のぞみ寮通信

光風館

2012/09/19

光風館通信 第341号(9月17日)

< 無欲故に得るもの >

 先週火曜日、寮本部でM先生とこんな会話をしました。私がエミタイのパンを持っていると、「エミタイのチョコレートパンって美味しいですよね」(M先生)、「あ、これチョコレートパンじゃなくて新発売のクリームパンですよ!エミタイの川島さんが“新発売記念に”ってくれたんです!」(三浦)、「え!?もらったの?いいな~!私も明日エミタイ行こう♪」(M先生)、「そ、それってパンをもらいに行くってことですか・・・」(三浦)、「ハハハハハ・・・」(M先生)

 M先生といつものように冗談を交えて話していたのですが、その後、私はT先生に「この会話って日本の昔話によくあるパターンですね」と言いました。昔話によくあるパターンとは、例えばおとぎ話の『おむすびころりん』や『こぶとり爺さん』のような話のことです。
 最初、無欲なおじいさんが無欲ゆえに金銀財宝を手に入れますが、それを知った2番目に登場するおじいさんは強欲ゆえに大変な目にあってしまうという話です。(あ、あくまでもたとえ話で、M先生が強欲だなんて言っていませんよ!)自分中心に考える、楽な方に流れる、欲に負ける、これは昔話の中でだけ起こっていることではありません。みんなが一度は聞いたことのある昔話。あらためてその内容を思い返すと私たちに大切なことを教えてくれていることに気付かされます。

 のぞみ寮での生活でも同じことが言えるのではないでしょうか。つまり、自分中心に物事を考える、楽な方に流れる、欲に負けることがあっては寮生活をする意味が大きく揺らいでしまうのです。もしかしたら、隠れてルールから外れたことをしていても、バレないことがあるかもしれません。しかし、それを“ラッキー”と思うか、それとも“間違っている”と思うかはみんなに委ねられています。だからこそ、私は口うるさくみんなに「バレなければ大丈夫」という考えをもたないようにと警告しているのです。

 先週、1年生がミーティングをもちました。それは今自分たちができていないことを話し合い、今自分たちに何が必要なのかを考えるミーティングだったようです。ミーティングに参加した1年生それぞれが真剣に自分と向き合い、仲間と向き合ったのでしょう。みんなで話し合った結果、1年生が今まで隠し持っていたゲーム機を私のところに持ってきたのです。ドンキホーテのビニール袋に大量に詰め込まれたゲーム機の数に絶句しながらも(今までこんなに隠していたの!?と思いつつ)、今何が必要なのか、みんなで真剣に話し合い、自分中心、楽な方に流れる、欲に負けることに対して「NO!」という答えを出した1年生を単純に「こいつらすごいなぁ!」と思ったし、「1年生にとってこれでやっと本当の意味での寮生活が始められるなぁ」と思いました。みんなのこれからの成長がとても楽しみです!ゲーム機を手放した代わりに、光風館での3年間で1年生のみんなはもっと良いものを手に入れることができるのではないかなぁと思うし、是非そんな3年間を光風館で過ごしてほしいと思います!  
 もし、まだ光風館の中でケータイやゲーム機を隠しもっている人がいたら、今回の1年生の行動に倣って、私のところまでもってきてください。 (三浦)

 

 

 

 

