけない学習が何なのかがはっきりするため、能率が向上するのです。
中学校では、よく定期試験に際して、各教科ごとの具体的な目標を生徒に書かせているようです。そして、試験までの1か月間程度のスケジュール表に、この日はどの教科をどのくらい勉強するか、といったことを各自書き込み、それが実現できているかを担任が毎日チェックする、ということが為されている学校が多いと言います。私も中学校時代に、そういったことをやらされた経験があります。中学校で、私たちは初めて能動的に「勉強する」という体験を要請されるわけで、そもそも自分で勉強をするという習慣があまりない中学生だからこそ、上述のようなスケジュール管理が行われているのでしょう。
しかし、高校ではそれをしません。皆さんが毎日ちゃんと勉強しているのかどうか、担任がいちいちチェックするようなことはありません。なぜでしょうか。お分かりですね。そんなことしなくても、ちゃんと自分できっちり学習するものだと、期待されているからです。ならば期待に応えなくては。紙に目標を書かずとも、スケジュールをいちいち付けずとも、自分で目標を設定し、試験日から逆算して「この日までにはここまで終わらせなくては」と自分で自分の学習生活を管理する、皆さんに期待されているのはそのような学習習慣なのです。
これって実はとてもハイレベルなことなのですが、無理な要求ならばするはずがないので、敬和生にはそれができるはず。第3定期まであと3日。これを機にワンランク上の学習習慣を実践してみてはいかが。(青栁)
<礼拝のお話し>(9月の礼拝の話です)
K.Y(3年)
みなさん、こんばんは。1室のKです。今日は、ヤングジャンプ掲載のマンガ「LIAR GAME」に関連づけて話をしたいと思います。
皆さんは、ウソをついたことがありますか?本気で人を信じたことがありますか?あるいは、人をだましたことがありますか?「LIAR GAME」は、だまし合いをテーマに競われる1億円を賭けた戦いです。主人公の神﨑直は、元詐欺師である秋山深一と出会い、互いに協力しながらLIAR GAMEを勝ち進んでいく物語です。話の中で秋山は、「人を疑うとは、その人間を知ろうとする行為であり、疑うことは決して悪じゃない。本当の悪は他人に無関心になることだ。」と述べています。ズバリそうだと思います。疑って疑ってその心の中をじっと見ることで、深い関係でのつながりが生まれてくると私は思います。皆さんはどう考えますか?疑うことは悪いことだと思いますか?他人に無関心にならずに、疑う、つまり人を知ろうとしてみてください。周りの見え方が変わるかもしれません。
A.K(3年)
みなさん、こんばんは。5室のA.Kです。今日は、夏休みに読んだ1冊の本を紹介したいと思います。題名は『桐島、部活をやめる』という本です。もしかしたら読んだことのある人もいるかもしれません。ちなみに、映画化されています。
この本は桐島が部活を辞めた事で起きる物語をいろいろな角度から見ており、物語に登場するひとりひとりが違ったキャラクターで、人間関係がとてもリアルに描かれています。さらに題名にもある桐島という人物が一切登場しないと言う謎の本でもあります。僕はこの本を読み、本当に一番かっこいい人は、なんにも生きがいを感じない、いわゆるオタクみたいな人だなぁと思いました。ずっこけても不器用でもやりたいことをし、周りのことなど気にせず、常に前向きにやるのはかっこいいことだと思います。いろいろなところに共感でき、今の僕たち高校生にはピッタリの本です。ぜひ、みなさんも高校生のうちに一度は読んでみてください。
A.Y(3年)
みなさん、こんばんは。5室のA.Yです。今日は「楽しむこと」について話そうと思います。
みなさん、毎日の寮生活や学校生活を楽しんでいますか?例えば、行事などで「つまらない」とか「めんどくさい」など、後ろ向きな言葉だけで、学校生活や寮生活をしていませんか?僕は、それでは毎日の生活をムダに過ごしていると思います。確かに、毎日楽しいことばかりではなく、気に喰わないことだってあるかもしれません。ですが、気に喰わなかったこともちょっと見方を変えてみれば楽しくなったりするかもしれません。これからの行事もうまくいかないことがあってイライラしたり、何か役目を担ってプレッシャーを感じることなどあるかもしれません。来週には修養会があります。「めんどくさい」とか「つまらない」と感じることがあるかもしれませんが、そんな時こそ見方を変えて、充実した修養会にしてみてはどうでしょうか?