のぞみ寮通信

めぐみ館

2009/11/04

めぐみ通信 11月4日

<秋の味>

 
 すっかり朝晩寒くなってきました。今日は、美味しいお話を紹介しましょう。
「差し入れでーす!」めぐみ館事務室で美味しい秋の味の届け物です。

差し入れてくれた生徒は館内放送をかけて皆に呼びかけ、差し入れを振舞ってくれるのです。この様な交わりは金曜日や、土曜日の夜のフリーの時間に、事務室でミニお茶会として開かれます。この秋はブドウに梨、枝豆を湯がいたもの、柿、郷土菓子など!!!時に自宅に戻った際に自分で焼いたパウンドケーキを持ってきてくれたり、はたまた孫である寮生に自家製のオレンジピールを入れたお婆様からの差し入れケーキ等。
 美味しいものには目がない寮生には、皆で頂く美味しい差し入れに舌鼓!!
有難いこの瞬間、学年の垣根も越えたステキな交わりになります。
 秋の夜長に頂く差し入れの味は、格別です!
(お家の方からの差し入れ!ありがとうございます。) 

 
 日中は、半そでになるくらいの気温まで上がり夏の名残もありますが、日一日と寒さがやってきています。
楽しみを見つけつつ、味わいつつ、体調管理の方しっかりとして、オヘソなど出して寝ないように、身支度を整えて冬に備えて参りましょう。

(榎本)

 

 

<敬和の会に参加して>


 私は、先日、関東敬和の会に参加しました。亀戸教会で行われるこの会には、ある思い出があります。
敬和を卒業し、東京の大学に通い始めたころ、友人に「敬和の会っていうのがあるんだけど一緒に行かない?」と誘われました。どんな会か分からないし・・・とためらったものの、「会の後に、校長先生が夕食をごちそうしてくれるから!」との一声で参加を決めました。前校長先生のお話しを聴き、初めて観る学校紹介ビデオに感動し、集まった卒業生や保護者の方の言葉に、「ほんとに敬和が好きなんだなぁ」と思ったことをよく覚えています。

 そして、何より強烈に記憶に残っているのが、その後の夕食です。前校長先生とM先生に連れられていった一軒の餃子屋さん。ここ、メニューにご飯がないんです。確か、餃子の他は、メンマとかだったような気が・・・。「もっと食べなさい。」と餃子を薦めてくださる先生方の左手にはビールが。大人はビールで餃子を何皿でも食べられるようですが、まだお酒を知らない大学1年生の私たちは、わんこそばのように出される餃子をどう食べればいいのか分からない!主食もおかずも餃子で、箸が進まない私たちを見て、「もう食べないのか?!」と言う先生方。そう言われたって、ご飯がないんだもん。この気持ち、皆なら分かってくれるよね!?

 
 さて、今回、立場を変えて参加させていただいた敬和の会。心揺さぶられる場面がたくさんありました。その内の一つに保護者の方のお話があります。たまの休みに帰ってきたときの様子や、電話でのやり取りから、皆の成長の様子をひしひしと感じ、喜んでいらっしゃること。子供の成長を間近に見たい気持ちを抑え、寮に送り出してくださっていること。メールやネットでのつながりでなく、顔を合わせてのやり取りをして欲しいと願ってくださっていることなど。実際にお会いして、保護者の方の生の声を聴くことができ、その気持ちをより強く感じることができたと思います。

 
 また、この前の土曜日には、会津敬和の会に参加することができました。めぐみ館の保護者の方も、郡山や山形から集まってくださいました。ここでも、保護者の方のお話から、苦しい時も嬉しい時も見守ってくださっていることや、成長を心から喜んでいらっしゃることを知り、涙が出そうになりました。皆から預かった手紙を読む時間がなくなってしまうほど、我が子への熱い想いをたくさん聞かせてくださいました。

 
 寮に戻り、「○○さんのお父さん・お母さん、来てくださっていたよ。」と伝えると、嬉しそうに、「何て言っていた?手紙読んだ?」と聞かれました。「こんな風に話して下さったよ」と伝えると、照れながら更に笑顔になりました。可愛らしいよ、あなたたち!新潟の太夫浜に送り出してくださっていることに感謝し、皆が充実した生活を送れるようなめぐみ館にしていく気持ちを再確認させられました。 

(冨井)

 

 

 

