自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/05/29
< もう1ヶ月、まだ一ケ月 >
1か月間のオリエンテーション月間を終えた1年生は、ゴールデンウイーク明けに2年生からルールブックを手渡され(2年生の準備が上手く行かない年は夏休み明けになったこともありました。2年生よくできました!)、いよいよ具体的な試行錯誤の始まり、学年づくりのスタートと言ったところでしょうか。この1か月間、寮生活に慣れていく中で、戸惑いや感動、様々な感情が浮き彫りになったことでしょう。
ある1年生がこんな事を話してくれました。
「友だちが悩みを打ち明けてくれるうちに、自分の抱えている悩みも大きいから、聞いていてパンクしそうになってしまった。悩みは、一人に打ち明けないで、こうしてミーティングでみんなの力を借りればいいと思います。」続けて「悩みも、数人で固まって話しをしていれば、それはグチになってしまうし・・・」
彼女が話してくれたように、悩みも扱い方次第で安全に対応できることもあれば、共倒れしてしまうこともあるでしょう。寮生は、悩むことを通して何を得るのでしょうか。
悩みが起こって、すぐに解決できるものもありますが、多くは、忍耐が必要です。何故か。それは、多学年、多文化が出会っている故に生まれる「違いを受け入れるための時間」が必要となるからです。
違いを知り、違いを認め合い、更にその違いがあるから素晴らしいということに気づくことが、一人一人にとって、かけがえのない財産を得ることに繋がるのです。ここで、大きなカギとなるのが、ミーティングです。


ミーティングってなんだろう☞
ミーティング、それは単なる事後報告ではなく、上級生が下級生に「お灸をすえるため」のものでもなく、そして「どうにかしてほしい」という過度の依存を発散させる場でもありません。ミーティングとは、他人任せにするのではなく、「引き受けて考える」という事ができるようになるためのものです。
「引き受けて考える」って☞
出会った当初は、個人差をキラキラした出会いと感じることができます。しかし、24時間生活を共にしていると、初めの気持ちが薄れて「~すべきだ」と相手に求める気持ちが膨らみ、「どうにかしてほしい」という強い思いが出てきます。
それぞれに生じた葛藤を他人任せにせず、どうしていったらいいか考えていくうちに、人間関係を築くための土台が出来ていきます。
先日1年生ミーティングにアドバイザーとして2年生の副ブロック長、3年生のブロック長に参加してもらいました。
1年生ミーティングで・・・
1年生同志が同じ部屋にいる事で起こる問題性について、いくつかの意見が出ていました。“気を付けてほしいと思っていることに気づいて欲しい”と、意見された人が言いました。「気づいてほしいというのは分かったけど、その意見に便乗して他の人の発言が重なってくると、批判が集中して、きつかった。」また、「そんな中では、緊張が高まって、意見を言うのが苦しかった。」「もっと、たこ焼きパーティーのようなミーティングにしてほしい。」「順番に意見を求められるのは強制的でどうかと思う。」となど、忌憚ない意見が出されました。一通り考えが出た頃、アドバイザーから一言ずつ、アドバイスをもらいました。
2年副ブロック長 Y.Aさんから
「意見を言う場として、ミーティングの時間が大切なので、たこ焼きパーティーはミーティングではないよ。レクリエーションは積極的に作ったほうがいいけど、ミーティングとは質の違うもの。また、意見の求め方については、自由にしてしまうと、言いにくい人もいるので、発言者が言える人に偏ってしまいます。順番を決めて進める方法は押し付けにはならない。」
3年ブロック長 O.Kさんから
「あれこれと考えて次から次へと『○○が心配』という意見が出てきたけれど、心配しだしたらきりが無いよ。初めに出てきた悩みに絞って話し合うこと。3年間でいいミーティングができるようになって、学年ができあがるから、今のうちに思いきり、悩んで、いろいろ試したらいい。」
アドバイスをもらった1年生は深々と頷き、耳を傾けていました。2、3年生にもなると、視点が安定していて頼りになります。Yさん、Oさん、アドバイスをありがとう。
ロシアから2月に引っ越してきたBさんは、英文をメモしながら、一生懸命に、自分の意見を伝えてくれていました。また、1年生が二人いる部屋の一人は「同室の子がストレスで胸を痛めていたら、私も苦しい。でも、一緒にがんばります」と、言ってくれていました。
さて、これから1年生は、どんなドラマを展開するのでしょうか。若者らしく、大いに悩み、大志を抱いて歩めるようにと、祈りつつ。
(榎本)




< 礼拝のお話し >
3年 I.M
皆さんは、勉強についてどう思っていますか?きっと、勉強を嫌だと感じている人のほとんどが、「やらされているもの」と思っているでしょう。確かに、テスト期間の現在は、学校でテストが実施されるから、勉強しているに過ぎません。
では反対に、なぜ皆は嫌だと感じていても勉強するのでしょうか。私は、「これから先に起こることのため・将来のため」だと思います。自分の夢や理想に直接関わらなくても、何らかの形で役に立つと思います。「こんなのやっても意味がない」と思っていたことが、誰かの助けになったり、人を笑顔にすることができると思います。
しかし、夢があっても、勉強に対するマイナスのイメージを強く持つこともあるでしょう。そんな時、勉強することを嫌な思い出にするのか、それとも意味のあることにするのか、全ては自分の心次第だと思います。皆さんは、どうしますか?
3年 K.K
皆さんは、今、悩みがありますか?特に1年生は、ホームシックになっていませんか?
私は、年中無休、いつもホームシックです。お家大好き人間です。今は、もう泣く程ではありませんが、入寮当初は、本当にすごかったです。入寮初日の夕食テーブルで、いきなり泣き出し、オリキャンでも「寮に戻りたくない」と夜の点呼に来た先生にぐずり、寮に帰ってきてからも泣き、泣き、泣き・・・と、散々泣きました。しかし、一週間くらい経ったある日、涙がピタリと出なくなりました。涙が涸れるとは、こういうことを言うのかと実感しました。今思い出してみると笑い話です。ホームシックで悩んでいる人がいたら、私のところに来てみてください。何か面白い話しを聴かせてあげられるかもしれません。
いろいろな悩みを抱えていると思われる皆さん、一度泣いてみてください。泣くとすっきりしたり、泣き止んだ後は冷静になれたりします。泣きながら人に話しを聴いてもらうのもいいでしょう。重ねて言います。悩みがある人、モヤモヤしている人、疲れている人、泣きながらでも話しをしてみてください。