自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2009/10/18
<信頼で成り立つ寮生活>
「信用はしないが、信頼はする。」これは寮務教師として勤めている私にとって大事にしている言葉の一つです。
この言葉、中学生の時に何をしたときか忘れましたが、悪さしたとき牧師である父に投げかけられた言葉です。その当時、柔道もそこそこ強くなってきて、反抗期にも入り、もうオヤジよりも強くなっただろうと自分で勘違いしていた頃のことだったと思います。小学生までは、何か悪さをした時は、「バッチン」といって、ほっぺにビンタされていたのですが、中学生になると「バッチン」される事は無くなりました。大人になって聞かされたことですが、父も「小学生まではひっぱたくが、中学生になったらたたかない。」この事を意識していたようです。
信用はしない、でも信頼はしてくれている。もう20年以上前のことですが、この言葉を聞かされたとき、自然と涙がボロボロこぼれ出てきたのを覚えています。信頼してくれているという事、それが本当に心強くてそこに父の愛情を、怒られている時にも関わらず感じ取る事ができました。
信頼関係。一つ屋根の下で生活を共にしていく上で、当然必要な事です。そんな事当たり前の話です。しかし、この当たり前の事がどれだけ大事であって、これを築き上げることがどれだけ大変な事か、今回大望館で起こった出来事で改めて感じさせられました。
親元を離れて寮生活をする君達。通生たちに「大変だなあ」なんて思われているのかもしれません。実際に生活をしてみて、慣れてしまえば感じないのかもしれませんが、ここはやっぱり大変なところです。一人でゆっくりなんて到底できません。ケンカした相手と嫌でも顔を合わせなきゃなりません。自分に合わない奴もいます。先輩はうっとうしいです。家では母ちゃんがやってくれることを全部、自分でやらなきゃなりません。当然ストレスたまります。
そのストレスを色んな形で発散します。自分の趣味であったり、体を動かしたり、部活でエネルギーを使い果たして、ストレスどころじゃなかったり。人それぞれです。そして時として、良からぬ行動を取ってしまうこともあります。その良からぬ行動を取る時、寮の場合、一人だけではなく、何人かがそこに関係してきます。残念な事に、今回大望での生活指導は、まさにその典型的な例ではないでしょうか。
生活指導はあってはならないことです。決して許される事ではありません。でも、一人ひとりに目を向けるならば、その生徒一人の成長にとっては必要である時間なのかもしれません。なぜなら、敬和の生活指導は、問題を起こした生徒に、しっかりと振り返りをさせ、そこから気付きを見い出し、新たにスタートさせる力を身につけさせる時間にするからです。指導期間の長さは、決まっていません。言うなれば無期限の自宅謹慎です。他の高校のように、これをしたから何日。何回目だから何日。そして、その日数を消化したからといって戻れるわけではないのです。そういった面で、敬和は生活指導に対して非常に厳しい面をもっているのですが、それが決してマイナスではなく、新しいスタートをきらせるプラスの材料にしていくものにするのです。
しかしながらその反面、「絶対に許されない。」という厳しい姿勢で臨んでいるものもあります。それが生徒指導原則であったり、今回の大望での一連の指導の中で明らかになった事実です。当たり前にしてはいけない事。考えればわかる事です。でも誘惑って怖いもので、判断を誤らせる事があります。判断を誤ったその行動が、寮生活において一番大事である、皆からの信頼だけではなく、お互いの信頼関係を崩すことになってしまいました。
厳しすぎる姿勢。そう受け取る人もいるでしょう。敬和学園が、その姿勢を崩す事はありません。何故なら、それを崩してしまうと、これまで貫き通してきたもの、これまでもあった痛みをも意味無きものにし、教育の基準(柱)を崩してしまうからです。だから、辛いけれども、今回の事をしっかりと受け止めなければなりません。そしてもう一度、皆で信頼関係を築いていくしかないのです。
(澤野)
<パンデミック>
まさにパンデミックでした。ただでさえ体が足りず、一日が何故24時間しかないんだと思っていたその時に、新型インフルエンザ。しかし救いは校長先生の迅速な判断にありました。光風館で1名出て、次の日にはバタバタと生徒が熱を出して、その内の数人がインフルエンザ陽性の反応。その日のうちに寮の閉寮が決定。何処でどう連絡がまわったのか?その日の授業をやっているうちに迎えに来る寮生の保護者がいるではないか。大望館は最終的に8名残ったものの、その他はみんな自宅へ帰省。思わぬ秋休みとなりました。
もしこれが閉寮にならずに、そのままいつも通りの生活をしていたなら、それこそ大変な事になっていたに違いません。あの時すぐに閉寮にしたから、大望で感染者はシャイニング1名で止まったのです。それも彼が果たして敬和で感染したのか?考えると、そうでないような気がしてなりません。あのまま続けていたら、感染していない生徒を隔離するという、わけの分からない状態になっていたでしょう。そしてその次の日は、台風が日本列島を直撃して、他の学校は急遽休校になり大変だったみたいです。敬和はその前に休校になっていた為、何の混乱もありませんでした。だから、新型インフルエンザの為に休校にしたのは実質1日だけ。言うなれば最低の日数だけで済んだわけです。あのタイミングを少しでも遅らしていたら、ホンとにやばかったでしょう。校長先生の判断に感謝です。
しかし、君たちのパンデミックは1日だけの休校にも関わらず、なぜか5日分の課題を与えられたところにあるのかもしれない。
(澤野)