のぞみ寮通信

みぎわ館

2012/11/26

みぎわ館 第146号(11月19日)

< 友達って何だろう? >

 「友達ってなんだろう?」誰もが一度は疑問に感じたことがあるのではないでしょうか。あるみぎわ館生が、「“友達って何だろう?”って思ったとき、読んだ本にこうあったんだ。」と教えてくれました。ーワイワイはしゃぐだけじゃない。沈黙があっていい。沈黙の中でも一緒にいられる。「私たち友達だよね。」って確認し合わなくても、互いにそう認識している。ー
  「1年生の頃と比べるとテンション下がったなー。」と3年生は言います。「昔は、無理に明るくして猫をかぶっていた。そうしないと、友達ができないと思って。」私もそうだったという人、多いのでは??
 入寮当初は皆、不安の塊。“自分を良く見せよう”“嫌われないように相手に喜んでもらえるような反応をしなきゃ”と、本来の自分とは違った自分を装いがちです。しかし、それでは身も心もへとへとに。価値観の違い、感じ方の違い、喜びポイント・悲しみポイントの違いにぎくしゃく。悲しみや腹立ちを上手く表現できずに溜め込んでみたり、「これで分かってよね!」と態度に表してみたり。それではやっぱり伝わらないけれど、これからずっと関わらない訳にもいかないと気がついたところから、自分の本音を語る作業が始まるように思います。
 「実は、こんな風に感じていて・・・」「私は、こんなことに傷つくんだ・・・」「そんな風に思わせていたなんて、ごめんね。言ってもらえて良かったよ!ありがとう。」腹を割って話し合い、“ごめんね”と“ありがとう”を繰り返しながら、素の自分を出せるようになり、それが磨かれていくのですね。
 「無理して明るく振る舞わなくても大丈夫なんだって分かったし、安心して過ごせるようになった。」と語る3年生。それでも、行き違いや衝突がなくなるわけではありませんが、確実に成長しています。相手のことを思いやる気持ちが大きくなり、考えの幅が広がり、言葉や伝え方が変わり、より深く理解し合うようになっています。
 何気ない日常生活の中で、自分の変化を振り返り、語り合えること、安心してケンカも仲直りもできることを嬉しく思います。3年生の寮生活もあとわずかになりました。1、2年生のためにも、3年生の想いと言葉を届け、その姿を見せて欲しいと思います。(冨井)

 

 

 

 

< ホール勉 >

 寮生の夜は、健康的!消灯22時30分。各階の担当の寮生が廊下や階段の電気を消した後、一部屋ずつ部屋の大きな電気を消して回ってくれるのです。暗くなった館内ですが、完全消灯の23時まで机とベッドのスタンドは使用できるので、ウトウトしながら就寝前の読書(小説やマンガ!)をしたり、日記を書いたり、「あとちょっと!」と勉強したり、共同テーブルを囲んでムーンライトパーティーを楽しんだりしています。
 そんな中、もっと勉強したい!という想いを実現できるのが、ホール勉。消灯までに寮生手作りのホール勉ノートに名前を記入すれば、消灯の22時30分から24時までみぎわホールで勉強することができるのです。自分で希望して勉強しに来るだけあって、何人いようと、皆一人になって静かに集中して課題に取り組んでいます。また、静まり返る空間をつくるためにしている工夫があります。それは、23時までにホールに入らなければ、ノートに名前を書いていてもホール勉ができなくなるというものです。既に勉強を始めている人の邪魔にならないように、自分たちで考えた約束事です。やるなら1時間は集中してやろう!という想いも込められていることでしょう。
 ある日、一人の2年生がホール勉ノートを前に「私、まだホール勉したことないのー。だからやり方分からなくて。」と話すと、隣にいた2年生が、「今日、私するから一緒に行こう。まず、ここに名前書いてね・・・」と教えてくれていました。その夜、始めてのホール勉を終えた彼女は、何だか恥ずかしそうにニコニコしながら「おやすみなさい。」と部屋に戻っていきました。それからというもの、毎晩のように静かにホールで勉強しています。
 更に驚くことに、休日の昼、用事があってホールへ行くと、先の二人が肩を並べて勉強していたのです。顔を上げた二人は“褒めて!”とばかりに満面の笑みを送ってくれます。その笑顔の可愛らしさと、爽やかな光景、素晴らしい!
 すっかりはまりましたね。ホール勉に。彼女の中で、どんなことが起きたのでしょう。目標ができた、夢を見つけた、分からなかったことが分かる面白さ・知らないことを知る面白さを味わった、友人と共に学ぶ喜びを知った、など、“あれかな?これかな?”と想像しつつ、自分のために勉強の時間を大切にする姿を見せてもらえることを嬉しく思います。
 二週間後に迫った第四定期テストに向けて、この爽やかな学びの輪がみぎわ館全体に広まることを期待しています。(冨井)

 

 

 

< 礼拝のお話  >

*Y.M.(1年生)

 茨木のり子さんの『倚りかからず』という詩と出会ったのは、小6くらいの時でした。当時の私は、自分に自信がありませんでした。普通に生活をしていても、周りの評価が気になって、自分自身で考えることができなくなっていきました。
 そんな時、友人に勧められたのがこの詩です。「自分の耳目 じぶんの二本足のみで立っていて なに不都合のことやある」と読んだ瞬間、今までの考え方の愚かさと、いかに周りに依存していたかに気がつきました。周りに頼ってばかりで、自分の目でしっかり見ようとも、自分の足で立とうともしていなかったのです。
 それから私の考え方は、一変しました。自分自身を認め、ものごとを自分で決め、芯を持っていきたいと思うようになりました。まだまだ依存する心が抜けたわけではありませんが、寮生活でたくさんの意見に触れながら、自分の考えと自分を認める心を忘れずに、日々の生活を送っていきたいです。