自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/10/24
< 寮体験プログラム
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今年も寮体験プログラムの季節がやってきて、みぎわ館に、二人の一年生が加わってくれました。磐梯クラスのK.Cさんと、弥彦クラスのO.Yさんです。日曜の夕食から金曜の朝食までの5日
間のプログラム。通学生の二人にとっては、寮生活の一つ一つが初めての体験。同室の1、2年生はもちろんのこと、1年生全員が中心になって、しっかりサポートしてくれていました。二人に「みぎわ館に来てよかった!」と思ってもらえるように、皆も「みぎわ館に来てもらえてよかった!」と思えるように、たくさんの時間を共有することができました。


まずは、二日目に行われた1年生ミーティング。車座になった皆が手にしているのは、入寮の時に先輩からもらったネームボード。寮体験にきてくれた二人にも、同室の1年生が用意してくれていました。部屋ごとに自己紹介と部屋紹介を行いましたが、近況を交えながら上手に自分をアピールできることに驚きました!入寮してから半年、敬和生活と寮生活の中で自分について語れることが増え、関係を築いていっていることを嬉しく感じました。
部屋の紹介の場面では、仲間の話しを通して「そんな風に過ごしているの!?」と参考にしたり、「今の部屋の先輩たちと離れるのは嫌だけど、次の部屋替えでは、どんな先輩と出会えるんだろう!」と楽しみにしたりしている様子がありました。
KさんとOさんから自己紹介してもらった後は、皆から「部屋の印象は?」「みぎわ館ってどんな感じ?」といった質問攻めが始まりました。「分からないことだらけだけど、皆のおかげで楽しく過ごせています。」「始めは不安だったけれど、来て良かった。」との二人からの答えに大喜びでした。
週の半ばの水曜日には、4館合同で今回の寮体験に参加してくれた7名の歓迎行事を行いました。新行事委員の2年生たちの初舞台でもありましたが、みぎわ館行事委員の二人も大活躍でしたね。手つなぎ鬼に、借り人競争、大縄とびを4チームに分かれて必死に遊んで競う姿に、こちらまで楽しくなりました。
歓迎行事は、まだまだ終わりません。翌日のみぎわ館行事に続くのでした!盛りだくさんの5日間、寮生活や色々な行事を通して学校とは違う一面をたくさん知ってもらえたのではないでしょうか。一緒に過ごした日々が、お互いの学校生活、寮生活の充実と、関係の深まりにつながりますように。(冨井)


< ケンカするのが楽しみ?!
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先日、事務室に遊びに来た数人とおしゃべりしていると、「私たち、この先、ケンカする予定なんです。」どういうこと?と聴いていくと、どうやら、今は仲良くやっているけれど、いずれケンカする時が来るから、その心積もりをしているとのことでした。「へー!面白いこと考えているね!」と答えると、予想される場面を演じてみてくれました。
「ねえ、何であんなこと言ったの?」「そっちこそ○○じゃん!」「そういうところが嫌なんだよ!」・・・とドンドン続きます。笑っていいのか迷いながらも大笑いしていると、「でもね、先生、ケンカするけど、大丈夫だから!何だか、関係修復できるっていう自信があるんだ!」と力説してくれました。「ケンカしたらさ、先生たちのところに相談に来るからね。あ、事務室前ではち合わせたりして!『私が先に予約してたし!』ってぷいってやろう。」「私もそうしよ。こんなの本当にそうなったら“あの時言ってた通りだ”って笑っちゃいそうだね。アハハハハ!」
普段から、色々な場面で色々な人から「本音をぶつけ合った方がいい。」「何もないより色々あった方がいい。」「せっかくの寮生活、上辺だけのつきあいじゃなくて、腹を割って話さなきゃ。」といった言葉をもらっている寮生。「いつか私も・・・」と、本音をぶつけあうその時を心待ちにするなんて、なんて可愛らしいのでしょう。その時は、想像以上にドロドロしていたり、辛い思いをしたりするかもしれませんが、“同じような経験をした先輩や仲間に囲まれて暮らす皆なら、きっと乗越えて成長につなげられるから大丈夫。”とこちらも何だか自信を与えられました。(冨井)






< 礼拝のお話 >
*W.M(1年生)
皆さんにとって友達とは何ですか。こんな質問をする私ですが、実は私にもはっきりとは分かりません。それどころか、考えすぎると、自分には友達がいないのではないかと思ったこともありました。
小学校や中学校の道徳では、「悪いことをしたら叱ってくれる人」「本当のことを言ってくれる人」が本当の友達だと言われましたが、ほとんどの人は、「一緒にいて楽しい人」と認識しているのではないでしょうか。どれも間違ってはいないと思うのですが、私は、いつも何か物足りない気がしていました。
しかし、最近、その足りないものが見つかりました。それは、「自分が素でいられる人」です。修養会での消灯後、友達とガールズトークでとても盛り上がりました。疲れて「そろそろ寝よう」となった時、友達が私に「Mといると、安心して自分が素でいられる。」と言ってくれました。私は、とても嬉しくなりました。私もその友達に対して同じことを思っていたからです。
私は、本当に思っていることを相手に伝えることが苦手で、「どう思う?」などと聞かれると、困ってしまうことがあります。適当に答えを考えて、思ってもいないことを言ってしまい、後で話しを合わせるのに少し大変な思いをすることも少なくありません。敬和に来て、寮に入ってからも、できるだけ人と話さないようにしたり、今までと同じように適当に人の話しに合わせたりしていたのですが、なぜか本当に思っていることがバレてしまうのです。
少しずつ自分を出すようになり、家族といる時と同じくらい、素でいられる友達がみぎわ館にできました。自分が素でいると自然と心も楽になります。そういう意味で、友達とは「自分が安心して素でいられる人」ではないかと思います。これが一番正しい答えだとは限りません。人それぞれの友達の定義があっていいと思います。
ぜひ、皆さんも考えてみて下さい。敬和に来て、個性豊かなたくさんの人と生活しています。たくさんの人とのふれあいを大切にしていきたいと思います。