自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2009/10/01
3年生は広島市へ行き、“原爆”“ヒロシマ”を学習しました。
1日目は原爆ドーム・広島平和記念公園・原爆資料館を訪れ、現場でしか得られない“衝撃”を体感しました。
2日目には6つのグループに別れ、それぞれのコースでの体験から平和の実現のために自分たちは何をすべきなのかを探求しました。また夜は実際に被爆した「坪井直さん」と「月下美孝さん」のお二人からお話をお聞きしました。
3日目には世界平和記念聖堂を訪れ、講師の「森瀧春子さん」から現在イラクや中東において「劣化ウラン弾」による被害を受け苦しんでいる人々の状況について講演を聞き、これからの平和を作ってゆくための知恵を学びました。
<2日目のフィールドワークのコース>
【①碑めぐりコース】
平和公園の中にあるたくさんの碑(誰が死んだかがわかる)を、一つ一つじっくり説明を聞きながら、回る。その説明の言葉の中に、自分と、自分の家族を重ね合わせて聞いてほしい。もし、自分たちが被爆したなら・・・
【②江田島元海軍兵学校コース】
かつて、海軍士官を育成する兵学校が江田島にあった。そして今、江田島には、自衛隊の幹部を育成する術科学校がある。ここで「被爆」が語られることは無い。
「核兵器反対」「戦争反対」とは決して叫ばれることが無い、広島の隣の江田島。
そこにはいったいどういう「考え方」があるのか。
【③軍都「廣島」をめぐる】
「廣島」はかつて軍隊で栄えた町であった。たくさんの人々が軍関係の仕事について給料をもらって生活をしていた。だが、軍需工場で無理やり働かされていた人々もいた。
【④大久野島コース】
今も中国で被害を出し続けている旧日本軍の毒ガス兵器。それら大量に作った島、それが大久野島。この島にはウサギがたくさんいる。なぜだろう?
【⑤韓国・朝鮮人被爆者問題コース】
かつて、日本が植民地にした朝鮮半島。日本企業が大量に進出した。そして、多くの朝鮮企業が倒産し、多数の失業が出た。彼らは仕事を求めて日本に渡った。あるいは、だまされたり、無理やり連れてこられたりして、広島の軍需工場で働かされていた。そして、被爆した。被爆したのは日本人だけではなかった。
【⑥岩国米軍基地コース】
平和都市ヒロシマのすぐ隣の岩国にある飛行場・軍事基地。アメリカ海兵隊と海上自衛隊が使用する。現在アメリカ軍は3000人。戦闘機など57機が置かれている。その飛行訓練の音がうるさい。市民は長年、飛行機の騒音に悩まされてきた。
10回を越える研修会を重ね、多くの時間と労力をこの修養会の準備のために費やしてきた40回生。積み上げてきたヒロシマに対する知識に加え、それぞれが実際に現場に立ち、また本物の証言を直接聞くことで体感したものはとてつもなく貴重なものでした。
40回生はこれからも自分が何をすべきかをさらに考え、話し合い、一人ひとりが平和を創り出す一員となれるように。そして喜びにあふれる営みが行える人になれるように、歩んでゆきます。