のぞみ寮通信

光風館

2012/01/30

光風館通信 第317号(1月29日)

< 自宅学習期間とは? >
 

 いよいよ火曜日から3年生の自宅学習期間が始まります。この“自宅学習期間”とはどんな期間なのでしょうか?もちろん読んで字の如く、3年生のそれぞれが自宅で(進学に向けて)学習する期間です。
 実は、今から15年前、自分が敬和生だった時、私はこの自宅学習期間に入るまで進路が決まっていませんでした。しかし、そんなに焦っていたわけでもなく、「あー、この先どうしようかなぁ」くらいしか考えていませんでした。実家に帰って進路のことを考えなくちゃと思いながらもダラダラと毎日を過ごしていたある日、私は母と進路について話しました。
(母)「この先どうするの?」
(私)「決めてない」
(母)「やりたいことないの?」
(私)「あるっちゃあるけど。。。留学とか興味ある」
(母)「じゃあそれをしたら?」
ということで、私は急遽留学をすることになりました。とは言え、いきなり留学ができるわけはなく、アメリカへ留学するにはTOEFLで500点以上を取らなければならなかったので、敬和を卒業後から地元(札幌)の留学専門の学校へ1年間ちょっと通い、留学の道が実現していったのです。
 

 3年生のみんなは進路先が決まっているので、これからどんな道へ進もうか悩むことはないと思いますが、大学や専門学校でどんな目標を持って過ごすのかを考えてみるのもいいかもしれませんね。長期休みだからといってダラダラ過ごすだけの期間にはしないようにしてほしいと思います。次に光風館に帰ってくる時には、卒業生として恥ずかしくない姿(服装、髪型、髪の色)で帰ってきてください。
1、2年生にとってこの自宅学習期間は3年生がいなくなり、45回生を迎え、一つ先輩になる準備期間になります。「先輩」と呼ばれるのに恥ずかしくない生活を心がけていきましょう!今自分たちでしっかりできているところ、できていないところを確認し、継続、改善していきましょう!
私は、この期間をしっかりと光風館のチームワークを強める期間にしたいと考えています。横と縦のつながりを強くして、良い雰囲気で新しい1年生を迎える準備をしましょう!

(三浦)
 

 
 
 
 

< ルール >
 

 先日、インターネットでニュースを見ていたらこんな記事を見つけました。
マクドナルド甲東園駅前店で、関学の大学生が他の客の迷惑を顧みず、店の中に長時間居たり、時には飲食物を店内に持ち込んで食べたりの迷惑行為がヒドイため、マクドナルド甲東園駅前店は関西学院大学に苦情を申し立て、関西学院大学側もマクドナルド側に同調し、関西学院大学の学生に全員出入り禁止を出し、「本学にとって、非常に不名誉なことであり、遺憾であります。関学生の皆さんにおいて、今後このような迷惑行為をしないよう十分に注意してください。」と注意を呼びかけた。という記事です。

 実は、このマクドナルド甲東園店は、以前私が住んでいたところの近くにあり、しょっちゅう利用していた場所でした。確かに、この甲東園駅は学生が多く利用するので、2階の広い店内にはたくさんの学生がいたのを覚えています(学生さんのマナーまでは覚えてはいませんが。)どうもマクドナルドへの出入り禁止はマクドナルド側ではなく、関西学院大学側が出したもののようですが、きちんとマナーを守っている学生にとっては厳しい注意のようにも思います。
 

