自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2012/01/06
2012年の1月の初め、こうして皆さんと一緒に全校礼拝を行えることを、まず何より感謝します。
新しい年を迎えました。
そこで、この一年をどのように過ごしたらいいのか、一緒に考えたいと思います。
NHK朝の連続ドラマ、今はカーネーションです。
第2次世界大戦前から戦中戦後にかけての大阪は岸和田が舞台です。
岸和田はだんじり祭りで有名になりました。
主人公の名前は小原糸子といいます。
糸子は呉服屋の娘さんでしたが、自由に生きたいという思いを強く持っていて、やがて洋裁に出会い、ミシンのプロになって、20歳で洋装店を開き、22歳で結婚、夫が戦死後は女手ひとつで娘3人を育てることになります。
主人公のモデルになったのは世界的なデザイナーであるコシノヒロコ、ジュンコ、ミチコ三姉妹の母親である小篠綾子さんだそうです。
糸子は周りの人から「糸ちゃん」と呼ばれています。
私は「カーネーション」を毎朝、BSの7時台の放送で見ています。
それは、糸ちゃんという呼び名に特別な親しみを覚えているからです。
実は私の身近にも「糸ちゃん」がいます。
それは私の母の9歳下の妹です。
つまり私の叔母です。
昨年の10月に83歳で亡くなりました。
母は小さい時から年の離れた妹を「糸ちゃん」と呼んでいました。
それで、私はいつの頃からか、この叔母を「糸ちゃんのおばちゃん」と不思議な呼び方をするようになりました。
「糸ちゃんのおばちゃん」は朝ドラの主人公と重なる部分を持っていました。
朝ドラの糸ちゃんは百貨店の制服や女子学生のセーラー服を作っていましたが、叔母も結婚した相手の家、つまり叔父の家は洋服を作っていました。
それもキリスト教の学校の制服を作るのが専門でした。
朝ドラの糸ちゃんの家には、住み込みで働く若い女の人が登場しますが、叔母の家にも住み込みのお姉さんがいつも4、5人いました。
すごいのは、叔母が子どもを13人産んだことです。
つまり私には一軒の親戚に13人のいとこがいるわけです。
糸ちゃんのおばちゃんは朝ドラの主人公と同じように、周囲の人のために働く元気な人でした。
糸ちゃんのおばちゃんのことで、私が今でもはっきり覚えていることがあります。
それは私が10歳、小学校4年生の時でした。
その頃、私の家は経済的にとても困った状態にありました。
にっちもさっちもいかなくなった母は、叔母からお金を借りるために電話をしました。体調が悪かった母に代わって、私が叔母の家までそのお金を受け取りに行くことになりました。
その日は日曜日でした。
私は通っていたカトリック教会のミサを終わってから、叔母の家に向かいました。
叔母は封筒に入れたお金を、「落としたらあかんよ」と言いながら、私のジャンパーの内ポケットに入れてくれました。
そして、「ちょっと待っててね」といいました。
しばらくすると、叔母はグレーと紺色の二色の布が斜めに縫い合わせてある袋をもって、2階から降りてきました。
それはその時私が持っていた讃美歌とお祈りの本を入れるためのバッグでした。
少し破れた紙袋では可哀そうと思ってか、あっという間にミシンでおシャレな布のバッグを縫ってくれたわけです。
朝ドラのカーネーション見ていると、そうした叔母の優しさと思いやりが、あれこれ思い出されるのです。
そして、そういう記憶の蘇りと共に、あらためて気づかされたことがあります。
それは10歳の時の出来事から50年経って、今年私は還暦と言われる年齢になりますが、私は今もさまざまな人の、そしてその向こうにおられる神様の優しさと思いやりの中で生きているのです。
それなしには生きてこれなかったのです。
還暦というのは、満年齢で60歳になることです。
60年で干支が一回りしてふたたび生まれた年の干支にかえることから、元の暦に戻るという意味でそのように呼ばれているわけですが、その60年を私がどのように生きてきたかというと、結局それは守られてきたとしか言えないような人生だったように思います。
神様に導かれて生かされてきたとしか言えないような60年を過ごしてきた、ということです。
自分の還暦を考えている時に、同じような漢字を使う言葉が思い浮かんできました。一つは往還で、もう一つは還元です。
往還は行ったり来たり、のような感じでしょうか。
才能があるわけではない私の人生は、一直線に進むというよりは、まさに行ったり来たりの日々の連続です。
その私がそれでも生かされ用いられてきたわけですから、私がこれからしなければならないことは、少しでも感謝の思いを他者に還元していくことでしょう。
具体的には、敬和学園の教育を通して、入学し在学している人たち、すなわちみなさんを、真正面から受けとめ、成長の手助けをすることでしょう。
カーネーションと似た綴りの英語にインカーネーションがあります。
これを日本語にすると受肉です。
人となった神の子イエス・キリストのことです。
そこに含まれる意味は、そういう具体的な形で、神様はすべての人を愛してくださる、ということです。
カーネーション、インカーネーションを通して、そして新しい年を始めるにあたって、生かされてきた私は、まさに生き方を問われていると思います。
私だけでなく、ここにいるすべての人が、この一年をどのように生きるのか、それを神様はイエス様を通して、問われているのです。
これから私がどのように生きていけばよいのか、特に東日本大震災を体験したこの時代にあって、そのことを先ほど一緒に歌った讃美歌「新しい年を迎えて」が、それを教えてくれます。
2番から4番の歌詞をもう一度読んでみます
2.過ぎ去った 日々の悲しみ さまざまな うれいはすべて キリストの
み手にゆだねて、 み恵みが あふれるような 生きかたを 今年はしよう
3.みことばに はげまされつつ 欠け多き 土の器を 主の前に
すべて捧げて み恵みが あふれるような 生きかたを 今年はしよう。
4.自分だけで 生きるのではなく みな共に 手をたずさえて、 み恵みが
あふれる国を 地の上に 来たらすような 生きかたを 今年はしよう」
この讃美歌の言葉に従って、2012年を生きるならば、必ずそこに喜びがあり、平和が生まれると信じます。
それでは、それぞれの目の前の課題にしっかり取り組みましょう。