のぞみ寮通信

みぎわ館

2009/10/16

みぎわ館 第18号(10月15日)

<のぞみ寮にも新型インフルエンザが襲来・・・!> 

 
 9月27日(日)だったと思います。昨年度まで相談室の先生をされていた大崎先生と東中通教会でお会いしました。その時に、「寮はどう?インフルエンザは?」と聞かれ、「幸運にも今のところはゼロで、みんな元気にしています。」と答えました。世間を騒がせている新型インフルエンザ(以後「新型インフル」)も、元気一杯ののぞみ寮には手も足も出せず・・・ふふふ・・・と一人のんきに喜んでいたのもつかの間、それから丁度1週間後の10月6日から、新型インフルの波に・・・いやいや津波!に飲み込まれてしまったのです。

 
 6日には1名だったのが、翌7日には8名にまで膨れ上がっていました。恐るべし、新型インフルの脅威。閉寮が決まり、7日16時30分に寮生全員が友愛館に集められ、休校・閉寮が伝えられ、慌てて帰宅の準備に取り掛かり、18時にはおおよそ半数の寮生が家路に向かいました。(たった1時間ほどで、外泊届を提出し、荷造りし、課題もチェックし、といろいろ大変だったのに、この辺の手際の良さはさすがだね!大変な時なのに、「やるなぁ」なんて感心してしまっていました。笑)

 
 こんな大騒動に、私の頭もパニック状態。外泊届の受付して~、電話対応して~、お金や保険証の受け渡しを対応して~・・・書くと大したことのない事柄なのですが、その時の私はとってもアワアワしていました。そんなとき、2年生Tさんの「先生、大変ですね~。」の一言に、私の頭は冷静に戻れました!ありがとう!!!その時、何と答えたか、実はあまり覚えていません。(ごめんよ!)でも、心の中で「そうなんさぁ、大変なんさぁ。。。む!?大変か?落ち着いてやればなんてことない事やった!何やってんや~私!」と振り返ることが出来ました。

 
 わ~!新型インフル大変!という雰囲気に飲まれて、大変オーラを振りまいていたのがとっても恥ずかしい!!!しかし、そんな時にふっと自分を取り戻させてくれる寮生の言葉掛けは、本当にありがたい限りです。私はこうやって、いっつもみんなに助けられているのだなぁ、とつくづく感じました。

 
 みぎわ寮生は遠方と受験で帰れない1年生1名・3年生6名の計7名が閉寮期間中も残りました。期間中、もちろん外出できません。みぎわ館にこもり、映画を見たり、ピアノを弾いたり、パソコンしたり、アップルパイカスタード入りを上手に作ったり、コスモスコンサートの準備に精を出したり、もちろん勉強したり・・・いろんなことをしていました。しかし、普段から行動派な彼女たちが、館内缶詰状態で満足するまで楽しめるはずがありません。9日(金)の夜には「まだ2日しか経ってない!」「みんな、帰って来て!」「やることない~!」と発狂していました。(笑)。(この期間の出来事については、来週礼拝のお話で聞けるかもしれません。楽しみですね!)

 
 みぎわ館では帰宅した後、閉寮前日まで国体の補助役員で4日間も働きづめだった1年生村井優希乃さんが新型インフルにかかってしまいましたが、普段よりハイテンション(?)で関節などの痛みはなく過ごせたということで、ほっと一安心。14日には元気に帰寮してくれました。おかえりなさい。

 
 他のみんなはとっても元気に帰ってきました。帰寮日前日の夜に、体調いかがですか?の電話にも、「絶好調です!」と答えてくださった保護者の方も多くいらっしゃり、その返答を聞くたびに私たちスタッフの気持ちもどんどん絶好調になりました。とにもかくにも、みんなが元気で帰ってきたこと、無事スタートできたことに感謝です!

 
 しかし油断は禁物です!館で一人発症すれば、館内まん延する可能性は大!です。館内には受験生もたくさんいます。コスモスコンサートに向けて頑張っている人たちもいます。そして何より、21日からはテストも控えています。新型インフルにやられている場合ではありません。うがい、手洗い、マスク着用を徹底して防御してください。罹って一番しんどいのは本人ですからね。みんなが元気に過ごせますように・・・。

(森口)

 

 

 

 
<礼拝のお話> 
F.I. (1年)
 みなさん、こんばんは。14室のF.I.です。今回は、初めてのお話なので何を話そうか考えたところ、もう知っている方も多いと思いますが、自己紹介をしようと思います。お聞き苦しい話かもしれませんが、聞いて下さったら幸いです。
 名前、F.I.。誕生日、12月24日生まれ。血液型B型。星座、やぎ座。出身地、新潟県三条市です。細かく言うと旧下田村出身です。下田村は山に囲まれて、とても自然の多いきれいなところです。
 家族は、全員で7人と5匹で暮しています。おばあちゃんのナツ。もうほとんど寝たきりです。両親は、大工の父・昇、会社員の母・友子です。そして我が家は4人姉妹なのです。県外で働いている長女の恵、高校2年生の次女の睦、そして三女の私と中学校1年生の四女の岬の4人です。これが私の家族です。 これでお話を終ります。(10月12日)

 

 

U.S. (3年)
 みなさん、こんばんは。10室のUです。いきなりですが、みなさんはシルバーウィークはどのように過ごされましたか?私は3日間総踊りに参加してきました。3年生の私たちにとって高校生活最後の総踊り、そして部活動でした。今日は私の3年間の部活生活についてお話したいと思います。

