自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/06/04
重松清という作家がいます。
この人が書く小説の主人公は、たいていが学校に通う生徒であり先生です。
その一つに「白髪のニール」というのがあります。
主な登場人物は高校の物理の富田先生と生徒だった長谷川君と福田君です。
話は2007年と30年前、長谷川君たちが高校生2年生だった1977年の間を行き来します。
話の発端は1学期の終業日に、富田先生がロックバンドを組んでいた長谷川君にギターを教えてほしい、と頼んだことです。
長谷川君はいつも理科の先生らしく白衣を着ていて、そして見るからにパッとしない雰囲気の富田先生から、意外な頼みをされてびっくりします。
戸惑う長谷川君に富田先生は言いました。
「自分はニール・ヤングの「孤独の世界」「ライク・ア・ハリケーン」が弾けるようになりたい。だからギターをどうしても教えてほしいと頼み込んだのです。
ディープパープルなどのヘビメタ一本だった長谷川君には、そもそもニール・ヤングが一体誰なのかもわかりませんでした。
ニール・ヤングというのは、1970年代から活動をしているミュージシャンで、かなりの人気がありましたし、1995年にはロックの殿堂に入りました。
今でも現役で演奏活動をしています。
平和に強い関心を持っていて、作る曲にはメッセージ性があって、しばらく前にはアメリカの前の大統領ブッシュの戦争を拡大するイラク政策を批判する曲を作りました。
1970年代にはクロスビー・スィルス・ナッシュ・アンド・ヤングというバンドを組んだ時期もあって、子どもの恋愛を描いた「小さな恋のメロディー」のエンディングには「ティーチ・ユア・チルドレン」という曲が使われていました。
ちなみに私はこの曲が今でも大好きです。
富田先生はニール・ヤングを知らない長谷川君たちにレコードを聴かせて、その素晴らしさを絶賛しました。
「味があるだろう、渋いだろう、説得力あるだろう」と。
ところが、長谷川君にはニール・ヤングの歌はどこまでも頼りなく、ギター演奏はどこまでも甘く、へたくそにしか聴こえませんでした。
こうして夏休みの間、長谷川君たちは、恩を売っておけば富田先生が成績に配慮してくれるかもしれないとの期待もあってギターを教え、歌い方を教えました。
しかし富田先生のギターと歌は夏休みが終わったにもかかわらず一向に上達しなかったのです。
期待した成績への配慮も一切ありませんでした。
どちらかというと演歌が似合いそうな富田先生が、なぜ自分がロック、ロックンロールを歌い弾こうとしているかを語る場面が何度かあります。
富田先生は言います。
ロックという音楽は歳をとることを歌うもの、ロールはそれを続けること、キープオンすること、そこが一番大事なんだ。
高校2年生の長谷川君にはその意味がよくわかりませんでした。
雲仙連合のキャッチフレーズは「ロックンロール」ですが、なかなかいい選択だと思いますが、ロックンロールの意味の深いところを知って採用したとしたら、大したものですが、どうでしょうか。
富田先生はこうも言いました。
「人生にとって肝心なことはキープ・オン・ローリング、止まらないということ、終わらないということ、生き抜くこと」。
「ロックは始めること。ロールは続けること」。
「ロックは文句をいうこと、ロールは自分が言った文句に責任を取ること」。
「ロックは目の前の壁を壊すこと。ロールは向かい風に立ち向かうこと」。
それから30年後、60歳で学校を退職した富田先生は町のサマーフェスティバルのステージで、アコースティックギターを抱いて、ハーモニカホルダーを首に掛けて、ニール・ヤングの「孤独の旅路」を弾いて、吹いて、歌いました。
その富田先生の姿を目の当たりにしながら45歳になった長谷川君は、人生をロックンロールすることの、止まらないことの、終わらないことの、生き抜くことの大切さを、あらためて知りました。
もうすぐ60歳になる私の変わらない悩みは、何でも中途半端になってしまうことです。
何が一番の悩みか、嫌な部分は何か、できればなくしたいことは何かと、聞かれたら、中途半端な生き方をする自分、何事も中途半端にしかしないこと、と答えます。これまで何かを極めたという自覚がありません。
その私にとって、重松清が描く富田先生の言葉は慰めと励ましになります。
この歳まで何一つ極めることはなかったけれど、それでも60年なんやかんや言いながら、なんやかんや言われながら、生き抜いてきたことは間違いないわけです。
文句を言いながらも転がり続けてきた、ロックンロールし続けてきたわけです。
今日の聖書でイエス様は「求めなさい。探しなさい。門をたたきなさい」と言われています。
これは1回お願いして終わりではなく、2回3回探して終わりではなく、数回たたいて終わりではなく、たたき続けなさい。探し続けなさい。たたき続けなさい、ということです。
止めないこと、あきらめないこと、そして生き抜くことの大切さを、イエス様は弟子たちに話されたのです。
イエス様が弟子たちに、そして私たちに、何より望んでおられるのは、生き抜くことです。
イエス様は「私を信じるものは永遠の命を与えられる」と言われました。
そのことの意味は与えられた人生を生き抜くことです。
イエス様はまさに一人ひとりがロックンロールし続けることの大切さを語られているのです。
与えられた環境の中で、それは正しいことか、私はこれでいいのだろうか、それを問いながら生きる。
みなさんの今でいうなら、フェスティバルに取り組む中で、私はこれでいいのだろうかと、自らに問いながら、あるいは周りの人に問いながら、時には厳しい問いかけや批判を受けながら、それでも取り組んで行く、そのことの大切さと、そして、そこにこそ、生きる希望と意味があることを、イエス様は教えてくださっているのです。
フェスティバルを前にした今週1週間、今の自分をロックンロールしなさいという、イエス様の言葉に従いながら歩んで行きましょう。