のぞみ寮通信

大望館

2012/12/03

大望館通信 第200号(12月1日)

< テスト >

 毎回のことですが、テスト前の君たちの姿はどこに行っても自慢することができます。この時だけは、“お勉強の出来る高校生が通っている高校の寮”っていう感じです。
 学校見学に来た中学生を寮に案内する時、一番初めにホールを見せ、私はこう言います。「ここで寮生は勉強しますが、よく勉強しますよ・・・。テスト前は」
 見学に来てくれた中学生は「ふ~ん」とうなずくだけですが、一緒に来られた保護者の方は目を輝かせている気がします。
 ついでに付け加えます。「学年が上がるにつれて、勉強はするようになります。」中にはそうでない人も残念ながらいるんですが、ほとんどがこれに当てはまります。中学校の時には一切机に向かったことがなかったけど、2年生になってからやるようになったんだ。なんていうメンバーは必ずいます。現に2年生のRI君なんかはそうなんじゃないでしょうか?
 今日はちょっとこの事について検証してみました。義務教育の中学校とは違い、高校になったら現級留置きなんてシステムがあります。いわゆる留年というやつです。「そんなことでは進級できないぞ!!」そんなことを高校になって言われた人はいるんじゃないでしょうか?今言われている人も居ると思います。周りから、「お前ヤバいぞ」そのヤバいは何がヤバいのか?間違いなく、原級留置きになるかもしれないヤバさです。
 中学生時代、勉強をするということが日常になかった人が一年生から二年生に上がる時、進級の為に自分の最も苦手とすることと、真剣に向き合います。そこで、「もう無理」といって去っていく人もいることは事実です。それだけ必死になる事を要求される人も出て来る訳です。
 そういう人が、やっとの思いで2年生になった時、「もうあんな思いをするのはイヤだ」という事を口にします。では、どうしたら良いことやら・・・。その結論が、とにかく赤点を取らないようにしようと努力するようになります。テスト一週間前だけでもきちんと勉強しよう。そんな気付きを与えられるのです。
 で、やってみると意外に点数が取れます。やればやるだけ点数が取れます。結果がでるということが少し嬉しくなり、楽しくなります。「もしかして、俺ってバカじゃなかったのかも。次はもっと頑張ってみよう」そんなことを感じ始め、頑張っているのがRI君です。
 次のステップは、テスト前の一夜漬けではなく、普段から・・・。これが出来ると最高です。
 ついでに次は普段からやっている人のあるエピソードを紹介しましょう。 (澤野)

 

 

 

 

< 自己アピール >

 彼は決して勉強が出来るという成績で入学してきたわけではございません。むしろ、勉強というのは彼にとって大きな課題だったはずなのです。特に数学においては・・・。
 でも、どうでしょう?毎回、テストの終わった後の職員会議の中で配られる成績表に目を通してみると、彼の名前は何故か上位にあるではないですか。何故?
 彼が勉強をしている姿をこの2年半の寮生活の中で目にした事は、私の記憶の中では2回だけ・・・。試験前でもほとんど机の前に座っている姿は見たことがない。しかも、机の上も勉強するという環境には全くなってない。なのに何故?
 その答えは、彼が書いた、大学受験の願書に添える自己アピール文にありました。ちなみにこれは担任のT先生にさすがにダメ出しをされて書き換えたみたいです。
 お題は、「普段の勉強について」みたいな事を書く欄があったそうです。彼は、授業中をはじめ普段の勉強をしっかりやってるからこそ、テスト前に焦って勉強しなくてもいいんだということを自負しておりました。その事を書こうとしたのですが、書き方が、彼らしく思いっきり「上から」目線。
 「私は、授業をはじめ普段から真面目に勉強に取り組んでいます。その甲斐あって、試験前になって焦って勉強することはありません。試験前にだけ勉強している人たちの気がしれません」的な事を堂々と書いていたらしいです。しかも、その文章で満足して、それを本当に願書に添えて出そうとするんだから、その自信は半端ではありません。でも、さすがは担任、T先生。
 「君は大学に合格する気はあるのか?」とバッサリ切られ、書き直しを命じられたらしいです。このやり取りを後から聞いて、自分だったらどうするのか?少し考えてみました。まずは、教師という立場に立って考えた時、あの彼を説得して、せっかく作った文章をボツにして書き直しをさせる労力を考えた時、私には無理です。多分、「思い切ってこれで行こう!」とそのまま出させたのではないでしょうか。高飛車な文章を書いてくる彼が悪いんです。
 次に本人になって考えようとしたんですが、どうあがいても、あんな高飛車な文章は私には書くことができません。自分の進路のことです。一生がかかっている大一番の文章で普通なら無理です。他人が書いて、これで行けと応援は出来ますが、自分のこととなれば話は違います。
 ということで、結論は普通なら無理だということです。でも、彼は大真面目にそれを書きました。それは彼が、普段からきちんとやってるんだという自信の表れであると思います。そう考えれば、見習うということもしていいのかもしれません。
 普段からきちんとやっていると、彼の様に何事にも堂々と前向きに生きて行くことができるのかもしれませんね。みなさんもどうでしょう、ちょっとだけ見習って、普段からきちんとやってみませんか?(澤野)