 
 1年生の4月に私はよさこい同好会“祈愛”に入りました。バレー部と迷っていましたが、先輩からの強い誘いもあって、入部を決めました。昔から姉にダンスが下手だと言われ続けていたので、上手くなって見返してやりたいという気持ちもありました。

 
 学校・寮・部活と全てをこなしていくのは大変でした。中学ではろくに運動をしていなかった為、体力もなく、付いて行くのに精一杯。また、本当に才能がないので、振りを覚えられず焦っていました。毎日、部活に行くのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。けれど、中学で部活を続けられなかった分、高校は3年間やり遂げようと心に決めていたので、毎日思い体を引きずりながら部活に行きました。自分を何とか励ましながらやっていくうち、少しずつ“よさこい”が分るようになりました。

 
 私にとって初めてのイベントは、なんといきなり総踊りでした!総踊りまでの練習はかなりハードでした。夏休みには3日間合宿があり、朝から晩まで踊りました。合宿はとてもきつかったけれど、先輩とも仲が深まり楽しかったです。この合宿で得たものは大きく、その後の部活動でも役立ちました。

 
 初めてのフォーメーションの場所は、実は一番後ろでした。それも私1人だけ後にはみ出るのです。自分の中ではかなり頑張ってきたと思っていたので、発表された瞬間涙が出そうになりました。でもそのすぐ後で、外部講師のあやさんが「あえてこの場所だよ1年生の中で1番早紀の踊りが好き。だから一番後ろで盛り上げてほしい。任せたよ。」と言ってくれました。自分の頑張りが認められていたのだと、本当に嬉しくなりました。後ろというのはやっぱり悔しかったけど、その分誰よりも輝いてやろうと思いました。“どんな場所でも自分の精一杯を!”がその時からの私の信念です。

 
 1年目の総踊りは、演舞数も多く一日一日が長く感じられました。まだまだ祭りを楽しむ事はできませんでした。それでも最後の演舞では、大好きな3年生と踊れる事はもうないのだ、と思うと踊りながら涙が出てきました。下手だったかもしれないけれど、気持ちだけは込めて踊りました。一度だけでも前で一緒に踊りたかったな、と思いました。

 
 総踊りを経験した事で、私の意識が変わりました。それまでは、やらされていた部活だったのが、自ら積極的に練習に参加し、寮でも筋トレやストレッチを毎日欠かさずにするようになりました。早く部活がしたくて体がうずうずし、放課後が毎日待ち遠しかったのです。総踊り後、新しい代になって初のイベントは雪っ子祭りという地域のお祭りでした。この時、私は念願の1番前の場所を勝ち取りました。ずっと目指していたところだったので嬉しかったです。演舞は大成功に終りました。お互いの声を聞きながら、祈愛全員が一つとなった感覚がありました。この時期は部活が本当に楽しくて仕方なかったです。

 
 しかし、この頃から腰痛に悩まされるようになっていました。毎日、イスに座っていることさえ辛いぐらいでした。私は、徐々に不安になりました。このまま続けて大丈夫だろうか。将来、腰を悪くしたらどうしよう。親からもやめたらどうかと言われ、本気で退部を考えました。でもよさこいが大好きになっていたし、仲間の事がいつも思い浮かんで、どうしても辞める事はできませんでした。病院に行ったりしながら腰痛と戦っていきました。

 
 2年生になると、やる気が落ちていきました。フェスや海外教室、1年生の指導の為に自分で踊る回数が減った事が原因だったと思います。総踊りにも気持ちが向かず、疲れも溜まっていて、とりあえず乗り切る事だけを目標にしていました。でも総踊りはやっぱり特別で、結局本番は思いっきり楽しみました。昨年同様に、最後は泣いてしまいました。1年目より余裕があり、総踊りの熱さを更に感じる事ができました。

 
 39thが引退すると、私は会長になりました。なんだかもうここからは色々ありすぎて話しきれません。とにかく、悩んで悩んで悩みました。先輩・後輩・先生から、プレッシャーに押しつぶされそうになり、部活に行く事が恐くなった時もありました。自分のふがいなさを申し訳なく思い、本当に私で良かったんだろうか、みんな会長を代わってほしいと思っているんじゃないだろうかといつも不安でした。正直、何もかもから逃げ出したかった。

 
 本当に毎日悩んでいました。だから、悩みすぎてそのうちバカらしくなったのです。ウジウジしていてもしょうがない。やれることをやろう!と思うようになりました。それでもやっぱり辛くなる事も何度もありましたが。。。

 
 やっとの想いで迎えた3年目の総踊り。最高でした!踊り終わった後、たくさんの人が「よかったよ!」「感動したよ!」と言って拍手してくれました。今回、祈愛が踊った“七彩”という曲を教えてくださった山鼓童というチームの方々は私たちに手作りの“勝手に個人賞”メダルをくれました。それから、“踊ってくれてありがとう”って抱きしめてくれました。

 
2日間付き添って下さった小田中先生は、「祈愛が敬和になくてはならない存在だ」と言ってくれました。OBやあやさんも最高の演舞だったと言ってくれました。
 祈愛に出会えてよかった。心からそう思いました。

 
 3年間、辛い事・苦しい事ばかりだったけど、それ以上に私は祈愛が大好きになりました。祈愛として踊れた事、祈愛の会長をやれた事、この先もずっと誇りに思います!祈愛のみんな、今まで支えてきてくれた全ての人にありがとう!(9月)