 
<礼拝のお話>


3年 K.M.
 みなさん、こんばんは!14室のK.M.です。
今日は、何を話そうかなーと思っていたら、ネタをもらったので、ケータイ電話についてお話したいと思います。
私は、今まで1度も自分のケータイ電話を持ったことがありません。中学の時、親と共同でケータイを使っていた私は、高校生になって自分のケータイを持つことが本当に楽しみでした。地元の公立に行くつもりだったのですが、敬和の卒業生である父に連れられてやってきたオープンスクールで、敬和にひかれはじめました。しかし、忘れもしない寮見学。みぎわ館を案内していただき、最後に何か質問はありませんか?とおっしゃった先ぱいに、一緒のグループの中の一人が「ケータイはもってきていいんですか?」とききました。みなさんも知っている通り、答えは“だめです。”でした。実家が近くはない私にとって、地元の友達との連絡にケータイは欠かせない物のような気がしていたので、この一言で、私は敬和には行かないと決めました。その時、その先ぱいがおっしゃっていたケータイ禁止の理由“トナリに話す人が居るのに、ケータイを使って自分だけの世界に入ってしまうのはよくないから”というのが、その当時の私にはよく理解できなかったのです。

 
 その後、いろいろあって、やっぱり敬和に行きたい!と思って、今私はここに居るわけですが、私が入学した頃、めぐみ館でケータイを持っているのは、ほとんど当たり前でした。同じ部屋の先ぱいは、しょっちゅう消灯後に電話をかけていたし、ゴールデンウィーク明けあたりから、同じ学年の人たちもケータイを持ち込み始めました。
それがダメなことだという感覚はまひし、寮内でケータイを使用している人の姿は、日常でした。39回生でケータイを持っていなかったのは、私とあともう1人だけでした。ですが、“横のつながり”を築いていく上で、ケータイは、確かにジャマになっていたと今は思います。誰かの部屋に遊びに行っても、その人はずっとケータイをいじっていたり、他の誰にも聞かれないメールで、誰かのぐちを言ったりすることができたからです。それでも、やっぱり私も何度も誰かのケータイを使わせてもらっていたし、当時は、何でケータイが禁止なのか、深く考えようとはしていませんでした。

 
 私がアメリカに居た間に、39thの間で、ケータイがきっかけで一つの悲しい事件が起こりました。その事件によって1人の大好きな、大切な仲間が敬和を去ることになってしまいました。それは、ものすごいショーゲキでした。何よりも、39 th のめぐみ館みんなに、また会うことを私は楽しみにしていたので、1人欠けてしまったのは、本当に悲しかったです。その事件がきっかけで、39 th は、1年生の頃から使い続けてきたケータイ電話を手放すという決断をしたのは、私よりもここにいる40 th、41 stのみんながよく知っていると思います。1人失って初めて、やっと本当にオープンスクールの時の先ぱいの言葉が分かった気がしました。すぐ近くにいつも大好きな仲間がいるのに、ベッドに1人こもってケータイをいじっているのは、悲しいことだと気がつきました。

 
 確かにケータイでんわは便利です。私自身、長期休みには、親のケータイを自分の物のようにずーっと使っているし、最低でも3日に1回くらいは、パソコンをひらいてメールをチェックしたいと思います。でも、みんながのぞみ寮に入った目的は、いつバレるかと思いながら、ケータイを使って誰かとメールしたりすることじゃなくて、今実際に目の前にいる仲間と、顔を合わせて話して、一緒に時間を過ごすことにあると思いませんか?
40 thも、その前の39 thも、ケータイによってたくさんの悲しい思いをして、ケータイのないめぐみ館をつくりあげてきました。いろんな人の思いがそこにあることを知って下さい。1年生は入ってきたばかりで辛いこともきっとたくさんあるこのめぐみ館で、ケータイを使って地元の友だちや、家族と連絡をとりあいたい気持ちは分かります。でもこれを機会に、持ってきている人は、家においてきてみませんか?案外なくても大丈夫なものですよ。ケータイを今もってきている人も、もってきていない人も、このお話をきっかけに、一度考えてみて下さい。まわりと話してみて下さい。どんなにかくしているつもりでも、やっぱり一緒に暮らしていれば分かってくるものです。先ぱいや先生に見つかってとりあげられるよりは、自分から事務室にあずけたり、家においてきてくれたらいいなあと思います。

 
 42ndが入学する前のオープンスクールの寮見学で、私が案内していた保護者の方から、“ケータイは禁止なんですか?”と質問をうけて、いつかの先ぱいと同じような答えを、今度は心からその通りだと思いながら答えている自分が居ました。この想いが少しでもみんなに伝わってくれればいいなあと本当に思います。