毎日の礼拝

校長のお話

2013/01/08

「一見さんはおことわり、モーツアルトはおことわり」(イザヤ書44章21~22節)

「一見さんはお断り」という言葉があります。聞いたことがありますか。
一見さんというのは、あるお店に何らの面識なく初めて訪れた人のことです。
この言葉の説明でよくされるのが京都の飲食店のシステムです。
「支払いはツケが原則なので、身元のわからない一見さんだとトラブルの元になる」とか、「好みのわからない一見さんだと、もてなしのし様がない」がこの言葉の意味でしょう。
もう少し肯定的に言えば「馴染みのお客さんに、気持ち良く過ごしてもらうため」でしょう。
食べたり飲んだりする場所は雰囲気が大切です。
そこによく通うのは雰囲気が気に入っているからです。
そこへ雰囲気の異なるお客が入ると、もう、雰囲気はぶち壊しで、来なければよかったと思います。
そういう意味で、「一見さんお断り」は不思議なようで、なかなかいいシステムです。

私がなぜ「一見さんお断り」の話から始めたかといいますと、それはある絵本に出会って、まず思い浮かべた言葉だからです。
その絵本とは「モーツアルトはおことわり」です。
イギリスとのマイケル・モーバーゴという人の作品です。
「モーツアルトはおことわり」のタイトルを見た時、私はこの絵本の内容がある程度想像できました。
モーツアルトの曲は弾きませんという音楽家がいて、モーツアルトを演奏するように依頼されたが、自分はモーツアルトが嫌いですと、一見高慢な返事をしているようで、深いところで何か大切な意味を持っている話ではないだろうかということでした。
私の想像はそうは間違っていませんでした。
「モーツアルトはおことわり」はある新聞社の文化部の女性の新人記者であるレスリーが、スキーでケガをした上司の代わりに、世界的なバイオニリストのパオロ・レヴィにインタビューをするところから始まります。
彼女がインタビューにあたって、これだけは絶対にしてはいけないと言われたことがあります。
それはモーツアルトに関する話題は一切にしないこと、プライベートな質問もしてはいけないことでした。
もしそれをしたら、パオラ・レヴィは機嫌を損ねて、途中で取材が中止になるかもしれないということでした。
にもかかわらず、レスリーは有名なバイオリニストを目の当たりにした途端、頭の中が真っ白になって、用意をしていた質問をすっかり忘れて、思わず言ってしまいました。
「モーツアルトの件についての質問はダメだと言われました。どうしてかは知りませんし、モーツアルトの件そのものが何かを知らないので、質問のしようもありません。とにかく、お好きではないと聞いておりますので、その質問はいたしません」。
この一言によって、すべてはおじゃんになったかと思われたのですが、パオロ・レヴィは何かを決心したようにある物語を話し始めたのです。

1950年生まれの彼が生まれる10年以上前のことから話は始まりました。
彼の父親は床屋でした。
父親の職人としての腕は一流で、鋏の使い方は、リズミカルで、その音はまるで音楽を奏でているようで、お客さんはうっとりと演奏を聴いているように気持ちよくなるのでした。
それもそのはず、父親はもともとバイオリニストだったのです。
ユダヤ人であった父親と母親はナチスドイツによって、大勢の人たちと一緒に強制収容所に送られます。
そこでガス室に送られるはずだったのですが、収容所で音楽家を集めてオーケストラを作ることになりました。
目的はドイツ軍の将校を楽しませるためでしたが、それだけではなく、強制収容所に到着する貨物列車から降りて来る大勢のユダヤ人たちを長い旅の後、シャワー室と言われてガス室へ送られるひととき、オーケストラが音楽で収容者たちを癒すためだったのです。
そのため選ばれた曲はモーツアルトの明るく軽やかなものに限られました。
やがて戦争が終わり父親と母親は解放され、父親の生まれ故郷であるイタリアのベニスに戻ってきたのですが、父親は大勢の同朋が虐殺される中で、バイオリニストであったために死なずに済んだことに後ろめたさを覚え、また殺されていく人々の安心させるために、自分はナチスの手先になったという思いがあって、音楽を辞めて床屋になったのです。
息子であるパオロ・レヴィはひょんなことから年輩のバイオリニストに出会い、音楽家としてのたぐいまれな才能を見出されます。
やがてバイオリニストとして生きていくことをゆるした父親ですが、ただ一つ許さなかったことがあります。
自分の前では絶対にモーツアルト弾かないでほしいと、そしてコンサートで多くの聴衆を前に弾かないでほしいということでした。
父親の強制収容所での過酷な体験を知ったパオロ・レヴィは約束通り、どんなに頼まれてもモーツアルトを弾くことはありませんでした。
そうした物語がインタビューの中で語られたのです。
「モーツアルトはおことわり」は言い換えると「戦争はおことわり」です。
モーツアルトを演奏しない、ということを通して二度と戦争をしてはならない、起こしてはならない、という強い思いがタイトルに込められているのです。

新しい年が始まりました。
私たち一人ひとりにはそれぞれ自分だけの課題や目標があります。
それにしっかり取り組みたいと思います。
そして同時に共に考えなければならない課題や目標があります。
「モーツアルトはおことわり」が教えてくれること、それは忘れないということです。
私たちには忘れてはならないことがあります。
3.11東日本大震災、福島第一原発事故によって、多くのものを奪われ、傷ついている人が大勢おられること、同じ時代に生きていることです。
それを忘れないとの気持ちを強く持つことが今を生きる私たちの責任だということです。
大災害は突然襲ってきます。
一見さんのように、頼みもしないのに突然やって来ます。
しかも土足で入り込んできて、多くのものを奪います。
深い悲しみや傷を残して去っていきます。
戦争はもっとひどい形で入り込んできます。
戦争は一見さんです。招かざるお客です。
戦争や紛争に対して「一見さんおことわり」という思いを一人ひとりが強く持つことを、神様は私たちに求められています。それにしっかり応える自分でありたいと思います。