自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/08/28
8月13日、月曜日いわゆるお盆の初日のことです。
朝7時過ぎに家の電話が鳴りました。
一瞬嫌な予感がしました。
と言うのは4日前の9日の朝にあった電話が理由でした。
その電話は私が今牧師をしている燕教会の86歳の教会員の方が亡くなったというものだったからです。
10日の夜に前夜式、11日の昼に告別式を済ませたばかりでした。
これまでの牧師経験からこうした悲しいことが続きやすいと感じていたからです。
ですから受話器をとって、「ハイ小西です」と名乗るのも、同じような電話だったら嫌だなあという気持ちもあって、むすっとした声だったと思います。
「ハイ小西です」と答える私に、かぶせるように声が返ってきました。
「小西二巳夫さんのお宅ですね。こちら佐渡汽船新潟港です」という事務的なおじさんの声でした。
ホッとしたのもつかの間、何かあったことがわかりました。
というのは前の日の12日の夜7時前に佐渡両津港からフェリーで戻ってきたばかりだったからです。
今年の敬和キャンプを27人の参加者と8人の先生で佐渡教会をお借りして、5泊6日で行ってきました。
ですから、帰りのフェリーで何かあったのかと思いました。
しかし、おじさんの次の言葉は思いがけないものでした。
「小西さん、財布を落とされませんでしたか。屋内駐車場の料金支払い機付近で、午後7時過ぎに見つけた方がおられて、当方の窓口に届けられました」。
「ハァ」と答えるしかありませんでした。
電話は続きました。
「失礼ですが、中身を見させていただき、振込カードに電話番号が記してあったので、電話をさせていただいた次第です。財布を落とされたこと間違いありませんか」。
あわててショルダーバッグの中を確かめて、確かに財布がないことがわかりました。
「何時、取に来られますか。切符売り場でお預かりしていますので、そちらにおいで下さい。それから、一応拾得物として届けられえましたので、6か月を過ぎると拾われた方のものになりますが、そういうこともありますので、こちらが申し上げることではありませんが、何かお礼をされた方がいいと思います」。
「わかりました、午前中10時頃に伺います。お礼もさせていただきます。どうもありがとうございました」。
その頃には電話の最初の声ではなく、何となく上ずったものになっていたと思います。
電話のやりとりの気配で起きてきた妻に事情を説明しました。
ショルダーバッグには確かに財布はありませんでした。
前日の夜のことを頭の中でたどってみました。
新潟港の駐車場で参加者と解散式をして、それから屋内駐車場に自分の車を取りに行き、そのまま学校に戻り、マイクロバスのキャンプの道具をあちこちに戻す手伝いをして、それから遅くなったので、妻と食事に出かけ、帰ってきたら、完全にダウンして、朝まで寝て、その電話で起きたわけです。
その間、一度もショルダーバッグに入れてあるはずの財布を出すことはなかったのです。
そういう自分の行動をたどりながら、別のことに気づきました。
もしどこかの時点で財布がないことに気づいていたら、どういうことになっていただろうか。
財布にはお金だけではなく、クレジットカード、銀行のキャッシュカード、それにキャンプに行くために健康保険証のカードが入っていました。
まずキャンプ道具でごった返している家の中をあちこちひっくり返したでしょう。
それから学校のあちこちを探し回ったでしょう。
食事から戻ってきた時に気づいたとしたら、そのお店に電話をして、当然ありませんと言われますから、それじゃお店の駐車場で落としたのかと、出かけて行って懐中電灯を照らしながら探したでしょう。
家でようやくホッとしているスタッフの先生にも電話をかけて心配させたことでしょう。
それでも出てきませんから、警察とクレジット会社、銀行にもカード紛失の連絡をしたでしょう。
キャンプ疲れに加えて別のしんどさを抱えることになったはずです。
そして多分、その時になっても、自分が佐渡汽船の屋内駐車場で落としたとは、思いが至らなかったでしょう。
結局見つからず、疲れているにもかかわらず、おちおち眠ることが出来ず、朝早くからバタバタしたことでしょう。
それが、財布を落としたことに全く気付かなかったために、朝までじっくり寝ることができたのです。
時と場合によっては、知らなくてもよい、知らない方がむしろ幸せなことがあるのだということに、あらためて気づかされました。
それと同時に、わかったことは、私の生活と存在が、私だけの力で何とかできるものではなく、私の知らないところで守られ支えられていることです。
見えない力が働いているから、生きていられるのだということを、あらためてわかりました。
お盆のために、佐渡汽船近くの駐車場は全部いっぱいという案内表示がずいぶん手前から出ていました。
佐渡汽船近くの駐車場はE,あるいはDゾーンですが、空いているのはAゾーンだけでした。
そこから佐渡汽船の切符売り場まで歩いて20分以上かかりました。
雨が激しく降る中を往復40分かけて歩くことになったのですが、心は軽く、歩くこと自体がうれしかったのです。
私の財布を拾った方は、拾得物の権利を放棄していて、結局名前も住所もわかりませんでした。
ただただ感謝するしかありません。
そういう形で神様の御心が働いたことに気づきました。
そこで私が考えたこと、それは敬和学園の後期を、私自身がまず感謝することから始めようということです。
親切な行為をして下さった方の気持ちに応えるためにも、そして見える見えないにかかわらず、私の生活と命を支えて下さっている神様の御心応えるためにも、まずは感謝することから、人に接し、物事にあたりたいと思いました。
今日から始まる後期前半は12月20日の終業まで、長い期間です。
その1日1日を充実させるためにも、生かされていること、守られていることを自覚しながら、そのことに感謝しながら過ごせたら、どんなにか素晴らしいものになるはずです。
必ずめぐってくる悩みやしんどさも、思いもかけないでやって来る悲しみも、それに度々⑧ことなく、必ず喜びに変えられていくはずです。
それを信じて、2012年度の後期前半を共に過ごしていきましょう。