のぞみ寮通信

みぎわ館

2012/11/20

みぎわ館 第145号(11月12日)

< ☆ミーティング☆ >

 2012年も残りわずか。「もう冬が始まるね」と声をかけると、「今年は秋が短かったなあ」なんて声もちらほら聞こえます。あっという間に11月も中旬です。クリスマスに向けてのキャロリングの練習や、寮クリスマスの準備も始まってきています。
 先日、1年生ミーティングが開かれました。入寮から7ヶ月が経ち、寮での生活も板についてきた1年生。4月には先輩です。「1年生が入ってきてからでは遅いから、早く仕事を覚えよう!あとで困ると大変だからね。」なんて言いながら、食事当番の流れをもう一度確認し合っていました。「今日は勉強したいから、9時までに終わらせよう。」と言っていたので、もう終わるのかなあと思っていたところ、「久しぶりのミーティング。最近みんな忙しくて提案や問題提起が上がってこない気がする。信頼関係がうすくなっているのかな。さびしい。」という声があがりました。その声をきっかけに、これからの1年生の関わりについての話し合いがされました。「興味をもたなきゃ、話さなきゃと思ってするものじゃない。そういうのは自然に出てくるものだよね。」、「基盤の関係はできているのだから、もう1段階上の新しい関係作りを始めなきゃ。」と話し合いが進んでいきました。
 どうなるのかなと見守っていると、「一人ひとり感じ方が違うよね。忙しくて関われていない現状も確かにある。けれど、そういう風に感じている人がいるのも分かったよね。これからちょっとずつでもいいから話すきっかけを作っていこうよ。」と意見がでると、「礼拝の椅子出しの前に早めに集まって、しゃべろうよ。」、「自分のことで忙しすぎて面倒くさいとか言ってごめん。もっとみんなと関わりを持ちたいな。」と空気がほぐれていきました。
 ミーティングをやってよかったなあと感じました。自分の考えていることを話すのはとても勇気がいることですが、それを受け止めてくる人がいると思うと少し勇気が湧いてきますよね。言葉に耳を傾けることは、話している人を受け止めてあげること。自分の声を聞いてくれる仲間がいる。ミーティングの場は、今よりもっともっと関係がよくなるためにあるのだなあと改めて感じました。
 “もし明日卒業するとしたら、悔いは残っていないですか?”自分が思っているよりも、時間は意外と短いものです。まだ時間があるからと先延ばしにするのではなく、この時この時を大事にしてほしいと思います。(有田)

 

 

 

 

< 朝の呪文♪ >

 みぎわ館では様々な役割をみぎわ寮生たちが担い合って、館運営をしています。その役割の一つに「おはよう放送」と言うものがあります。それは、2年生たちが毎朝7時に交代で「ピンポーン。『みなさん、おはようございます。今日も1日元気に過ごしましょう!』ピンポーン。」という、朝一番の放送でみんなを起こす役割です。その放送の後には10分間ほど音楽も流します。自分の好きな曲、リクエストがあった曲、おもしろい曲など、流す音楽一つにしても毎朝かなり思考を凝らしているようです。
 放送のコメントも、ここ最近、いろんな言葉が増えてきたように感じます。「今日も1日楽しく過ごしましょう!」「今日も寒いです。風邪をひかないようにしましょう!」「今日もいい事がありますように!」などなど、その日その日で、その役割を担ってくれる2年生たちの願いや心情が反映されたステキな言葉でみぎわ館の1日が始まります。
 毎朝、「今日も一日元気に過ごせますように!」という仲間の優しい呪文と共に起きられることも、寮生活の嬉しい一コマです。3年生はあと何回、この呪文を聞くことが出来るでしょう?実はもうすでに50回もないのです。そう思うと、寮生活では当たり前に流れるおはよう放送も、とっても貴重なものである事に気付かされます。今日は誰が担当なんだろう?どんな呪文で、どんな音楽が流れてくるんだろう?そう考えると、朝からワクワクした気持ちで目覚めることが出来るかもしれません。当たり前のようで、実は全てが特別な寮生活。ここで出会う全ての事に、嬉しくなるような要素がいつも備わっている事を忘れずに、今日もみんな笑顔で過ごせますように! (森口)

 

 

 

 

<  礼拝のお話  >

*N.E.(1年生)
 みなさんの「土台」は何ですか?聖書のマタイによる福音書の中に「山上の説教」という箇所があります。これは、最近聖書の授業で学んだところです。この山上の説教は5章から7章まであり、イエスの説教集のようなものです。その中で私は「家と土台」という箇所がとても印象に残っています。
 「家と土台」は山上の説教の中の最後の例え話です。これには2人の登場人物が出てきます。イエスの言葉を聞いて行う者と、聞くだけで行わない者です。言葉を聞いて行う者は、岩の上に自分の家を建てた人に譬えられ、言葉を聞くだけで行わない者は、砂の上に自分の家を建てた人に譬えられています。岩の上に建てた家は、雨が降り、川が溢れ、風が吹いても倒れませんでした。しかし、砂の上に建てた家は、雨が降り、川が溢れ、風が吹くと倒れ、その倒れ方はひどかったとイエスは語りました。
 ここでイエスが私たちに伝えたいメッセージは何でしょうか?岩と砂の違い、つまり、建っている場所の違いです。これを聖書の授業で学んだ時、「あなたは何の上にたっていますか?」という質問が先生から投げかけられました。この「たつ」とは、建物の「建つ」でもあり、起立する「立つ」でもあります。つまり、「あなたを支えているものは何ですか?」という質問です。私はこの質問が投げかけられた時、答えが見つかりませんでした。みなさんは何の上にたっていますか?何に支えられていますか?
 私はこれから、私の土台はこれだ!と自信を持って言えるものを見つけるために、寮生活・敬和生活・仲間との関わりをしっかりしていきたいと思っています!



*S.A.(1年生)
 みなさんは今、悩みがありますか?悩みと一言で言っても、その悩みの種類は様々でしょう。性格の事、容姿の事、人間関係の事…他にもいろいろあると思います。また、その悩みの大きさや悩む時間や頻度、解決方法なども人それぞれです。そして、悩まない人などいないでしょう。実際私は悩まない日が無いほどです。
 では、悩んだ後の解決方法はどうしていますか?中学までの私は、考えすぎてネガティブになり自暴自棄に陥り…と悪循環の中に居ました。しかし敬和に入学し、周りの人たちの悩みを聞き、考え方を知り、乗り越えてきた道のりを知り、くよくよしていても何も変わらないんだ!と気付けるようになりました。そして、聖書にも試練と共に脱出の道を神様は備えてくださると書いてあることを信じて、答えが見つかる日を信じて待ちながら日々色んな事に挑戦していきたいと思えるようになりました。
 私は周りの人たちに悩みを聞いてもらったり、くよくよと悩んでしまう日もまだまだたくさんありますが、ここで出会い知ったたくさんのことを活かして、前向きに明るく生きていける人になりたいと思います!