自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2013/01/30
< お仕置きだ! >
今ニュースでは、大阪の高校の部活(バスケットボール部)で顧問の教師により体罰があり、その部活のキャプテンが自殺するという傷ましい事件が話題になっています。同じ高校という職場にいる者として、あってはいけない事(体罰)が毎日のように行われていたことに驚いたのと当時に、同じ教師として考えさせられる事件でした。
さて、先日の自習時間のことです。ホールでKくんに英語を教えていると、ホール勉強をしている1年生の中に、自習時間の初めからずっと寝息を立てて寝ている2人がいることに気付きました。1年生は、第4定期テストで赤点を取った人、成績に1がある人は毎日ホール勉強をすることになっています。悪い点・成績を取った罰ではなく、毎日コツコツ勉強することで次のテストで良い点が取れるように努力しなくてはいけないですし、予習、復習、さらには提出物などしっかり準備することで成績を少しずつでも上げてもらいたいという狙いがあります。その努力の結果として、進路を決めるときに自分が行きたい大学、専門学校を多くの選択肢から選ぶことができるようになるのです。しかし、自習時間をこともあろうに睡眠時間にしている本来勉強することが必要な2人を見て、「よし、懲らしめてやろう」と思い、行動を始めました。
まず、ホールにかかってある時計を9時から12時半に変えました。次に、ホール勉強していた1年生全員を静かにホールから出し、ホールや寮務室、1階の廊下の電気をすべて消しました。1階だけ消灯後の状態が完成。次に館内放送で2人の名前を呼びました。ホールに行ってみると、暗闇の中で2人が目覚めていました。私が電気を点け、2人に「何してるん!?もう消灯後だぞ!」と言い、2人はホールの時計を見てビックリ!その時の2人の顔は「ちょっと寝たはずなのになんでこんな時間なんだ!?」みたいな顔で明らかに取り乱しています。「自習時間に寝ているからこうなるんだぞ!」と
2人に釘を刺し、ホールを出た2人は、ホールの外で今までの成り行きをニヤニヤしながら見ていた1年生の仲間たちを見つけ、ドッキリだったことに気付き、その場に崩れ落ち、みんなで大爆笑しました。
体罰は絶対しませんが、冷や汗をかかせるお仕置きはしっかりさせてもらいました。自習時間に寝ていて驚かされたくらいだと笑い話で終わりますが、しっかりと自分がすべきこと(毎日勉強をする、提出物の期限を守る、土足しない、時間を守る、掃除をする、寮に持ち込んではいけない物を隠し持たないなど)に取り組むことができなければ、せっかくの寮生活をしても、卒業・卒寮の時に得られるものはごくわずかなものになってしまいかねません。そうではなく、やるべきことをしっかりやり、卒業・卒寮の時に胸を張って敬和から出ていけるように、自分がすべきことに向き合ってほしいと思います。
(三浦)
<礼拝のお話し>(12月-1月の礼拝の話です)
K.Y.(3年)
こんばんは。4室のKです。今日は寮生活最後のお話なので、3年間を振り返ろうと思います。
僕は最初この寮に入寮した時は、毎日毎晩が騒がしく、ただ「うるさい」と思っていました。でも、寮生活に慣れていくうちにそんなことは一切思わなくなりました。
一年生の時は、先輩の言うことを聞いたり、行事の準備をしたりと本当に面倒くさかったです。でも、その分、みんなで盛り上がることができた時は、とても楽しかったです。
二年生になり、一年生の時とは違い、何もすることがなくなりました。でも、新しく入った一年生に寮生活のルールなどを指導したり、注意したりしなければいけなくなり、大変でした。でも先輩になったという自覚をもつことができました。
三年生になってからは、さらにやることがなくなり、つい羽目を外し過ぎて怒られたりすることもありました。今でも寮の中は相変わらず騒がしいです。良い後輩にも恵まれたと思っています。僕たち3年生はもう少しでいなくなるので、あと少しの時間、優しくしてあげてください。そして、良い館づくりを頑張ってください。
F.K.(3年)
今日は「人間関係」についての話をします。
みなさんは、「人間関係」のことで悩んだことがありますか?どんな人も1度はあると思います。僕は、人間関係についてよく悩んでいます。「あの人が嫌い」だとか「あの人が苦手」だとか「嫌われているんじゃないか」など、自分は深く考え過ぎてしまいます。ほとんどの人が気にしない小さいことでも気にしてしまって、毎日毎日緊張してばっかりでした。
例えば、人と話し終わるとすぐに、「あれでよかったのかな」とか「相手のことを責め過ぎたかな」とかをずっと考えてしまうことがよくありました。けれど、最近、いろいろあって、人間関係のことで悩んでいて、1人で考えていたら、「他の人が話していることなんて一字一句まで気にする人はいないんじゃないかな」と思いました。「自分も別に相手の細かいところまでは気にしないし」って考えると、相手もそうなんじゃないかなって思うようになりました。気にし過ぎないように気をつけたりしたら、緊張し過ぎることがなくなりました。「最初から何事も上手くいくはずがない」と思えば、逆に力が抜けて、上手くいくようになりました。
みなさんも人間関係のことで気にし過ぎている人がいるなら、気にし過ぎないようにしてみてはどうでしょうか。
T.D.(3年)
こんばんは。8室のTです。今回が最後のお話なのですが、話のネタが無かったので、前にも話したようなことを話したいと思います。
自分は努力することが嫌いです。嫌いだけならいいのですが、それだけでなく、嫌いなことからはしょっちゅう逃げます。特に勉強。1・2年生の時、本気になって取り組むこともなく、いつも楽な方へ楽な方へと逃げ続けました。逃げ続けた結果得たのは、大学進学が厳しいくらい最悪な成績でした。そんな酷い目にあった2年の後期から、少しずつ逃げずに努力するようになって来ています。それでも、嫌いなことから逃げ出すことは、まだ多いです。「もっと前から嫌いなことから逃げずに、しっかりと努力しておけばよかった」と、今更ながら後悔しています。
この中にも嫌いなことから逃げ、楽な方ばかりを選ぶ人はいませんか?もしいるのであれば、後悔する前に逃げない努力をしましょう。1・2年生はこれからの学校生活で俺のように自分で自分の道を狭める状況にならないように頑張ってください。
T.S.(3年)
こんばんは。8室のTです。最後のお話です。メッセージはないので、自分について話します。
僕が敬和を受験した理由は、受験が楽そうだし、勉強をせずに入れるからという理由でした。それに寮生活ってなんか楽しそうだなぁなどと考えてもいました。
入学当初、1日1日のすべてが新鮮で、悩む暇もないくらいあっという間に数ヶ月が過ぎましたが、敬和での生活に慣れてきたあたりからが辛い日々の始まりでした。毎日同じことの繰り返しの寮生活、つまらない授業、きつい部活。すべてが嫌でした。ただ、ただ早く終わってほしいと思っていました。ですが、辛いことと同じくらい楽しいこともありました。
僕は敬和でやりたいと思ったことには何でも首をつっこみました。ブロック長、実行委員、生徒会など、たくさん首をつっこんだ分、大変だったり、ひとつひとつが中途半端になってしまったこともありましたが、そのおかげで僕の敬和生活は充実したものとなったと思います。後悔はありません。敬和で3年間過ごしてよかったけれど、また生活したいかというと、もう充分だと思う生活でした。