 きちんとマナーやルールを守っていれば、このようなこともないのでしょうが、残念ながら新たにルールや禁止事項を作らなければいけなくなるようなことを何も考えずにやってしまう人がいるのも事実です。このことは決して他人事ではなく、光風館にも当てはまるのではないでしょうか?今あるルールや規則には意味があるものです。最初から規定されていたルールから、これまでの光風館の毎日の営みの中で新たに作られたルールまでさまざまです。残念ながら、今の光風館はルールをしっかりと守れているかというと、決してそうではありません。点呼を自分の部屋でしっかり受けることに対してルーズな人がいたり、ケータイやゲーム機を隠し持っている人がいたり、消灯後に他室移動している人がいたり、掃除をサボる人がいたり、ルールにはなくても節電の意識が薄れてきたり。いろいろなところで自分への甘さが出ているように感じます。もちろん、改善されているところもあるのに、自分への甘さが目立ってしまうとちゃんとできている部分まで台無しになってしまいかねません。これ以上厳しいルールができるかできないかはみんなの生活態度にかかっています。私もみんなにルールに縛られるだけの寮生活をさせたくはありません。みんなで住みやすい寮を作っていきましょう!

(三浦)
 

 
 
 

< 礼拝のお話し >(1月の礼拝の話しです。)
K.A.(3年)
 みなさん、こんばんは。15室のKです。今日は「親孝行」について話したいと思います。
 みなさんは親孝行していますか?「親孝行」って言っても何をすれば親孝行になるのか分からないだろうと思います。でも、親孝行の最低ラインは、「迷惑をかけなければそれが親孝行になる」と考えている人もいるかもしれません。確かに、「親に迷惑をかけないようにする」ということはとても大切だと私も思います。みなさんが敬和に来た理由は色々あると思いますが、この敬和ののぞみ寮に入寮して、このように不便なく普通に生活できているのは、親がお金を出してくれているからではないでしょうか?これは言い方が悪いかもしれませんが、親に学費や生活費を出してもらっている私やみなさんは親に迷惑をかけていると言えるのではないかと思います。私立はお金が高く、その上寮生活をしているため、通学生とは月々数万円くらいの違いが出ていると思います。これ以上少しでも親に迷惑をかけないようにすることはとても大切です。でも、私たちはまだ16、17、18歳の高校生です。高校生の私たちがいくら頑張っても親孝行っていうのはほんのわずかしかできません。だから今は、親に迷惑をかけてもいいと思います。親孝行っていうのはこの歳で考える事ではないと思います。親孝行はもっと大人になってからでいいと思います。今を楽しむことが今私たちにできる親孝行ではないでしょうか?いろいろな意見があると思いますが、今を生きる高校生が一番かっこいいと私は思います。
 
 
 

S.K.(3年)
 愛、それははかなく散ってしまうもの。みなさん、こんばんは。15室のSです。みなさんは「愛」という言葉を知っていますか?ご存知ですよね?私は最近『愛するということ』というエーリッヒィフロムの本を読んでいます。私はそれを読んでいて感じた事を話そうと思います。この本の冒頭部分では、「愛は技術である」と述べられています。これを聞いて、みなさんはどう思いますか?やはり「な、わけないだろ・・・」とか「何言ってんのコイツ?」と思うでしょう。私もその一人でした。しかし、その本を深く読んでいくと、「なるほど、愛は技術なんだな」と気付くことができました。以前の私がそうであったように、みなさんは、愛は運命的なものだと思っていませんか?確かに、出会うということは運命なのかもしれません。しかし、愛とは、出会うものだけではありません。そういう当たり前のことをみなさんは忘れてはいないでしょうか?そう、現代人は愛するということについて学ぼうとしないのです。歴史的背景から言うと、結婚相手というものは、最初から決められており、当時の人は愛するということから学んでいったのです。この例だとみなさんにわかりにくいと思うので、簡単に説明しましょう。つまり、現代の私たちというものは、一目ぼれと継続的な愛が混同しているのです。だから、愛というものは失敗するのです。考えてみてください。ほとんどの恋は、結婚に結びつくものではありませんよね。そう、愛も失敗から学び、結婚へと結びつくのです。失敗から学ぶ。これは技術と言えるのです。従って、愛は技術なのです。
みなさんは失敗から学んでいますか?愛だけではなく、日々の生活、行事、人間関係、そして人生。すべて失敗から学ぶ敬和生活を送ってください。