< 連帯責任について >

 先日、光風館では規則違反があまりに多いということで、「10時消灯」になりました。このように、一部の人へのペナルティーが、連帯責任のような意味で集団全体に課されるのは、珍しいことではありません。しかし、規則を守って生活している人にとって、他人の規則違反で不自由な思いをすることほど、理不尽に感じることはないでしょう。実際にどこまで効果があるかは、意見の分かれるところだと思います。
 私の卒業した高校の寮でも、ストーブ使用禁止令、略して「スト禁」と呼ばれる連帯責任ルールがありました。私が過ごしていた寮は構造上火災に弱く(約10分で全焼)、山の中腹にあって消防車の到着に時間(約30分)がかかるため、火災の危険のあるストーブの使用は、厳しく制限されていたのです。例えば、部屋を空ける時は必ずスイッチを切る、消灯時間になったら部屋の外に出す、など。この規則に違反した場合、当該部屋は丸三日、他の全部屋も丸一日の「ストーブ使用禁止」となり、冬の寒い日などは大変つらい思いをしたものでした。これは恐らく、ストーブの使用がそれだけ危険を伴うものであり、何かあれば寮や学校全体に関わる。その重大性を認識させるために、敢えて連帯責任方式のペナルティーにしたのだと思います。ヒーター主流の現在は、どのようになっているか知りませんが…。
 どんな内容であれ、寮(集団生活)の規則というものは、一人が違反しただけで全体に悪影響を及ぼしてしまいます。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」(第一コリント12章26節)とあるように、それが共同生活の本質だといえるでしょう。「誰にも迷惑をかけていない」というのは、自己欺瞞に過ぎません。また、ひとたび例外を作って適用を緩めてしまうと、規則そのものがなし崩しに軽視されていきます。前述の「スト禁」も、私が3年の時は、「体調不良者がいるから」などという理由で適用されない部屋が出始めると、どんどん規則違反が増えていったことを記憶しています。全体へのペナルティーにつながらないよう、規則違反をお互いに注意できる環境づくり、違反そのものを減らす意識づくりを、目指していくことはできないでしょうか。 (和田)

 

 

 

 

< 光風館通信によせて >

 この度、のぞみ寮の体験・見学ということで、光風館に三日間お世話になりました。私自身は敬和学園の出身ではないので、あらゆることが初めてで、新鮮な経験でした。
 寮生のみなさんと接して、まず感じたことは、みなさんとても明るいということです。そして何より、挨拶が素晴らしい。色々なところですれ違う度に「こんにちは」と元気よく声をかけてくださり、とても気持ちが良かったです。挨拶は、社会に出たときに最も重要なことのひとつだと思うので、この調子で継続していってほしいと思います。
 もう一つ感じたのは、寮生同士の仲の良さです。みなさん本当に仲が良いですよね。五十人近い多人数であるにもかかわらず、学年の垣根を越えて、一つの集団としてのまとまりがもの凄く強いと思いました。またその中で、上の学年の生徒が下級生を上手くサポートし、また下級生も上級生に負けじと一人ひとりが意思をもって主体的に動く様子が見受けられ、理想的な上下関係が成り立っているなあと感銘を受けてしまいました。
 他にも、自由時間には仲間とふざけ合ったり、その一方で、時には真面目に勉強をしたり、礼拝を守ったりと、メリハリのある生活が出来ていて素晴らしいと思います。多くの規則があって厳しいと感じることもあると思いますが、それらもきっと将来、何らかの形で活きてくるでしょうから、これからも頑張っていってください。
 今回、このような機会を設けてくださった関係者の皆様、先生方、そして寮生のみなさん、心から感謝致します。のぞみ寮、光風館のこれからに、益々豊かな恵みが注がれますよう、お祈り致します。(青栁 希望)

 

 

 

 

< 礼拝のお話し >

T.H(1年)
 みなさん、こんばんは。9室のTです。今日は自己紹介をしたいと思います。僕は新潟県村上市の岩船というところから来ました。中学校の時は、村上中等教育学校という中高一貫校に通っていました。中学の時の部活は、1年の時は華道部で、2・3年の時は柔道部でした。
 敬和で寮に入った理由は2つあります。1つ目は、兄に「寮は面白いよ!」と言われたのと、もう1つは、中学の時の成績が悪かったので、進学する予定の高校では勉強についていけないと思い、敬和に来て、寮に入りました。寮に入って感じたことは、“家のありがたみ”です。家では、自由に過ごすことはできましたが、寮は不自由だと感じました。寮での生活は慣れましたが、コミュニケーションがまだ上手くできていないので、寮生活で苦手な部分を伸ばしていきたいです。