自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/05/14
< 想いを伝える >
それぞれ休養と充実の時となったゴールデンウィークも終わりました。久々の学校・授業に「いやー!」と登校していった皆が、「思っていたより楽しかった!」と笑顔とくたくたな身体で帰ってきてくれて、ホッとしました。5月が始まったと思ったら、もうテスト一週間前です!さっそくある部屋では、三年生が一年生に数学を教えていました。その一年生、「寮に入ってホントによかったですー!」と嬉しそう。その調子で、テスト勉強を頑張りましょう!
さて、45人でスタートしためぐみ館。全国各地、海外からも集まった色んな価値観や表現の仕方を持つ仲間との暮らしですから、楽しいことや嬉しいこともあれば、苦しいこと、嫌なこともあります。1年生は、G.W.に入る前に、初めてのミーティングを行いました。テーマは、「寮生活で困っていることに」ついて。ミーティングを始めるにあたって、「陰口で話しが広がったり、思い込みが加わって事が大きくなったりしてからでは大変!困ったこと・嫌なことは、小さいうちに話し合って解決しよう!」という声が上がったことに、感心してしまいました。その内容は、個人的なことから、階の一年生に関わること、一年生全体に関わることまで様々でした。自分にとって嫌だと感じることも、他の誰かにとってはそうでなかったり、悪気なくやっていることが相手を傷つけていたり。色んな意見や反応があって、“お互いの違い”を良く感じることができたのではないでしょうか。一年生、初めてのミーティングに緊張や不安もあったでしょうが、一つ一つの課題を前向きに捉え、励まし合いながら良く頑張ったと思います。
このミーティングに同席しながら、想いを言葉にして伝えることは大事だなとつくづく思いました。誰かの言動や行動に傷ついたら、その気持ちを伝える。誰かを傷つけてしまったたら、「ごめんなさい」。ごめんなさいを受け止めてもらえたら「ありがとう」。このシンプルなやり取りを避けずに、勇気を持って取り組んで欲しいと願います。寮生活の中で、たくさんの間違いや失敗も経験し、自分の想いを言葉にし、素直に「ごめんなさい」「ありがとう」を言う練習をしていきましょう。 (冨井)
< 寮祭 >
4月28日、気持ちの良い青空の下、2012年度の寮祭をスタートさせることができました。二年ぶりに外で行うことができたガーデンパーティーでは、三年生が食事の準備や盛りつけなど、サービスをします。めぐみ館が担当したのは、ジュースと手作りのチョコバナナ。心のこもった美味しいチョコバナナには、行列ができていました。このガーデンパーティーのために、各委員の三年生をはじめ、ほとんどの三年生が何日も前からの準備、当日の運営と片付けに携わりました。そのおかげで、太陽の光を浴びながら楽しいおしゃべりと美味しい食事を楽しむ一、二年生の笑顔は、輝いていました。






ガーデンパーティーの次は、お楽しみ会です。二年生プロデュース、一年生出演の劇の発表です。入寮したての一年生と、先輩になりたての二年生が初めて取り組む行事です。この日を迎えるまでの練習で、たくさんの涙が流れました。緊張で張りつめていっぱいいっぱいになった一年生の涙。上手く指導ができずに苦しんだ二年生の涙。皆がこの出し物を楽しめますようにと願いながら、三年生は見守りました。
いよいよめぐみ館の出番。身を乗り出して見入り、「かわいいー!」「頑張れー!」「上手いー!」とエールを送る三年生。緊張しながら、一生懸命演じて踊った一年生、立派でした。脇役、裏方として活躍した二年生、おつかれさまでした。最後の皆の笑顔にこちらもほっと、嬉しくなりました。




寮祭の最後には、東日本大震災と、私たちの日常にあふれる感謝を覚えて礼拝を持ちました。礼拝のお話では、S.S.さんが東日本大震災の経験から感じた感謝について、T.Y.さんが身近なところにある感謝について語ってくれました。礼拝終了後、一生懸命自分の言葉で語ってくれた二人のもとに、たくさんのめぐみ館生がかけよりました。たくさんの人が心と身体と時間を使い、たくさんの方が集まって下さった寮祭で感じたこと・考えたことを普段の生活でも忘れずに、一日一日を大切に過ごしましょう。
(冨井)
< 礼拝のお話し >
3年 Y.R.
私は、小学校4年生のときに現在住んでいるところに引っ越し、転校先のクラスでいじめにあったことがあります。それまで、人をいじめたことはありましたが、いじめられたことはなかったので、いじめられている人の気持ちが分かりませんでした。しかし、いじめられて、やっと人の気持ちが分かるようになった中学時代は、私が一番成長したときだと思います。このとき学んだことの中から二つのことをお話したいと思います。
一つ目は、自分がしたことは、何倍にもなって返って来るということです。皆さんは、人の悪口を言ったり、人に嫌がらせをしてしまったりしたことはありませんか?今すぐでなくても、自分がしたことは、何倍にもなって返って来ると思います。そうなっても気にしないと思う人もいるかもしれません。しかしそれでは、困ったときに誰も手を差し伸べてくれなくなると思います。
二つ目は、形だけの友達は、一緒にいる意味がないということです。社会に出た時には、自分が嫌だと思う人ともうまくつき合っていかなければなりませんが、今の私たちに、そんなつき合いが必要なのでしょうか。私は、そう割り切って諦めずに、人を信用したいです。形だけの友達ばかりでは、相手が考えていることが分からなくて、仲間を信用することができません。わたしは、そのような人間不信を克服するために、自分なりに努力してきましたが、上手く行かないことだらけでした。しかし、最近は、少しずつ良い方向に変化しているように思います。
以前、人間関係につまずいてしまった時、友達からこんな言葉をもらいました。「同じところをぐるぐる回っているように感じても、少しずつ上に上がっているものだよ!」私は、この言葉を信じて考えてみました。すると、この言
葉通り、少しずつ上に上がっているところを見つけられました。人をいろんな角度から見て、相手の立場に立ってものごとを考えられるようになりました。人は、相手のことを一方向からしか見られなくなったり、責めることしかできなくなったりしがちです。自分がそんな立場に追いやられたらどうでしょう。私だったら、自分の言葉を押し込めて、何も意見が言えなくなってしまうと思います。ほんの少しでも相手の立場に立って考えることが大切だと思います。私は、いじめられた経験から、このようなことを学びました。皆さんは、どのように考えるでしょうか。