自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2011/11/22
< お菓子作ろう会 >
11月18日(金)にクリスマス準備のための「お菓子作ろう会」が開催されました。
今回は、のぞみ寮クリスマスに全員にプレゼントするクッキーの生地づくりでした。6班に分かれて、各班900gもの小麦粉や600gのバターなどと格闘しながら、和気あいあい楽しそうににぎやかに行っていました。(全員で200人分以上ものクッキー作りですから、分量は多いし、混ぜるの大変だし…でした
が、みんなの柔軟な発想から、大変な事も笑いに変わり、本当に楽しそうでした!)
きっと普段からお菓子作りにはみんな興味があるのでしょう。みぎわ館に道具はほぼ全て揃ってはいますが、材料は自分たちで全部調達しなくてはいけませんから、そこがなかなか大変でお菓子作りを日常的に行っている人は少数です。だからこそ、のぞみ寮事務の渡辺さんや管理栄養士の五十嵐さんを講師に迎えてのお菓子作ろう会は、
とても貴重で嬉しい時間です。
毎回のお菓子作ろう会は、自分たちが作ったものは自分たちが食べるか持ち帰って友達におすそ分けをしたりして楽しむのですが、今回に関してはのぞみ寮クリスマスのためのクッキー作りでした。大量のクッキー生地を作りはしましたが、試食できるのはほんのちょびっと。それでも喜んで参加し、作り、後片付けまでバッチリしてくれるのぞみ寮生の心の在り方に、私たちはとても嬉しくなりました!
(森口)

< クリスマスに向けて… >
最近みぎわ館では1年生たちが、のぞみ寮クリスマスに向けて、その飾りつけについての話し合いが始まりました。また2年生たちはのぞみ寮の運営委員としてのぞみ寮クリスマス会ミーティングが各委員会で持たれています。同時にみぎわ館内でもみぎわ館クリスマスに向けて、プログラムやゲスト決め、タイムスケジュールの決定など、クリスマスに向かって大忙しです。
1年生は2年生からのアドバイスをもらい、T.Y.さん・O.C.さん・F.E.さんの3名をリーダーに、3チームに分かれて担当場所のデザイン、必要物品のリストアップを現在行っています。そして今週中には買い出しに行き、テスト後からいよいよ飾りつけの作成に入ります。ホールや事務室などで頭を寄せ合い、楽しげにクリスマスの相談をし合う1年生たちはとても楽しそうです。この飾りつけプロジェクトを通して、より一層仲間と共に働く事、協力すること、身構えずに意見を言い合える関係をしっかり築く事、自分がこの仲間の中でとても必要とされているのだという事をしっかり感じ、学び、これからの歩みの中で活かしていってくれたら…と願っています。
2年生はのぞみ寮の事もみぎわ館の事も全体を見て動かす立場ですから、責任重大です。その責任の重圧にも負けず、何か新しい取り組みをしてみよう、震災を覚えて自分たちが出来ることはないだろうか…など、委員長会はもちろんの事、2年生ミーティングや階ごとに集合してミーティングをしたりと、たくさんのアイデアを出し合うために一生懸命です。
「面倒くさい」ではなく、「せっかくやるのだから、素敵なものを!」とみんなが心を合わせて動いてくれるのが、傍にいる私にはとても嬉しいものです。今年最後ののぞみ寮最大のイベント「クリスマス会」が、心のこもった温かいものになりますように。楽しみにしています!
(森口)
< 礼拝のお話 >
*N.R.(1年生)
いよいよ秋がやってきました。秋と言えば食欲の秋・スポーツの秋・読書の秋…いろいろな物が思い浮かびます。秋は熱くもなく、寒くもなく、何をするにも最適な季節という事もあって、私は毎年色々な事に挑戦します。
例えば、苦手なスポーツでももしかしたら隠れた才能があるのではないかと思ってやたらと走ってみたり、普段は全くやらない料理にも挑戦したことがあります。しかしどれも長続きしませんでした。ひどい筋肉痛で翌日に動けなくなってスポーツは挫折し、作った料理に「おいしくない」と家族からブーイングを受け心が折れたり…。理由は様々ですが秋が終わるころには、きれいさっぱり何も残っていません。しかし、そんな私もこの秋には何かに挑戦し、ぜひ夢中になってみたいと思っています。
(10月4日)
*A.H.(1年生)
「無限大」と聞いて何を思い浮かべますか?無限大の希望・夢・未来など様々でしょう。私は無限大と聞くと、言葉や感情を思い浮かべます。例えば誰かに何かを教えてもらったり、手伝ってもらったりしたときの「ありがとう」。この「ありがとう」という言葉一つにしても、言い方や込められた感情によって無限大の捉え方が出来ます。ぶっきらぼうに言ってみたり、いい加減に言ったりしていては相手に気持ちが伝わるどころか、むしろ逆効果になってしまうと思います。逆に、何か悪い事をした時などの「ごめんなさい」「すみません」も同様に、そっけなく言われてしまうと、「本当に謝っているのかな?」と思ってしまい、心の中にモヤモヤが残ってしまいます。
ではどのように言えばより相手に気持ちが伝わるのでしょうか?これはあくまで私の考えですが、その時に思った自分の気持を素直に、正直に相手に伝えるようにすれば、相手に与えられる印象も良いものになるのではないかと思います。
きっとみなさんも言われたいと思う言葉は、素直で心から思う言葉なのではないでしょうか?結局何が言いたかったかというと、無限大にある言葉と感情をその場にふさわしい形で気持ちを込めて伝えた方が、より良い人間関係の形成につながっていくという事です。私もそれが出来るように、いつも覚えて、これからの敬和生活を送っていきたいと思います。
(10月13日)
*Y.C.(3年生)
みなさんは自分の存在について疑問に思った事はありますか?実は、私はあるのです。特に心が病んでいた時には密かに毎回くらい考えています。「なんで私はここにいるのだろう…」とか「なぜ生きているのだろう」と、考える時があるのです。
私の好きな歌「偶然と言う名の必然」(ロードオブメジャー)の歌詞の中に『偶然』という言葉を使ったフレーズがあります。人は生きている間に何度も何度も自分の存在意義について自問自答を繰り返しながら生きていくのだと思います。それはちっとも悪い事ではなく、というより必要な事なのではないかと最近思います。だって、自分の存在について悩まない人はいないと思いますから。特に、私たちのような思春期まっただ中の人たちは、このことで悩み続けているのではないかと思います。
「この世に偶然なんてない」と言う言葉を聞いたことはありませんか?私たちの人生、偶然にしては出来すぎています。私たちみぎわ寮生が、ここみぎわ館に存在する理由が偶然なのだとしたら、それはすごい奇跡です。でも、これが必然だったとしたら運命なのですね。私は「奇跡的に出会った」ではなく、みんなと「出会うべくして出会った」と思いたいです。奇跡って言葉も好きですが、それ以上に運命という言葉の方が素敵だなぁと感じています。
私自身、ここでみんなと出会い、みんなの考え方や優しさを知り、自分自身と向き合い、自問自答しながら作られていっているように思います。敬和の「自分探し」とはこういう事を言うのかな?と思います。悩んで、悩んで、悩みぬいて見つけた答えの一つ一つが自分を作り上げていく。本当の自分なんて本当は無くて、自分が作り上げていくものなのかもしれません。という事は、悩むことはなかなか良いものなのですね。悩みが多い人ほど実は充実した日々を過ごしているのではないか…と思う今日この頃です。
(10月17日)